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328.シンプルな答え

「不気味? 何がだい」


 薄い笑みを口元に作って問いかけるエミル。これだけ剥き出しの闘志をぶつけてもまるで崩れないその飄々とした態度に、マコトは眉をひそめて。


「あなたがですよ」


「私が?」


「ええ、あなたが。とにかく言動の全てが不気味でならない。どうしてそうもわたしにばかり有利な提案をするんです?」


 エミルは九蓮華の麒麟児だ。ほんの半年前までは家の期待を一身に背負っていた存在。御三家のトップの九蓮華においてそうだったのだからつまるところ、彼は高家全体──ひいては日本のドミネ界の期待を背負っていたことになる。いくらその立場からは退いたと言っても、次期当主候補の筆頭でこそなくなったとは言っても。だからとてエミルという才能そのものがいなくなったわけではない。夢幻の如くに雲散霧消してしまったわけではなく、彼という怪物は今もそこにいる。マコトの目の前に、敵として立っている。


 彼の存在感は圧倒的である。それはこうして直に相対しているマコトにとってだけではなく、ドミネ界隈におけるエミルのネームバリューという意味でもだ。未だ彼の名は、その才能は無視も軽視もできない。「天より与えられた無二の才」。と、己が強さをそう自称していた頃ほどの、人の目を潰して二度と開かなくするような暴圧的な輝きでこそなくなっても、それでもだ。それでも九蓮華エミルは強者であり超越者なのだ。たった一度だけ敗北し、それを機に表舞台には顔を見せなくなったとしても、それでエミルの名が、彼の残した伝説が地の底にまで失墜することなどあり得ない。


 誰も彼を侮れない。少しでも彼を知る者の中で、そして否応なしに彼を知ってしまう高家の出身においてそんな度を越えた恐れ知らずがいるとすれば、自身こそが時代の覇者であると信じて疑わぬ宝妙ミライという「愛すべき大馬鹿者」しかマコトは知らない。なんの比喩でも冗談でもなく、九蓮華エミルへ100パーセント勝利する自信を携えて挑めるのは彼女くらいのものだろう。如何にドミネ界隈広しと言えども、それこそプロと呼ばれる国際ランキングに名を連ねるドミネイターの上澄みであっても……否、自身という『ブランド』を大切にそして戦略的に守らなければならない彼らだからこそ余計に、エミルと戦うのはことだと判断し忌避するに違いない。その程度には今もなお飛び抜けているのが九蓮華エミルなのだ。


 無論これは旧貴族家が支配する日本ドミネ界隈の上流と、その世界と縁の深い一部のプロドミネイターやDA等のドミネ界における重要機関の職員という広いようでいて狭い、狭いようでいて広いあくまで限定的な範囲での評価であるが。なかんずくこの業界での評価が圧倒的であるからこそマコトには頭が痛い。


 言ったように彼のネームバリューは未だ健在。最近はめっきり鳴りを潜めているとしてもエミルという熱湯の熱さが喉元を過ぎるにはまだ早すぎる。ここで彼が再び表舞台に立てば──そして鶴の一声の如くに何かしらの声明を発すれば、それは三十分と経たずに日本ドミネ界の隅から隅までに知れ渡るだろう。そこまでの発信力を持つエミルが、それを最大限に利用する形で今回の蛮行を世に知らしめたならば、マコトには手の打ち用がなかった。いや、対抗する手立ては(観世内に自身が設けた諜報特化部隊『千草班』がいるために)ないこともないのだが、そうしたところで分が悪い。同盟相手である観世家が全面的に味方をしてくれたとしても五分に持っていければ僥倖、といった具合には形勢が悪い。そういった方面の争いに造詣が深いだけにマコトには高度シミュレーションの如くに本当にそうなった場合訪れる劣勢を正しく把握できていた。


 だからこそ謎なのだ。

 何故エミルがそうしなかったのか。


 ロコルを抑え込むことはできても、エミルを抑え込むことなどできやしない。マコトにそれはまだ無理だ。ならばエミルはただ告発するだけで良かった。彼にとって最善ベストな選択はそれで間違いなく、ここまで好条件を揃えてまでマコトと戦う権利・・をロコルから貰い受ける意味などない。まったく説明のつかない行為なのだ、これは。


 故に不気味である。意図の読めない行動ほど気味の悪いものはない。ミライのため、彼女を取り巻く環境の全てに対し観察を怠らないマコトのような人種からすれば余計に、そしてそんな行動を取っているのがよりにもよって九蓮華エミルであるだけに、気持ち悪さは拭えない。彼の言葉を聞けば聞くほどに、彼の笑みを見れば見るほどに、いっそ吐き気すら感じる。喉元をせり上がってくるそれはまさしく無視も軽視もできない、マコトの頭脳と本能が輪唱して知らせる警句であった。


「何を考えているんですか、あなたは」


「私が何を考えているか……ふむ。君にはそれがわからない?」


「わかりませんよ。ちっとも」


「そうなのか」


 これは意外なことを聞いた、とエミルは呟く。そこにあるのは先ほどまで浮かべていた鼻につくまでの優しげな微笑とは異なる、本気で驚いたような。まるで「どうしてわからないのかがわからない」とでも言いたげな表情だった。それにマコトはますます眉根に走るしわを深くさせる。


「そう険しい顔をしないでほしいな。それは観世マコトくんにはとても似合わないものだ──わからないというのなら教えようじゃないか、私の考えていることが何か。それはたったひとつのごくシンプルな答えだ。難しく捉え過ぎていなければきっと君だってすぐに気付けていたはずだろうに」


「難しく捉え過ぎなければ──?」


「うむ。つまりだね、私がこうして己の不利な状況に持ち込んでいるのは、君からは見えない何かしらの攻撃的な思惑あってのものだと警戒しているわけだろう? 君がロコルに対してそうしたように、私も君の意識の外から奇襲を加えるのではないかと……そうするためにあえて君の得ばかりを提案して釣り出したのだと、そう勘ぐっているんだろう」


「…………」


「ただし同時に君の険相の理由はもうひとつあるはずだ。薄々とその可能性が見えていながら、しかし生来の用心深さと。そして培った常識的な思考がそれに蓋をしている。だから簡潔に答えよう、何故私がこのような不利な勝負に望んで望むのか? それはだね」


 懐からデッキを取り出し、それをあたかも刃を向けるようにしてマコトへと掲げて、彼は言った。


からだよ」


「ッ……!」


「敗北後に圧し掛かるデメリットなどあってなきようなもの。ファイト中の制限だってそうだ。どれだけ不利だろうが勝つのは私だ、だからこうして君の前に立っている。余裕を持って、なんの企ても謀略もなくただ純粋に、勝利するつもりでいる。それだけのことさ。謎でもなんでもない」


「ドミネユニットを用いることなく、あまつさえ本命デッキすら使わず。言うなれば飛車角落ちばかりか金と銀まで動かさないような指し方で、なのにあなたは己が勝利を微塵も疑っていない……必ずわたしに勝てる気でいると、そういうことですか」


「そうとも。安心してくれていい、私はただ本当にロコルの代わりに君の相手をするだけだ。あの子にはどうしても合同トーナメントの方に集中してほしくてね」


 勝ち進んでほしいんだよ、兄心として。と、そんなことを宣うエミルへ。マコトもまた自らのデッキを取り出して構えてみせた。その仕草は拳銃を抜くガンマンの挙動に近しく、また彼女の内心も限りなくそれと一致していた。


「いいでしょう、あなたのふざけっぷりを再確認できたところで。怪物退治をさせていただきます」


 あの日に抱いた戦慄トラウマの払拭のために──ミライと自分の輝かしき未来のために。



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