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327.三つのメリット!

「この歓声。ロコルの試合は無事に行われているようだね」


 準備室と呼ばれる大講堂備え付けの別棟。その二階建ての建物の屋上でエミルは一人の少女と向かい合っていた。観世マコト。これより自分とのファイトに臨もうとしている彼女を改めてエミルはつぶさに眺める。制服を着崩しているロコルや、和服風にしたり演劇の衣装めいた形にしたりとあまりに大胆な改造アレンジを施しているイオリやミライとは異なり──繰り返すがこういった着方はアカデミアの校則に違反するものではない──至ってスタンダード。きっちりと標準的な制服を標準的に着こなしているその姿は、他の御三家が揃って外見からして特徴の塊であるために、見る者に真っ当な印象を与えるだろう。ともすれば没個性的だとすら取られかねないくらいに、マコトにこれといった見るべきところはない。


 狙ってやっているのだろうな、とエミルは思う。というよりそう伝わってくる。派手な服装に身を包みたくないというのはひょっとすればマコト個人の趣向にもあったものなのかもしれないが、彼女は必要とあらば自身の望まないスタイルへ傾倒することも厭わないタイプ。それこそミライとの繋がりを──単なる仲良し二人組ということではなく家同士の同盟を表明するために──アピールせんと彼女と同様の改造を施し、同様の化粧をして、同様の立ち振る舞いをする選択だってあるにはあったろう。だがそこでそうせずに派手なミライの陰に徹することを選んだ。その方がずっと「やりやすい」と考えたであろうマコトの思考回路は、エミルにも同意の持てるものだった。


 エミルもどちらかと言えばミライと同じく、何をするにもどうしても派手になってしまう。周囲の目を否応なしに掻っ攫ってしまう側の人間であるために心の底からマコトの行動に共感できるわけではなかったが、しかし自分の陰になることを目標としていたイオリという実例が傍にいるだけに、彼女の気持ちが本物・・であることは疑いようもなかった。


 激しく一人を想っている。イオリやロコルはまだ動機部分に確信を持てていないようだったが、エミルにはもうわかっている。打算や妥協ではない。手駒でもなければ傀儡でもない──マコトは本当にミライを想い、彼女のためだけに行動している。存在理由の全てがそれだけなのだ。


 だから普段の演技も忘れ、今この時ばかりは陰の己を捨てて。こうも闘気を剥き出しにこちらを睨んでいるのだろう。


「気力充分。といった様子だね、観世くん。君が一回戦であえなく敗退する様を私も見させてもらったけれど、とても同じ人物とは思えないな。今の君は実に手強そうだ」


「……約束は、忘れていませんね?」


「ああ、勿論だ。私が君に提示した条件メリットは大きく三つ」


 ひとつ、とエミルは細く白く長い指を一本立てて。


「私は本気を出さない。愛用している本命のデッキとは違うデッキを使い、オーラを抑え、なおかつドミネイト召喚も封印する。君とのファイトでは何があろうとエターナルは呼び出さないと誓おう」


「…………」


 悪名高き《天凛の深層エターナル》。エミルの内にある怪物性が一個のユニットとして現出したと言っても過言ではないの恐るべき存在。それが出てこないというのはマコトにとって非常に助かる話だ。対応を考えるまでもなくエミル自身が封じてくれるのであれば──そのついでとばかりに本命デッキまで使用を控えてくれるというのであれば、こんなにも戦いやすいことはない。


 ふたつ、とエミルは細く白く長い指を二本立てて。


「その私に君が勝てたなら。今後ロコルは宝妙くんに一切近づかず、指一本触れない。試合の後に語らい合ったという夢についてもご破談。なかったこととしてロコルとイオリには君たちの二正面作戦と正面から戦うよう、私が言い含めておこう。なに、私が言えば必ず二人はそうするとも」


「九蓮華イオリはそうでしょう。でも、九蓮華ロコルも何も言わずあなたに従うと?」


「あはは、目敏いね。だが心配はいらない、元よりあの子には君たちと戦う覚悟があるからね。戦わずに済むのならそれが一番だとも思っているだろうけれど、君がこんな行動に出たからにはそうも言っていられない。ましてや私に打ち勝てたという事実が付随するなら尚更だ」


 なるほど、とマコトはまだ若干の疑惑を視線に込めながらも頷く──何もかもを信用できたわけではないが、彼の言うことには一理以上ある。ロコルがマコトに対してそうであったように、マコトもまたロコルのスタンスが見えないことには困っていたのだ。互いが演技者であるが故の弊害。違いがあるとすればロコルはマコトのそれをまったく見抜けていなかったのに対し、マコトはロコルがなんらかの皮を被っていることを──そしてそれを大して隠そうともしていないと──気付いていた点だろう。


 幼少期から既に掴みどころを見せていなかったロコルなので、おおよそ十年ぶりに再会した彼女がそれに輪をかけて片鱗を窺わせない人物に育っていたとしても何もおかしくなく、むしろ納得がいく。他者に対する考察というものをあまりしないミライですらも同じ感想をロコルに持っていたのは、それだけ初対面時に抱いたものとの乖離が大きいことを意味している。故に欺く側だと議論の余地なく決め打ちができたのは不幸中の幸い。されど真意が読めないという意味では結局のところ何もわからないのに等しかった。


 だから見過ごしてしまったのだ、とは愚にもつかない言い訳だ。どのみちロコルとミライが本音を交わす機会は避けられなかった。それを越えての全面対決を迎えるつもりでいたために、それならそれでいいと判断していたために。言い訳のしようもなく自身の判断ミスが招いた結果としか言い様がない。ミライがああもロコルを気に入るなど……いずれ自身の傍に置くことを認めるなど。自分以外にそのポジションに収まれる人間が現れることなどないと高をくくっていた、そんなどうしようもない慢心が招いた失態である。



 マコトは認めねばならなかった──自分が思うほどミライと自分の関係性は絶対でもなければ、唯一でもないと。


 痛ましいほどのミス。それを「なかったこと」にするためには確かに、ロコル本人に勝つよりも。目の前のこの男に膝を付かせる方がずっと良い。


 三つ、とエミルは細く白く長い指を三本立てて。


「君が私に負けたなら。その時は君がロコルへ提示したメリットと変わらない。『イオリに手を出さない』。そこに金輪際という文言を付け加えた上で二正面作戦中にこういった手は使わないと誓う、それだけでいい。実質的に君が支払うものは何もない。卒業までの成績争いにおいて取れる手立てが少しばかり減ってしまうけれど、なに。君にとってはそんなもの大した痛手でもないだろう?」


 それはその通りだった。元々こんなスマートさとはかけ離れたやり方などマコトの好むところではない。スマートでないとは即ちあちこちに引っ掛かりを生むということ。それは後々に自分の首を絞める歪みとなる……何が引っ掛かろうが突っ掛かってこようが気にせず前へ突き進むのはミライの役目であり本分。それをサポートするのがマコトの役目であるために、自分までが進んで強引な手法を取るようになってしまっては問題があった。……そう理解していてもやらざるを得なかったのだから致し方ないが、できることなら二度とご免である。


 なので脅迫という手口を禁じ手にされること自体はなんら惜しくなかった。何せ観世家の持ち味はこのような緊急手段もいいところの一手を放棄したとて何ひとつ落ちないのだから──とはいえ。


「不気味ですね」


 自分にとって何もかも都合がいい。だからこそ言及せずにはいられなかった。



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