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322.試合の前にお話を

 コウヤとオウラが自身に関して真剣な議論を交わしていることなど露知らず、勝負の場へと向かうロコル。通路から講堂の中心部へと戻った彼女はまだ試合が始まっていないことにホッとしつつも、これから戦う三人の生徒(いずれもがBブロックを勝ち抜いてきた猛者たちである)が既に舞台上で待機しているのを見つけ、自分もそこに加わるべくいそいそと足を急がせた──


 ところで、それに待ったをかける者がいた。


「そこでストップ。九蓮華ロコル」


「!」


 背後からの声。平坦な口調ながらに有無を言わさぬ圧力を感じさせるその呼びかけに、ロコルはぎくりと動きを止める。それからそっと振り向けば、そこには壁際からこちらを見据える観世マコトの姿があった──つう、とロコルの頬を冷や汗が落ちる。この立ち位置。どうやらマコトは通路からロコルが出てくるのを待ち構えていたようだが、しかしロコルは声をかけられるまで彼女の存在にまるで気付かなかった。気配を読み取ることがまったくできなかった。


 高い隠形の技術。ロコルも自身の強さを隠すのは得意だが、マコトの隠れ方はそれと趣も違えば意味合いも違う。あくまで演技として、言うなれば「役者」としてのロコルのカモフラージュに対し、マコトの技術は「暗殺者」のそれだろう。


 ミライ戦後のがあるまでは──入学後からずっと観察を続けていたにもかかわらず──見事に騙されていたロコルだ。内側にあんなにも激しい衝動が、情動があるなどとはおくびにも出してこなかったマコトに対する情報の修正は既に済ませており、彼女が自分にも劣らぬ猫かぶりであることは判明しているも同然であったが。


 けれどまさかここまでとは。勝負前ということでそれなりに昂っている今の自分ですらも、微かな違和感も抱けないレベル。だとすればマコトの隠しの技は、上方修正してもなお足りないくらいの高みにあるということになる──。


「不穏な気配は漏らさないでね。ここは西側の客席からは死角になっているけど、そこにミライもいる。あの子ならファイト外でもそういうのにすぐ気付くから」


「……なんすかマコトちゃん、やらしいっすね。ミライちゃんには内緒のお話を自分としたいんすか。浮気はよくないっすよ?」


「浮気じゃないよ、本気。わたしは本気であなたを──潰しにきた」


「……!」


 ロコルにそう要求した通り、本人もまた一切の不穏さを漏らすことなく。しかしてマコトの瞳には剣呑な輝きがあった。潰すという発言が冗談や冗句の類いでないとそれだけでよくわかる。このタイミングでそんな宣言をした理由も、薄々と。


「宣戦布告をしにきた、だけってわけじゃあなさそうっすね」


「うん。あなたにはにわたしとファイトしてもらう。そこでわたしが勝ったら、あなたはもうミライに近づかないで。物理的な距離じゃないよ? 思想的にあの子と共感しないでほしい──共鳴しないでほしい。わたしの要求はただそれだけ」


「それだけって、けっこうなこと言ってるっすけどね。要はミライちゃんとこれ以上仲良くなっちゃダメってことっすよね」


 頷いて肯定を示すマコト。(諸々について)己の理解は間違っていないと知れたことでロコルもそこで大きく頷き、それからこてんと首を傾げた。


「いやいやマコトちゃん。よく考えなくても自分が従う理由ないっすよね? これから大事なBブロックの最終戦ってときにそんなお誘いされたってOKできるわけないっす。しかもそれが一方的な要求を通すためのファイトだっていうなら、尚更に」


「そうだね。一方的じゃあフェアじゃない。だから用意してあるよ。試合放棄による不戦敗にも釣り合うだけの、あなたへのメリットも」


「あ、そうなんすか。でもホントに釣り合うものかは怪しいっすねぇ」


 なんと言っても決勝の舞台でアキラと戦えるのを楽しみにしているロコルだ。不戦敗に釣り合うとは即ちそれの代わりになるということ。だがそんなものをマコトが用意できるとはとても思えず、自然とロコルの表情は懐疑的になる──が、次に聞かされた内容にその顔は固まった。


「『九蓮華イオリの五体満足』。……どう? これなら充分、トーナメント敗退にも見合うメリットじゃないかな」


「──お前」


「早合点しないで。まだイオリには何もしていない……ね。だけどあなたの返答次第ではどうなることか。双子の弟が不幸な事故に遭うのは、嫌でしょ?」


「イオリには九蓮華うちの執事がついている」


「あなたに一人、イオリに一人。学園に潜伏しているのはわかっているよ。他にも伏兵がいたとしても精々が片手で数えられる人数でしょう……当主候補筆頭と言ったって、平時においてあなたたちが動かせる使用人なんて所詮はそれくらい。そこで問題。わたしが動かせるのは何人だと思う?」


「ッ……、」


 当主候補筆頭、という肩書きでこそあるが。しかしロコルの目の前にいるのは実質的に観世の当主に等しい存在。現当主すら彼女の指揮下にいるというイオリの話が本当であれば、マコトが動かせるのは使用人どころではなく観世家そのものということになる。今更イオリの調査から得られた情報の真偽を疑ってはいないロコルは、マコトが何を言いたいのかすぐに察せられた。


「多勢に無勢。そっちが仕掛けてくるならこっちには防ぎようがない……ってことっすか。少なくとも今、この状況においては」


「そうだね。だってわからないでしょ、この学園にどれだけ観世の息がかかった人間が潜り込んでいるか。良くも悪くも鮮烈で煌びやかな九蓮華と違って、観世は物静かで慎ましやかだからね。気配の消し方、周囲への溶け込み方はそっちよりもずっと上手い自負がある。そういう技術を修めているからには当然、何をするにもわたしたちは痕跡なんてひとつも残さない……」


 それはマコト自身が体現していることでもあり、必然的に説得力は凄まじかった。気配を読むことに長けた九蓮華の察知能力すらもかいくぐれる隠形の腕前。それをもってすれば執事の護衛があろうと確かに、子供一人をどうにかすることなど実に容易いだろう。そんな真似をすれば二正面作戦どころではない文字通りの戦争になるが、しかしそうならぬように徹底的な証拠の隠滅を行なうとまでマコトは示唆した。「不幸な事故」。彼女は本気でそれを現実にするつもりでいて、それを可能とするだけの力を持っている。


「選手生命を断たれてしまえばイオリが九蓮華の当主になるのは難しい。そうなると、当主になるつもりがないらしいあなたからすると弟への情以上に困ったことになるんじゃない?」


「…………」


「ほら、釣り合った」


 拒否する手はないだろうとマコトは薄く笑って言う。試合放棄の汚名を被ることや、自身の希望など捨て置いてでも。弟の身の安全を第一にしない理由こそがないだろうと彼女はロコルへ選択を迫る。一択しか答えのない選択を。ギリッと少女の歯が鳴った。


「そんなに嫌っすか、自分とミライちゃんが仲良くなるのが。こんな汚い手を使って脅しにかかるくらいに」


「嫌だよ、とても嫌。だからどんな汚い手も使う。あなたがこれ以上活躍して、あまつさえ優勝なんてしましまった日には、ミライはきっと本当の意味であなたを認めてしまう──わたしたちの中にあなたを加え入れてしまう。そんなのは、絶対に、嫌だ」


「マコトちゃん……あんたは!」


「いいからさっさと頷きなよ、ロコル。そして黙ってわたしについてこい──」


「いいとも。ロコルの代わりに私がついていこう」


「「!?」」


 迫るマコトと迫られるロコル。その狭間に、彼は現れた。まるでロコルを守るヒーローのように──妹を守る兄のように。


 九蓮華エミルがそこにいた。



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