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321.個人メタの成否・是非

「さて……コウヤ。あなたはどう見ますの? 九蓮華ロコルのあの自信を」


 少女の背中が遠ざかって見えなくなったところで、オウラはそう呟くようにいた。こちらに視線を向けることなくかけられた問いに対し、コウヤは少し考え込む。


 オウラのこれは何もロコルへの疑惑故のものではない──彼女に対する不信感を露わにしているわけではなく、ただただ真っ当で純粋な疑問を口にしただけ。すぐにそれが理解できたのは、訊ねられたコウヤの側にも少なからずの疑念が生じているからだろう。


「まあ、言いたいことはよくわかるぜ。自信が本物だからってそれが必ず通用するって保証にゃならない。仮に対策をいくつも考えてあるからといって、それら全部が上手くハマるとは限らない……なんだったらロコルの策はひとつ残らず不発に終わっちまうかもしれない。そういうおそれもあるってこったろ?」


 こくん、と上品に頷くオウラに「だよなぁ」とコウヤは再び頭をがりがりと掻いて、それから髪をかき上げた。その仕草にはこれでもかと悩ましさが浮かび上がっている。


 ──ロコルがやろうとしているのは、一言で言うなら『個人メタ』というものだ。メタとはカードゲームにおいては特定の戦法やデッキタイプとのファイトを想定し、それと相性的に有利なデッキや戦術を専用で組むことを指す。赤メタと言えば赤陣営に対し優位を取ることで、個人メタもこれに同じだ。『特定の個人への対策を打つ』。その人物の得意とする戦い方やエースカードをことで勝率を上げるというやり方は、当然ながら知己の親しい間柄であるほどに成功しやすく、そして一度成功すれば確かな効果を発揮するある種の「最強戦術」である。


 とはいえ最強戦術にもリスクがないわけではない。むしろメタというのはハイリスクハイリターンな諸刃の剣として知られているくらいだ。何が危険リスクなのかと言えば当然、戦術としてのピーキーさが理由に挙げられる。


 メタ構築を組むというのは即ち、自身の本来のデッキを歪めてまでたったひとつの戦法に固執するということ。これは『相手が想定通りのデッキを使うと確定していない』状況においては甚だ危険な行為だ──メタ用のデッキはその構築コンセプト故に対策したデッキタイプ以外にはどうしても充分な力を発揮できず、もしそうなってしまえばただの「バランスが悪く完成度の低いデッキ」として蹴散らされてしまうのが落ちとなる。


 大会などでのデッキ分布を読んでの環境メタに比べれば、個人メタは成功率の高さからリスクを限りなく減らせる……と言ってもそれも誤差の範囲でしかないのが現実だ。別のデッキを使う以外にも、メタることを読まれてをデッキに仕込まれるだけでも一気に厳しくなる。アキラがトーナメントの決勝でいきなり緑陣営を放棄するなどとは非常に考えづらいために前者の不安はほぼないと言っていいものの、後者の場合であれば──決勝の舞台に上がってくるのはロコルだと願望も込みでアキラが信じているだろう点も踏まえればなおのことに──そういった対策を取ってくる可能性はあり得る。メタへのメタなどという意識を明確に持っているかどうかは別にしても、ロコルに勝つために自然と彼が決戦に向けてデッキ構築を練り直すことは十二分に考えられるのだ。


 対策することの意義と異議。ロコルの先輩としてこのドミネイションズ・アカデミアで一年長く「同学年」という身内の中で勝負を繰り返してきているコウヤたちは、それだけメタへの観点が育ってもいる。それと反対にロコルは、表向きは九蓮華の才女ながらにこれまで大きな大会に出たこともなければ仲間内での(※対策、対策への対策、対策への対策への対策といった具合に構築が狭い範囲で移り変わっていくこと)も経験していないので、ファイトの実力は申し分なくともそれ以外の部分については未熟な面もある。


 エミルやアキラもそうであったように、強さに比してアンバランスな箇所があるのは飛び抜けた才者に共通した特徴でもあり、その域にいない者からすれば羨望混じりに呆れる他ないものの。ただ今回はそのアンバランスさが致命的な作用をもたらしてしまうかもしれない──そう考えると平凡から飛び抜け過ぎるというのも少々考え物であった。


 コウヤたちがロコルの策の成功を不安視する最もの根拠として。


「若葉アキラは大会中にもデッキに手を加えることを躊躇しないタイプ。実際にこれまでの事例がそうであったようにその構築には試合の度に細々とした変化が見られる……そして既に決勝戦への進出が決まっている彼には『時間』がありますわ。ロコルがBブロックの最終戦を戦っている間、デッキを捏ね繰り回す時間の余裕がたっぷりと」


 そういう場合にアキラがデッキに触れないなどということは考えづらい。無論、だからといって「メイン陣営を変える」だとか「『アニマルズ』を抜く」だとか、デッキの根本から変わってしまうような大幅な改造をあのアキラが行うとはもっと考えられないけれども。だとしても彼の側だって「対ロコル」を見据えた構築にしてくることが確定している以上、ロコルのメタ作戦の難度は常以上に上がっている。親しい間柄の者への個人メタだからといって成功率は決して高いとは言えないだろう。それを指してオウラは、この状況自体をどう見るかとコウヤに問いかけているのだ。


「アキラが決勝をどう戦うつもりでいるのか。そっちもハッキリしねーことにはなんとも言えやしないがよ。ただしお前の言う通り、準決勝までとなんの変化もないなんてことはまずあり得ない。アキラだってロコルとのファイトを見据えた策を何かしら考えてんのはまず間違いないんだから、要はどっちが読み切るかだよな。互いが互いをメタるだけに終わるなら二人ともデッキの真価は発揮できない。噛み合わないままに有利不利もなくファイトをすることになる……が、もしも片方がドンピシャに相手の構築を読めたとしたら」


 双方が個人メタに着手した場合、構築段階からファイトは始まり、そしてその読み合いは不毛極まりないものとなる。じゃんけんの手を読むようなもので、裏を読み裏の裏を読みとやっていたら考えが堂々巡りするばかりでいつまで経っても決断ができなくなる。そうなると結局のところ「運次第」という身も蓋もない結論で茶を濁すしかなくなるのだが──しかしそういった不毛の読み合いでこそドミネイターらしい勘の冴えが一際に輝くのもまた事実。


 それは過去の相手の言動を思い返しての思考の末でもいいし、閃きに任せた天啓のような決め打ちでもいい。なんにせよ「これだ」と強く確信できた側が往々にして結果を捥ぎ取っていくのはドミネファイトに限らず世にありふれたことであり。つまりはアキラとロコル、どちらがデッキビルディングに勘の冴えを持ち込めるか。どれだけ構築にそれを乗せられるかが勝負の別れ目となる。


「正解のない難問に正解を出せた側が。そういう冴えた側が勝ちに大きく近づく。そんでもって──」


 諸々の事情や情報を踏まえて、合算して勘案して導き出されたコウヤの答えは、それまでの積み重ねた理論や理屈を一切合切捨て去ったようにシンプルで根拠と呼べるものが何もないものだった。


「なんとなくだがじゃんけんになのはアキラじゃなくてロコルだ。だからアタシは、ロコルが読み勝つと見たね」


 あなたらしい返答ですこと、と呆れたようにしながらも。オウラはコウヤの意見に異を唱えようとはしなかった。



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