320.アキラへの対策!
(──ったく。なんて目をしやがるんだよ、こいつは)
ロコルがコウヤの瞳に感じ入るものがあったように、コウヤの側もまたロコルの見つめ返す瞳から感じるものがあった。だがそれは『ドミネイターの輝き』とはまったく別種の、しかしてそれと同質の覚悟であった。その重さ、そしてそれを背負うと決めた少女の決意は、とても深い。子供が覗かせるには少々重きに過ぎる、異常なまでの質量がそこに宿っている。
コウヤはがりがりと頭を掻いた。
「んな顔をするなって、ロコル。アタシは何もお前を責めちゃいないんだ。もちろんオウラだってそうだ。せっかく手に入れたドミネユニットを隠していることも、隠し続けようとしていることも。特殊な立場にいるお前さんにどうしても必要なことだってんなら好きにやりゃいいとしか思わねえ──だけど、だ。アタシとオウラが言いたいのはただひとつ。だけど隠したまんまでアキラに勝てると思うなよ、ってぇことだよ」
「……!」
「むしろ訊きたいとこだな。他ならぬロコル、お前自身はどう考えてんだ? ミオたちとの会話を聞いた限りじゃあ、単に戦って嬉しい記念ファイトで終わらせるつもりはないんだろ。決勝戦できっちりとアキラに勝って優勝する気満々でいるんだよな? それはドミネユニットっつー最高の武器を放棄したまま達成できることなのかどうか……そこんとこの目算を聞かせてくれよ」
結局のところそこなのだ、コウヤの指摘したい部分とは。ロコルの家柄や将来的な野望に関する諸々は、今更突っ込んだところで詮無いこと。財界のお姫様であるオウラはまだしも一般家庭出身のコウヤにはどうしたって共感することも手を貸すこともできないために──無論、そうだとしてもロコルが助けを求めてくるようであればコウヤは迷わず助けるだろうが──一旦は置いておく。コウヤの目には映らないものとして放置し、「ドミネイターの視点」だけで物を言わせてもらう。
そうしたとき、言及したいのはたった一個。たったひとつの理屈であり疑問だった。この時間はそれをロコルへぶつけるための時間だと言っていい──即ちロコルには『若葉アキラに本気で勝つ』つもりがあるのか、否か。
「あなたが誰にもドミネイト召喚を見せていないこと。そして決勝でも解禁はしないであろうことも察しているわたくしたちからすれば当然の疑問でしょう? ドミネユニットを最後にして最大の一手として繰り出していながら敗れた玄野センイチという実例があっただけに、尚更にですわ。あの姿をあなただって大講堂のどこかから見ていたはず──それでもドミネイト召喚には頼らないと言うの? ドミネイターである以前に『九蓮華』だから。だからあなたは全力を出すことをしないと、そう言うの?」
そんなことで本当に勝てると思うのか、と。つまりはそういう問いかけだ。詰め寄るような内容だがその実、コウヤが言ったように彼女らは何もロコルを叱っているのでも詰っているのでもない。単に確認がしたいだけだ。そしてロコル自身にも確認をさせたい。今一度自分の立ち位置というものを、どこを向いてどこを目指すのかを改めて定めてほしいと──それでもしも矛盾が晴れるなら。ドミネイターとして確かな実力と誇りを持ちつつも、けれどそれを隠すことに慣れてしまった少女が。全力を見せないことが癖になってしまった少女が、その何よりもドミネイターらしくない在り方でいる苦しみから脱却できるのであれば、なおいい。
ムラっ気のなくなったアキラという同年代最強格を相手に、ドミネユニットで対抗するにせよしないにせよ。そのどちらをロコルが選んだとしても、それが心からの納得を伴う選択ならば問題はない。『心』に迷いがないのなら、問題ないのだ。その時きっとロコルはミライ戦だって超えるほどに最高のパフォーマンスを披露してくれるだろう。そうさせるために、ロコルを探す男子たちについてきたコウヤとオウラであった。
彼女たちの質問を噛み締めるようなしばしの沈黙、後にロコルは口を開いた。
「確かにセンパイは強いっす。不安定さをなくした若葉アキラがドミネユニットで攻めてくるなんて、まさに鬼に金棒。以前のエミルにも劣らない理不尽の権化と言っても過言じゃない……そう自分も思うっすよ」
「だったら」
「『だったら自分もドミネユニットを使うしかない』? ──うんにゃ、そこは同意しかねるっす。せっかくあるものを使わないなんて馬鹿げてる。決戦の場ですら演技するのは愚かしい。それに関しては心から同意できるっすけど、でもだからといって自分は自分を曲げられないっす。もう決めたことだから、必ず成すと秘めたことだから」
──だから自分は、ドミネユニットなしでセンパイに『勝つ』っす。
「「……!!」」
並々ならぬ気迫と共に告げられたその言葉は、コウヤとオウラを貫くようにして通路を駆け抜けていった。彼女の本心を見定めんとドミネイターの気質を惜しまず、オーラすら纏っていた二人が、だというのに思わず息を呑むほどの。反対に背筋を正されてしまうくらいには、彼女の発言には殺気が乗っていた。
ドミネイター特有の勝利を欲して止まぬ飢えがあった。
「そうかよロコル。てことはしっかりとあるんだな? ドミネユニットを使わずともアキラに勝てる、勝つための算段ってのが、お前の中には」
そうでなければここまでのオーラは発揮できまい。なんの考えもなくただ言葉だけで勝ちを嘯けるほどドミネファイトとは、彼女が戦う若葉アキラとは安くないのだ。何かしらに自信がなければ……それを生み出せるだけの根拠がなければこんな気迫は出せない、からには。つまり気迫の源となれるだけの「何か」がロコルにはあるという証拠でもある。そう悟って笑い訊ねるコウヤに、やはりロコルはしかと頷いて。
「もちろん、あるっす。自分なりの『対若葉アキラ用』の戦略の用意が」
「それは何よりですわ。しかし具体的にはどう戦っていくつもりなのかしら」
「ただでさえ強い鬼に金棒を持たれちゃ敵わないっすから、まずは金棒を取り上げるところから始めなきゃっすよね」
「取り上げる……?」
「こっちが使わないんすから、向こうにも使わせない。ドミネイト召喚をさせない。それがセンパイ攻略の第一っす」
「──なるほど。それがあなたには可能であると」
「っす」
ドミネユニットを使わせない、などと。そんなことをどう実現させるのかはまったくの不明であるが、しかしロコルの自信は嘘ではない。その場凌ぎの誤魔化しなどでは断じてなく、彼女がアキラに勝つために真剣に考え続けてきた秘策だとその顔付きから伝わってくる。
「どうやるかは企業秘密ってことでお願いするっす」
「ええ、構いませんわ。どうせ試合を見れば判明すること。そのときを楽しみに待たせてもらいましょう」
しかもだ。ロコルはこれを「攻略の第一」と口にした。それは第二・第三の策の用意もあることを示唆している──ドミネユニット封じはロコルが勝つための戦略のほんの手始めでしかないとなれば……これは面白いことになりそうだとオウラの勘が、予感が囁く。
それとほぼ同一のものがコウヤのドミネイターとしての感覚にも去来しており。
「わーったよ、ウダウダ言うのはやめにする。たった一言答えてくれりゃもうそれでいい……やれるんだな?」
「やるっす」
「はっ、だったら上等! そんじゃあ前哨戦の二連戦だ、行ってこい!」
「うっす!」
二人の先輩へ頭を下げて感謝の意を示し、それからロコルは舞台を目指して駆け出した。




