318.ドミネユニットのA to Z
「どうして……自分が玄野センパイよりもドミネユニットを上手に扱えると、そう思うんすか?」
断言であった。オウラの口振りは推測ではなく実際に知っている者のそれだった──事実を事実として認識し、口にしたまでのこと。今のはそういう言い方だった。どうしてそこまで彼女が言い切れてしまうのか、我がことに関する話題ながらにロコルにはとんとわからなかった。
「お察しの通り、自分がドミネイト召喚を身に着けたのはつい最近のことっす。玄野センパイとどっちが早いかはお互いに習得した日付を確認しないことにはハッキリと言えないっすけど、でもどっちが先でも大差ないのは確かだと思うっす。同時期。つまりドミネイト召喚の習熟にかけられた時間は玄野センパイと変わらないってことっす。それもおふた方には察しが付いているはずっすよね。なのにどうして、手腕に差があると判断したっすか?」
そもそもドミネイターの勘だけでロコルがドミネユニットを手に入れたことを察知したという、そこだけでも驚きなのだが。しかしさすがに同じ理由で習熟度の差まで読み取れるというのはあまりに行き過ぎている。察知だけなら「九蓮華の探知術とはまた別の技術」とまだ理解もできるが、そこまで正確に何もかもを見通せるとなると……それはかつてのエミルが発揮していた『予見』にも劣らぬ異能であり、そんなものがぽんぽん世に出るはずもない。出ていいわけがない。だからそう、ドミネイト召喚の手腕にまで言及できるとすれば、そこには勘以外にも何か要因があるに違いないとロコルは考えた。
オウラは答える。
「それはあなたが九蓮華エミルの妹だからよ」
「妹だから……?」
「そう。要するにわたくしたちよりも『ドミネイト召喚の操り手』を長く身近に見てきたあなただから。ドミネイト召喚への対策も、そしていざ自分がその担い手になった場合のノウハウについても。それらの見識もまたわたしくたちよりずっと深く、完成されたものになっていることは想像に難くない──」
実際、オウラたちが存在だけは知っていたドミネユニットへの対抗策を真剣に練り出したのはアキラが操り手となって以降のことだ。それまでは知識としては持っていてもドミネユニットとの対決など、どこか絵空事に。遠い世界のことのようにしか思えていなかった彼女たちである。必要に迫られなければ行動に移せないとは恥ずべきことだが、必要もないのに手間をかけるのもまた愚かしいことだ。同世代にアキラがいなければ、ドミネイションズ・アカデミアにエミルという最強が君臨していなければ、まずもってドミネユニット対策などまだまだしなくてよかったろう。だから別世界のことに関心を払ってこなかったオウラのこれまでは正しく、しかして関心を払わざるを得なくなった今もそれを続けていてはよろしくない。
対決しなければならない──対抗し、対応しなければならない。クロノやロコルもそれを習得したからにはドミネユニットが当たり前に出てくる環境に適応しなくては、未来がない。そう奮闘し何かしらの切っ掛けを掴めたからこそクロノも、そしてロコルもドミネイト召喚が叶ったに違いないのだから、僅かに出遅れたことは確かでも。必ずやその道を進み、踏破してみせる。オウラはそう決意している。
そしてそれは彼女のライバルを自認するコウヤも同様で。
「天下のドミネユニットも決して無敵の存在じゃねえ。限りなくそれに近かったエミルのエターナルだって、アキラは打ち破ってみせた。だからアタシらも触発されたわけだが、それはともかくだ。半年前はたった一人だけエミルの脅威を正しく知っていたロコルが、まさかなんの対策も考えてなかったとは言わせねえぜ?」
アキラとエミルの初対決において、トドメの一撃を阻止すべくデッキを掲げて割って入ったロコルだ。そこでもしもエミルの興が乗り兄妹対決となっていた場合、本当に勝機があったかはともかくとして。アキラを守るためとはいえそこでファイトを挑んだということは少なからずあのエミルとも、彼の操る《天凛の深層エターナル》とも戦えるだけの自信が彼女にはあったということになる。それもまた証拠のひとつだ。ロコルが長年をかけてドミネイト召喚への対抗策を考え続けていたであろうという、証明のひとつ。
「対策を練るというのは精通することと同義。長らく、果てなくドミネユニットを敵として見てきたあなただから。その身にドミネユニットが宿ったならば一足飛びに──いえ、なんなら十足飛びに上手な扱い方も身に付けられるでしょう。それは仮にドミネイト召喚の習得自体は玄野センイチの方が早かったとしても、そんなことがなんの優越にもならない程度にはあなたの背中を強く後押ししますわ。知は力。ですから迷いなく断じられる。ドミネイト召喚をより巧みに使いこなせるのは彼ではなく、ロコル。あなたであるとね」
事前情報もなくドミネユニットを繰り出されては普通耐えられない、とは言ったものの。なんの情報もなかったのはクロノの側とて同じなのだ。それの正しい操り方を知りもしない内から実戦投入してしまった気の強さこそ彼の長所であり短所でもある。彼には担い手としての実感が足りていなかった。それに対してアキラは、対エミル戦の経験がある分だけドミネユニットとの対決にも慣れがあった。攻め手と受け手のこの明確な差は勝負の結果にも大きな影響を及ぼしたことだろう。
同じ轍を、ロコルは踏まない。彼女ならばドミネユニットを使われる側としても使う側としても一定以上の所感を備えた上でファイトに当たれる。オウラとコウヤは共にそう確信していた。
「だが迷ってみると見たぜ。ロコル、お前はこの合同トーナメントで。衆人観衆の舞台で大々的にドミネイト召喚を見せつけることに抵抗を覚えている。そうじゃないか?」
「それもドミネイターの勘で読んだっすか」
「うんにゃ、これはお前さんの顔を見てのただの当てずっぽう。だが的外れってわけでもなさそうだな? そのリアクションからするに」
「…………、」
これも正解だった。ロコルは確かにこのイベントでそれをしてしまっていいものか迷っていた──否、現時点でそのつもりはほとんどなかったと言い切ってもいい。もしも決勝にまで進めたとしても、そこでアキラと戦えたとしても。ドミネイト召喚は封じたままに戦い、勝利を目指すつもりでいた。だがそれでは勝てっこないとオウラは、コウヤはきっぱりと物申す。
「まーわからんでもないぜ。イオリを立てたいっつーお前からすりゃ、ただでさえあいつより勝ち進んでるのにドミネユニットまで呼び出しちゃそれこそエミルの再来って扱いを受けちまうもんな。それが嫌なんだろ? 宝妙ミライだってあの感じじゃ自分んときに呼び出さなかったのはどうしてだって怒りそうだし、そうなると前に言ってた御三家同士は卒業まで付かず離れずを維持したいっていう目標もますます難しくなりそうだ。色々と難しい立場にいるお前だから、そんな諸々に悩まされて隙に動けないってのはわかる。その苦しみも、なんとなくでしかねーけど一般家庭出身のアタシにだってちょっとした共感くらいはできるさ──だがな、ロコル」
そこで一際に真剣になった、ドミネイター特有の気配を帯びたコウヤの瞳にロコルは目を惹き付けられた。
「そういうしがらみも何もかもぶっちぎって目の前のファイトへ全力で挑む。それがドミネイターってもんだろうがよ」




