317.ドミネユニットのいろは
周りに相談をしない。言うなればそれだけの、聞く者によっては非常に安いプライドなのかもしれないが。しかしオウラは容易く他人に弱みを見せてしまえるような性格をしていなかったし、生まれながらに高貴なる者としての責務を背負っていた──悩んだ時、あっさりと人に助けを求められる若葉アキラのような人間を羨ましいと思ったことがないと言えば、嘘になる。だがどうしたって自分が同じようにはできないであろうことは、とうに受け入れていた。だから彼女はいつでも優雅に、たとえ負ける時でも美しく。何をしていても常に品格を失わぬよう努めている。それはただ「強い」だけでは満たせぬ舞城家長女としての曲げられぬ在り方であった。
だからわかるのだ。ロコルも、普段見せている態度こそ自分とは違えども。その根本にあるプライドというのが、ないわけではない弱さをひた隠す演技が、読み取るまでもなく読み取れてしまう。ドミネ御三家の生まれならば然もありなん、双子のイオリや、先の試合を見るに宝妙家の彼女だってそれは同じ。誰も彼も異常なまでの「強がり」だ。そうあらねばならぬのだろう、御三家の子息というものは。しかしエミルという絶対の指針があるイオリや、観世家の少女と手を取り合っているマコトには、頼れるものがある。疲れた際に寄りかかれる先がある──自分を強く見せなくても済む相手がいる。
ロコルにはそれがない。誰に対しても。なんなら自分に対してすらも演技をし続ける。それを決して休まずに続けている彼女だから、シンパシーを感じるのかもしれない。まさしくオウラもまたそうやって生きているから。何にも寄りかかることなく家族にも学友にも己にも誇れる舞城オウラであり続けているから。
故に、こうして助言を送る。
他者に救いを求めない。オウラと同じくロコルがそういうタイプであるならば、こちらから救ってやればいい。オウラとて学友が差し出した手を撥ね退けるばかりではない──プライドが許さなければそういうことだってする彼女ではあるが、手を取らぬ方が無様な場面もある。そういう時がこの一年間には何度かあった。不本意ながらそういった経験もあって、不倶戴天のライバルであるコウヤとは小学生時代よりもずっと仲良くなってしまった。これが自分にとって良き変化かどうか測りかねている部分もある彼女だが、悪い気はしていない。ならば現時点ではそれが答えなのだと思うようにしている。
ロコルもそこは同じだろう。こればかりはいくら共感できる相手だとはいえ、確実なことは言えないが。求めずとも差し伸べられる救いの手をどうするかは、まさしくその時々のロコルの天秤が決めることであるが……だとしても彼女はただプライドが高いだけの少女ではない。他人を頼らない強さを持ちながらも、他人を拒絶しない弱さも持ち合わせている。そういう彼女であれば、きっと。
「玄野センイチが言っていましたわね──自分はあと一歩というところまで勝利に肉迫したのだと。ええ、その通り。自己評価実に正しく、不当に高く見積もったりはしていませんわ。彼は確かに若葉アキラをもう一押しで敗北させられた。その一押しができなかったから結局負けてしまったけれど、今日最も若葉アキラを追い詰めたのは彼で間違いないでしょう。──そして。それができたのはやはりドミネユニットの存在こそが大きい」
合同トーナメントAブロック一回戦にて、究極の切り札である《暗黒邪神エンボレス・マハ》を早々に繰り出したクロノは、それが破られるとすかさずに更なる新切り札である《暗黒超帝神エンボレアス・マハーマ》で攻勢を維持した。エンボレアスは恐るべき能力によって一時はフィールドを完全に制したものの、対するアキラも然る者、驚きの作戦によって超帝神の牙城を打ち崩してみせた。──そこでクロノは真の勝負に出た。エースの邪神も、それを超える超帝神すらも前座として、単なる囮として使い捨てた彼が呼び出したのは。このファイトにおける第三の矢にして本命であるドミネユニット。トーナメントにて若葉アキラを打倒する。それだけを目標に密かに習得し、初戦からアキラと当たれた幸運に喜び勇みながら披露した『とっておき』は確実にクロノへ勝利をもたらす。
……はずだった。
けれどそうはならなかった。二連続で叩きつけられた大型の切り札の対処でリソースを使い切ったかに見えたアキラには、まだ備えがあった。彼はクロノがまだ本命を隠していることを読んでいたのだ。否、読んでいたというよりも信じていたと言うべきか。クロノならばまだ先があると。そう疑うともなく信じられたからこそアキラはそれを上回ることができたのだ──ライフコア残りひとつ。本当に敗北の瀬戸際まで追い込まれつつもそこから逆転してみせた彼のプレイングはその知名度から観客たちが期待していた通りのもの。大いに講堂を沸かせ、クロノはまたしても公の場での敗北に「クソったれが」と悪態を吐いた。
「まあ、そりゃ悔しいよな。切り札を三連発だぜ? 息つかせることなく繰り出して、ドミネユニットまで呼び出して。普通なら誰だって耐えられっこない猛攻だろ? それなのにその尽くを破られたとあっちゃアタシなら気が遠くなっちまうね……もちろん、今になって振り返ってみるとクロノにも拙い部分ってのはあったけどよ。そこがアキラの逆転に繋がったのは間違いねえだろうし」
邪神や超帝神で攻める間にもドミネユニットを呼ぶ準備をすべく、ところどころに違和感のあるプレイをしていたり。超帝神でライフを詰める重要な局面において、あからさまでこそなくともよくよく見ればオーラを節制していたり。つまりはドミネユニットありきのプレイングにおいてボロが出ていた。当然だ、ドミネイト召喚は過たず強力なもの。強力であるが故に、それを己が手札の一枚に抱えたからには従来通りのプレイが難しくなる。慣れないうちはその扱いに四苦八苦するのは仕方のないことで──。
しかしてアキラにそこを見抜かれ、結果としてクロノの敗北に繋がったのだから仕方ないでは済まされない。クロノの悔悟は自身の不甲斐なさへの自覚が大半を占めているだろうとオウラたちは見ている。
「習熟しきれていなかった。強き力であるドミネイト召喚を、しかし十全に操りきれていなかった……彼の最大の敗因を挙げるならそういうことになるのでしょう。だからといって負けて当然の試合内容ではまったくなかったけれど」
コウヤも言ったように、あんな猛攻に耐えられるドミネイターなどまずいない。慣れないドミネイト召喚のせいで多少プレイングが歪んだり、その扱いに瑕疵があったとしても、そんなのは誤差だ。邪神や超帝神だってクロノがエースユニットとして愛用するくらいには強力で、対応に困らされるカードである。それをなんとか切り抜けたところで突き付けられる事前情報なしのドミネユニットは、十二分に致死たり得る凶悪な戦法と言える。クロノにも勝ちの目はあった。どころか終盤では観客の誰しもが彼の勝利を予感したことだろう。
だからおかしいのは、その予感を覆してみせた。傍目には存在しないように見えた勝ち筋を掴み取ってみせたアキラの方なのだ。
「玄野センイチは詰め切れなかった──それを『詰めを誤った』などとはとても言えはしないけれど。だからこそ不安定さをなくした若葉アキラという大壁を穿つにドミネイト召喚は必須だと結論付けましたわ。特に、玄野センイチ以上にドミネユニットを正しく操れるであろうあなたにはね」




