316.オウラとロコル、ノブレス・ガール!
「具体的な助言っすか?」
それはあたかも、先んじてアドバイスを告げていったクロノやミオのそれが具体性に欠けるものだったと非難しているような──いや、オウラのことだからそのものずばり非難しているのだろうとロコルは思った。ドミネ界隈とは密接な繋がりを持ちつつも別世界である財界のご令嬢であるオウラは、畑違いではありつつも旧貴族という高貴な家柄を持つという点ではロコルと近しい。
だが、家出を機に口調や仕草における「庶民的な雰囲気」というものをあえて身に着けたロコルに対し、オウラは口調も仕草も殊更に貴族らしい、高貴な血筋であることをこれでもかとアピールするための振る舞いを身に着けている。近しくも遠い、ある意味では正反対の二人だと言えるが、けれどだからとて反目はしない。むしろ普通に仲がいい──同じ界隈の出身であればきっと親友にもなれていただろうと、互いにそう感じるくらいには波長が合っていた。
高貴なる者の義務。所謂ノブレス・オブリージュへの見解が一致しており、しかして下した結論が違うのだろうと。ロコルは自分とオウラの重なる部分と重ならない部分の差をそれが原因だと見做している──故に近しくもあり遠くもあり、けれどやはり近しい二人は、下手に言葉を尽くさずとも互いの言いたいことが察せられる場面がよくあった。それは今この場においても例外ではなく。
「ええそうよ。抽象的で感情的な、実にふわふわとした助言にもなっていないような助言を一方的に述べて満足していたあのお三方とは違って、わたくしは──ついでに彼女も。よりあなたのためになるであろうアドバイスを送りますわ」
「ついでってなんだよ、おい。ついでみたいに喧嘩売ってんじゃねえぞコラ」
と横からのメンチを華麗にスルーしてオウラは真っ直ぐにロコルだけを見つめている。ロコルの目には理解の色があった。こちらの思惑も充分に伝わっている、とオウラは瞬時にそれを悟った。その理解はやはり正しくて。
「ははあ、なるほどっす。つまりは精神論じゃなくプレイング方面のアドバイスってわけっすね。そりゃ確かにありがたいっす──ああいや、言うまでもなく玄野センパイたちのアドバイスもすごく参考にはなったっすけどね?」
「ははっ。別にそんな見え透いたお世辞なんか付け足さなくたっていいんだぜ、ロコル」
「そうですわ、ここにはわたくしたちしかいないんですもの……勿論、あなたの言っていることが単なるお世辞以上のものであるとも理解していますから、その点でも気にする必要はありませんわ」
はっきりと貶しはしたものの、そしてそれは嘘偽りなき本心からの批判ではあるものの、けれどオウラとて何も男子らのアドバイスや応援の言葉がまるっきり無駄であったとは考えていない。対アキラ戦に向けた気構えのレクチャーとしては及第点だったと評価している──とりわけドミネファイトとは技量と同等以上にメンタル面が大切だ。それは他の各種スポーツや競技であればなんだって同じだが、しかし精神的なパワーが結果を左右することが公に証明されてしまっているドミネイションズではなかんずく『心』が重要視される。
心が乱れていればオーラが乱れ、ドローひとつをとっても満足に行えない。逆に心が定まっていればオーラが己の上限を超え、時に望むべくもない奇跡を起こすこともある。オカルティックでありながら誰もが認識しているその現実を、ドミネイターは直視しなければならないのだ。そのための準備という意味では確かにクロノとミオの助言は有益だったし、なんならトーナメント開始前のアキラの言葉を伝えたチハルはもっと効果的だったろう──が。
三人もいながらただそれだけに終始してしまった彼らに対し「これだから男子という生き物は」と呆れを隠せないのがオウラであった。
「本気であなたに勝ってもらいたいと思うのであれば、ファイト前だけでなくファイト中に活かせる助言もするべきでしょう。あの三人にはそういった発想などほんの僅かにすらもなかったようですけれど」
「おいおい、あんましそう厳しく言ってやんなよ。チハルたちだってロコルの勝利を願ってるのは本当なんだし、そのための応援が精神論に集中しちまう気持ちだってわからなくもねえ……大体、それが予想できてたからこそこうしてアタシらがついてきたんじゃねえか」
「まあ、そうですわね。いない者への小言をいくら口にしたところで詮方なし、もう時間もあまりないことですから本題を済ませてしまいましょうか」
本題。つまりはファイトに臨む姿勢ではなく、ファイトの只中における戦い方の指南。いったいどんな言葉を貰えるのかと佇まいを正して拝聴せんとしたロコルは……すぐにその表情を固まらせた。
「ドミネイト召喚。隠さずに使うことをおすすめしますわ」
「────、」
「おー、鳩が豆鉄砲食らったような顔してらぁ。ロコルのこういう面が見られるのは珍しいな」
顔だけでなく全身が凍り付いたようにぴくりとも動かなくなったロコルに、コウヤが呆れ半分で笑いかける──つまりそれだけオウラの言葉が、その指摘が彼女にとって予想外のものだったということだろう。
「最近になって習得した。ということに、わたくしたちが気付かないとでも?」
「アキラに続いてクロノが、そんでもってお前が。三人目の身近な実例となりゃ黙っていられたってピンとくるものくらいあらぁな……だってアタシたちはドミネイターなんだからよ。九蓮華ほどじゃなくたってそういう『力の気配』には敏感にもなるぜ?」
「し、知られてたんすね……完璧に隠せてるつもり、だったんすけど。じゃあひょっとして泉センパイたちにも?」
「ミオにゃあ確実にバレてるだろうな。チハルは……どうだろうな、あいつぶっちゃけそういうドミネイターらしい勘がそんなねーし。クロノも自分のドミネユニットを使いこなすのに忙しそうだから多分わかってないぜ。それが落ち着けば間違いなく嗅ぎ付けるだろうけどな」
「はぁー、そうっすか……さすがはセンパイ方っすね」
クロノだけでなく実は自分もドミネユニットが呼び出せるようになった。その事実を上手く隠せていると思い込んでいたロコルなだけに、感嘆もひとしおだった。何せイオリにもバレていない秘密なのだ。もしも見抜かれるとしてもそれができるのはエミルくらいのものだろう──そして言及こそされていないが彼には既に知られている気がする──と想定していたのだが、そんな浅はかな想像をコウヤたちは軽々と超えてきた。彼女の自慢でもある演技をあっさりと見破った。
やはりドミネイションズ・アカデミアにおける一日の長ならぬ一年の長は大きいとロコルは痛感させられる。
「隠す理由は、概ね予想もつきますわ。宝妙マコトとの試合で初めて見せた本命デッキ。これまでのあなたとは一線を画すそのファイトスタイルを、今日という日まで友人はおろか双子である九蓮華イオリにすらも見せてこなかったのは──それを十全に使いこなせていると確信が持てるまで披露したくなかった。つまりはあなたのドミネイションズに向けた『誠実さ』の表れであると、わたくしには察しがついている」
だってそれはわたくしと同じ「在り方」だから。と続けるオウラの瞳は、穏やかな海のように優しかった。




