表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/510

313.解放と少女の決意

 あっけらかんと太鼓判を押したロコルは、けれどミオの内心をまるで汲み取っていないわけではなく。彼らが抱える不安の大きさを理解しながら、それでも努めて軽く、なんでもないことのように「心配はない」と断言したのだ。


「センパイと初めて出会った日。玄野センパイとのファイトを見て、その才能に中てられたっす。この人はどこまでも高く飛んでいく人だって、一戦だけでも充分に確信できた。だからその時点で決めてたんすよ。絶対にセンパイを一人にはしないって」


 このまま勝ち続けては。ライバルたちが誰もアキラに追いつけないままでは、かつてそういう立場にいたエミルのように。ドミネ界を力ひとつでひっくり返そうとしていた暴君だった頃のエミルみたいに、やがてアキラも変質してしまうのではないか。第二の暴君へと変貌するのではないか──という懸念はもっともなものだとロコルは思う。何故ならそれはアキラという輝きを一目見たその瞬間から彼女の心にも根差した不安。なんとしても「避けたい悲劇」のひとつだったからだ。


 エミルという実例を間近で見ていたからこその、アキラもそうなってしまうのではないかというリアリティを伴った恐怖。初対面のあの時点で抱くには些か誇大妄想のきらいもあったことだろうが、しかし妄想は現実になっている。アキラはエミルすらも倒し、同年代のライバルから「弱点なし」と。つまりは完璧パーフェクトに近しいドミネイターだと評価され、見上げられるくらいの高みにまで達している。


 ──エミルのそれほどではないが、やはり彼の妹だけあって自分の先見も捨てたものじゃない。ひょっとすると別段、なんの証拠も根拠もなくとも自分には予想できていたかもしれない。いずれアキラとエミルは。ロコルの目から見て正反対の、けれどよく似た二人の才者は、必ずぶつかり合って凌ぎ合って削り合って。新たな形となって共に解放・・されるのだと。


 エミルの解放は、概ね良化と言っていい。変わらない部分や、鳴りを潜めてもなおエゴイスティックな面が見え隠れしているものの、己が人生すら犠牲に日本ドミネ界を転覆させようと──果てには世界規模での支配を企んでいたとんでもなさからすれば、その野望から解き放たれた彼は比類なく自由である。ようやく才能からくる義務や妄執から抜け出し、自身の意思だけを優先して日々を過ごしている今のエミルは、以前よりもあくせくとしながらも楽しそうだ。


 対してアキラの解放とは、枷から解き放たれたのと同義である。数々の負けられない戦いを通して刻一刻と己が内に眠る力を呼び覚ましていったアキラは、エミルという史上最大の敵との激闘を経てついに開花した。そしてムラっ気という不安定さをなくしたのも開花のひとつに他ならず、しかし彼は未だ満開ではない。真に若葉アキラというドミネイターが完成の域に至るのはこれからであり、そこで何を経験するかによってこの解放が悪化となる可能性は大いにあり得るだろう。


 だから一人にはさせない、させてたまるかとロコルは決意する。


 エミルという実例があるからこそ不安になり、けれど、エミルという実例があるからこそ対処もできる。彼が暴君となってしまったのは一人だったから。独りであったからなのだ。そうさせてしまったのは彼に寄り添えなかった家族のせいであり、それはロコルにも責任の一端があることを示す。如何に九蓮華という特殊な家庭にあっても、特殊の中から生まれた特異がエミルであったとしても、彼を「諦める」べきではなかったのだ。


 エミルこそが次期当主と喜ぶことしかしなかった父も母も。

 完膚なきまでに敗北し、エミルに逆らわないどころか干渉すらしなくなった四人の兄と姉も。

 エミルがこの世の絶対であると信奉し、その手足になることを望んだイオリも。

 そして彼の望みが世界を創ることである前に何より壊すことにあると見抜いてしまった自分も。


 そんな何もかもが嫌で逃げ出してしまったという、どうしようもない罪を。清算することこそできなくとも、しかしそこにあったはずの責任をもう一度背負い直すことくらいはしなくてはならない。


 エミル本人がそうしているように。傷付けた人々に頭を下げて言葉を尽くし、学園に償いを続けている彼のように、彼を凶行に走らせた最もの理由である自分たちもそれを見て見ぬふりはできない──してはいけない。そう知れたからこそ今の九蓮華はほんの少しずつ、実に遅々としているものの、けれど確実に変わり始めている。互いに歩み寄り始めている。これもまた良化と言っていい、これまで妄信的に守られてきた家訓や家格からの解放であった。


「同じ轍は二度と踏まないっす。エミルをああしてしまった上に、その尻をセンパイに拭いてもらったのが自分っす。なのにセンパイまでエミルみたいな孤独に閉じ込めちゃアホの極みっすから……そんなロコルに生きる価値なんてないっす」


「……!」


 あまりに平坦に吐かれた、だからこその真剣味を感じさせるロコルの言葉に、ミオだけでなくその場の全員が息を呑んだ。本気だ。本気でロコルは、アキラを第二のエミルにしてしまうような自分なら死んだ方がいいと。それを防げない自分に一切の価値はないと、そう見做している。それは要するに、何がなんでもアキラを独りにはさせないという不退転の覚悟であり、それに殉じる決意でもあった。


「──ま、もちろん。勝負には勝つつもりっすよ。センパイを孤独にさせない一番冴えたやり方はやっぱり勝利することっすからね。皆さんの仇を討つつもりで頑張らせてもらうっす!」


 重みを増した場の雰囲気を取っ払うように、底抜けに明るい調子でロコルはそう言った。そう、なんのかんのと言っても結局はそれがいい。未だライバルは強いのだと。世代で頭ひとつ飛び抜けてはいても、まだまだ他を突き放せてはいないのだと──遥か先の道を独りきりで走っているのではないと。そう示してやればいい。アキラがエミルに対してそうしたように、ドミネファイトで勝ってそれを証明することが、最大にして最良の手段であることは間違いないのだ。


 故にロコルの「アキラに勝つ」という決意もまた紛れもない本物で。おちゃらけたように告げられてなお、そのことは彼女を励ましにきた五人に等しく伝わった。


「……なら、いい。俺様から言うことはもう何もねえ」


 と、背を向けるクロノ。返事も待たずに去っていく彼の背中へロコルは声をかけた。


「ありがとうっず、玄野センパイ! アドバイス、とっても参考になったっす!」


「けっ、そうかよ」


 後輩からの礼の言葉に、吐き捨てるような言葉ひとつを返した彼は足を止めることもなく通路の先へと消えていった。クロノの「今のアキラは別人だ」という端的に過ぎる助言は、しかし本当にロコルにとっては大いに参考となるものだった。アキラのファイトを目にしても「今日のセンパイはめちゃ調子良さそうっすねー」くらいにしか思っていなかった彼女なので、直に相対し、そして敗北してしまった彼らから伝えられるアキラの様相というものはこれから戦うにあたって何よりの資料となった──と、その前に。


「あのぉ、一応自分、これから準々決勝と準決勝の二連戦なんすけど。まずそこで勝たないことにはセンパイと戦えないってのは、ご存知っすよね?」


 つまり自分はまだアキラとファイトできると確定したわけではなく、その資格を得るために今から戦うところなのだが。それをわかっているのかと訊ねたロコルに「何を今更」とミオはころころと笑って。


「クロノも言ってたでしょ? アキラ戦以外のアドバイスなんかいらないって。要するにボクらは、君が決勝に進出できない可能性なんて微塵も考慮してないってことだよ──」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ