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312.だいじょーぶ

 玄野クロノセンイチ。仲間内からはもっぱら下の名前ではなく苗字で「クロノ」と呼ばれている、二年生におけるトップクラスのドミネイターの一人だ。二年生までは成績表示が張り出されないためにハッキリと席次が出るわけではないのだが、それでも実技の授業や度々行われる学内イベント──この一・二年生合同トーナメントもそのひとつだ──によって先頭集団・・・・というのは自ずと明らかになる。二年生は教師からも粒揃いと評価されている学年であり、その中でも黒陣営を扱わせれば右に出るものなしと謳われているのがこのクロノである。


 アカデミアに入学する以前からの知り合いということもあって、その実力はロコルもよく知るところだった。


 そんな彼からの、アドバイス。


「それは自分が決勝で戦う相手の──つまりは対若葉・・戦に向けてのもの。っすよね? 玄野センパイ」


「当たり前だ。それ以外に何がある?」


 そう不遜な口調で、しかし苦々しい表情で肯定するクロノは実は、その実力の高さに反して今日のトーナメントを一回戦で敗退してしまっている。それは先ほどまでトピックに上がっていた観世マコトの戦績と同じだが、けれど試合にまるで全力を出していなかった──そもそもの戦る気がなかった彼女とは違い、クロノは全力で死闘を演じ、推しむらくも一歩及ばずに屈辱の成績を残すこととなってしまった。そうさせたのは無論、件の若葉アキラである。


「今の奴を『てめえの知っている若葉アキラ』と思うな」


「…………えっ? アドバイスってそれだけっすか?」


「あはは。こんな言い方じゃそりゃ混乱しちゃうよね」


 と、一文だけで言いたいことは言い終えたとばかりに口を閉ざしたクロノに困惑を隠せないロコルへ助け船を出してくれたのは、彼の横にいるミオだった。明るく笑いながらクロノの口下手に肩をすくめてみせた彼はしかし、「でもぶっちゃけそうなんだよ」と続けてこう言った。


「揃ってAブロックでアキラに負けたボクたち全員の、総意のアドバイス。これからアキラと戦う君は、彼のことを自分の知っている相手だと思わない方がいい……久しぶりに大きな舞台だからか知らないけど、ボクから見てもえげつないくらいの完成度になっちゃってるからね、今日のアキラ」


 子ども部門限定とはいえ学外の大会での優勝経験が最も多いミオは、故にこういった大舞台での戦い方というものにも下級生の中では最も精通しているつもりでいる。その自信に違わず、実際に去年の合同トーナメントでは当時の二年生を抑えて準優勝の栄誉を手にしている……が、そんな彼でさえも。二回戦でアキラと当たり、前年の雪辱を晴らすべく張り切ってファイトへ臨んだが、クロノほどアキラを追い詰めることすら叶わずに負けてしまった。


 その調子で三回戦、四回戦、そして午後の部の一回戦と、順繰りにアキラと試合をして敗退したのがここにいる五人だった。


「考えてみたらえげつないっすよね、これだけの面子が揃ってAブロックだなんて。すごい奇運っす」


「いやぁ、奇運というかこれは普通にでしょ。いくらなんでも偏り過ぎだし、勝ち上がると全員がアキラと当たるようになってるなんて出来すぎだ。番号の割り振りはランダムだなんて言っておきながら完全に意図的だよ……ま、そんなことをする運営の意図まではちょっとよくわかんないけどね」


「けっ、んなことはどうでもいいんだよ。偶然だろうが意図的だろうが俺様は一回戦で奴と戦れる幸運を心底喜んだもんだぜ──結果はこのザマだがな」


 本当にあと一歩のところまではいったのだ。もう少しで勝利を掴むことができた──何を隠そうクロノはドミネユニットを手に入れている。この中で唯一その境地に達している彼は、今日というそれを初披露するに絶好の機会までこの事実を隠し通してきた。一回戦という早い段階で本命とぶつかれたクロノはそこで遠慮なくドミネユニットをお披露目し、その勢いのままにアキラのライフコアを残り一個にまで削り……しかし最後の一個がどうしても削り切れず、逆転されてしまった。


 ミオに限らず、チハルもコウヤもオウラも。クロノ以上にアキラを追い詰めたかと聞かれて頷くことはできない。一回戦のアキラは薄氷の勝利を掴んだが、それ以降の勝利はもっと盤石な勝ち方をしていたからだ。それはそのままドミネユニットの有無の差とも言えるし、初戦からの激闘があったが故にアキラのエンジンが掛かってしまった影響とも言える。クロノの奮闘がアキラを焚き付けた。そう見做す者がほとんどであろうアキラの破竹の勝ち進みに、だがクロノ本人はそれを否定する。


「俺様にも思い上がりがあったってことだ。ドミネユニットっつー最強の武器を手にしたからには同じ土俵に立ったんだと自惚れた……だがそうじゃなかった。ドミネイト召喚を習得した俺様以上に奴は成長していやがった」


「だね。半年前までにはまだまだあったムラっ気。ファイト毎に強さが上下する不安定さが、今のアキラにはもうほぼない。クロノとの一回戦から既に彼のエンジンは全開だった──本当に別人だよ、以前とは。実際に戦うまでそれに気付けていなかった時点でボクらは周回遅れ。勝てなくて当然だ」


「ムラっ気が、なくなった……」


 ロコルは知っている。それはアキラにあった課題。爆発力こそ凄まじいものの、爆発できなければまさしく湿気った火薬の如くに不完全燃焼の、パッとしないファイトしかできない。それではエミルに挑む資格がないと改善のため修行に明け暮れたのが去年の夏休みで、一応の及第点以上の結果を出したことで彼は休み明けに決戦に挑んだわけだが。そして見事に勝利を収めてみせたわけだが、だからといってそれを機に綺麗さっぱり弱点が克服されたのかというそうでもなく、ムラっ気を完全に消し去るために以降も随分と苦労していた様子なのをロコルは覚えている──だが、そうか。とうとう成ったのか。


 入学後は色々と忙しくてあまり会えていなかったが、その間にも彼は成長し、ついに不安定さから解放されたようだ。それはつまり。


「弱点らしい弱点なし。オーラ操作の技術も着実に進歩しているセンパイは、近づいていってるってことっすよね。あの人が目指す『理想のドミネイター』ってやつに」


「……そういうことになるね」


 まるで自分のことのように嬉しそうにしているロコルへ、ミオは「わかってるとは思うけど」と念押しとして言った。


「そんな相手と、君は戦うんだ。そしてボクたちは君に勝ってほしいと思っている。アキラではなく君に優勝してほしいとね。だってそうでしょ? 半年前のあのファイト以来、公式戦じゃ負けなしのアキラにもそろそろ土が付いたっていい頃だと思うから」


 茶化すような調子のミオであったが、その口調とは裏腹にこれは割と深刻な事態だった──勝ち続きの、負けなし。以前の九蓮華エミルと同じ無敗の連続……今なお急激な成長を遂げ続けている彼がこのまま誰を相手にも負けず、誰を相手にも勝てる存在になってしまったら。一敗だけではまだ動いていない『学園最強』の冠を頂くようになってしまったら──アキラがアキラでなくなるのではないか。真の意味での別人になってしまわないか、それが気掛かりなのだ。


 単なる杞憂かもしれない。どれだけ強くなろうと、他を突き離そうと、変わることはあっても変わり果てることなどないかもしれない。アキラはアキラのままでいられるかもしれない。そういう思いもありつつも、しかし一度胸に巣食った不安は消えやしない。そしてこの不安は、ミオだけでなくこの場の全員に共有された懸念でもあって──。


「だいじょーぶっす」


「!」


「センパイに限って『そんなこと』はあり得ないっす。なんと言ってもあの人には、このロコルがついてるんすから」



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