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311.やってきた五人組

 ぴろりん、とどこかチープな電子音がイオリの手元から発せられる。その手に握られた九蓮華専用の携帯端末にちらりと目をやった彼は、「やっぱりこっちに来るみたい」とため息混じりに呟いてそれをポケットにしまった。


 どうやら、通路に人がやってくるならそれを知らせろとお付きの執事に見張りを命じていたらしい。ただでさえ人の来ない場所を選んでおきながらそこまでするあたり実にそういった方面に強いイオリらしい用心深さであった。しかしロコルが真に感心したのはそこではない。


 今、彼は端末が鳴る前から来訪者の気配を察知していた。この段階ではロコルも、明らかにここを目指し近づいてくる数人・・の存在をまだその姿が見える前から受信キャッチできているものの……それは「誰かが来るらしい」という情報を得た上での探知だ。イオリは実際に目視確認をしている見張りよりも早く、なんの予兆もない内から敏感に人の接近に勘付いてみせた。それは九蓮華の人間だからこそ可能となるオーラ察知を応用した鋭敏さ。生来に双子の片割れであるロコルよりもずっと慎重な──それは臆病さと同義だとも言えるが──イオリは特に受信の分野で伸びを見せており、その探知能力はもはやそういった生物のレーダー機能もかくやといった具合である。


 ファイトにおけるオーラ操作でイオリに後れを取っているとは微塵も思わないロコルであったが、けれどファイトに備えているわけでもない平時においてここまで鋭い探知を行なえるイオリの才能に関しては、素直に凄いと賞賛する。たとえ臆病という弱さから発展した特技であろうと、しっかりと物にして役立てられている時点でそれはもう立派な強さであり、九蓮華の次期当主となる者が当然に持っているべき技量だと思うから。


に引っ掛かるってことは、向かってきているのはドミネイターだよね」


「そりゃね。イオリたちが感じているのはオーラであり、ファイト外であってもどうしても纏ってしまうドミネイター特有の殺気でもある。ドミネイターじゃなきゃそもそも何も感じやしないんだから……ああ、匂いだけじゃなくハッキリと味までしてきたね。五人のドミネイター、それも全員かなり濃厚・・だ」


 多少バラつきはあるけどね、とぺろりと本当に何かを味わうかのように舌先で唇を舐めながらイオリは目を細める。その精度にロコルはますます舌を巻く──細かく人数やその質までを判別するのが、早すぎる。探知網にかかった五人組を目視できるのはもうしばらく先。あの曲がり角を曲がってきてからであり、そしてまだ足音や話し声すら聞こえてこない現状からすると彼我の「物理的な」距離にはかなりの開きがある。だというのにイオリは、あたかも当然のように接近者のスペックまでも明らかとしている。ロコルは今ようやく人数の当たりがついた程度なのに、だ。


「ま、潮時かな。想定以上に話し込んじゃっていい加減に時間も押しているし……誰か来なくたってどっちみち執事から催促の連絡があっただろうね」


 トーナメントを勝ち進めているロコルには次の試合という予定があり、午前の部で敗退しているイオリとて敬愛する兄エミルのお手伝いという崇高な仕事が待っている。すっかり長話になってしまったが本当ならこんなことをしている場合ではないのだ。とはいえ、僅かな時間を割いてでも今の内に話し合っておくべきことだと思ったからこそイオリはロコルを呼び出したのだし、その判断についてはロコルも正しいものだったと認めている──この十分ばかしの会話は大変に意義のあるものだった。今ここで情報共有と認識の擦り合わせを済ませておいていなければ、それを先延ばしにしてしまっていたなら今後に何があったかわかったものではない。


 何も起こらなかった可能性だって充分にあるが、他家の付け入る隙を放置しておく行為がまず論外。ロコルもイオリもそんな慢心が許される立場にはないのだから、イオリはまだ不完全なミライとマコトのパーソナリティ分析を聞き入れてくれたロコルの聡明さに感謝し、ロコルはそれをしっかりと調べて伝えてくれたイオリの賢明さに感謝する。自らに足りないものを自覚している二人だから──それを補える相手だと互いのことを認識できている二人だから、この双子の人間的な相性は実のところすこぶる良かったりするのだが。


 しかし、兄であるエミルがとうに気付いているそれに当人たちはまったく意識が及んでいなかった。


「じゃ、イオリはお先に。あの面子からして用があるのはロコルに対してだろうし」


 今し方まで醸し出していた真剣な雰囲気もどこへやら、いつも通りの調子でさらりと別れの言葉を口にしたイオリは言い終わる前から既に足を動かして通路の先へ──こちらへ向かう五人が来るのとは反対の、二階へと通じている方へと消えていった。彼の目的はエミルの手伝い、即ちトーナメント運営の手伝いにあるからして向かうべきは客席ではなく舞台の側であるはずだが、おそらく鉢合わせるのが嫌なのだろう。普段のイオリを知っていればその行動には納得がいった。ロコルが仲良くしている分、彼は明らかにを避けている。というより、近づき過ぎないようにしている印象だった。


 だとしてもすれ違い様に挨拶を躱す程度のことすらやりたがらないのは些か度が過ぎているようにも思えるが……。


「あ、本当にいたよ」


「ちっ、なんだってこんな場所に。無駄に時間を使わせやがって」


 イオリを見送る内に、件の人物たちがすぐ傍までやってきていたらしい。聞き覚えのある声にロコルが振り向けば、そこにはやはりオーラの気配から想像した通りの面子が立ち並んでいた。


 ロコルを見つけて声を発したのが泉ミオ。それに舌打ちと共に応じたのが玄野センイチ。そのリアクションに苦笑いしているのが新山チハルで、そんな男子三人の後ろにいるのが紅上アキラと舞城オウラ。いずれもが二年生の、いずれもが優れたドミネイターである。


 今回のトーナメントでは残念ながら全員が敗退してしまっているが、だからといってその事実は勝ち残っているロコルが「彼らに勝っている」こととイコールにはならない。大会の戦績が示すのはあくまで大会での上下だけ。特にこの五人が揃って戦っているある人物の存在を思えば余計に、ロコルは勝ち誇ろうなどという気にはなれなかった。


「あれれ、皆さんお揃いでどうしたっすか!」


 イオリにだけはしない平時の口調に戻して、元気いっぱいの後輩を演技しながらロコルは話しかける──こうして誰と話すにも大なり小なり自分を偽ることを彼女は半ば癖としており、口調こそ砕けるがイオリ相手にもそれは変わらない。つまるところとっくに『本当の自分』なんてものを見失っているのがロコルであり、それを踏まえてエミルはかつて彼女のことを自らにも劣らぬ九蓮華の異端であると評した。


 ただし、他者に対して破壊的であったエミルの自己構築の人格に対してロコルのそれは、自身を偽ると共に相手とのコミュニケーションを円滑に進めるための手段でしかない。


 四年間もの家出生活を成り立たせた主柱が間違いなくこの演技力にあること。そして現在築いている人間関係からして、ロコルはこの癖を矯正したいなどとは露とも思っていなかった。


「どうしたもこうしたもねえ。てめえがどこにもいやがらねえからわざわざこうして探してやったんだろうが。──よく聞きやがれ、俺様からのありがたいアドバイスを」


 とまあ、このようにクロノが乱暴なセリフながらに助言を送ろうとしてくれるのも、偏にこのコミュニケーション能力のおかげであるはずだから。と、ロコルは若干苦笑しつつもそう内心で独り言ちた。



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