307.イオリ語る他家のこと
「宝妙ミライのそれは、きっと本音で言っていると思うよ。ファイトを通してロコルに感化されたとか、興奮からの気紛れだとか。そういうのもあるかもしれないけど、でもあいつは典型的な激情家でありながらもしっかりと物を考えるタイプでもある。それはロコルから見てもそうでしょ?」
頷いて同意を示す彼女を確認し、イオリは続けた。
「だから感化にせよ気紛れにせよ、そしてそれがファイト後の一時的なものだったとしても、吐いた言葉には責任を持つだろう。ロコルの考えに賛同したのは本心からだとも思うしね──宝妙家は跡目争いに関して、この数年ばかし相当にどろっどろだったみたいだからさ。その争いを勝ち残ったあいつだけど、何かしら尾を引いている感じはするんだよね」
争うまでもなく元からマコトしか候補者がいない観世家や、圧倒的な才覚によってエミルがそれと同じ立場になっていた九蓮華家が御三家の歴史から見ても非常に穏やかな時間を過ごしていた裏で、宝妙家だけは過去の跡目争いにも負けないだけの内紛が起こっていたらしい。それが終結した現在はミライ一強ということで落ち着いているようだが、だとしても争いっていた事実は、記憶は消えない。血縁同士がいがみ合い追い落とし合うなど端的に言って地獄そのものである。そんな経験をしたミライに、ドミネ高家に関し思うところがあるというのは何もおかしなことではない。
「まあ、そんな経験を経ての今なわけだから。ヒエラルキーってもの自体にうんざりとしていたとしても、自分の味方になってくれて守ってくれた大人たちのためにも一旦は。歴史上に一度は宝妙を御三家の頂点にしておきたいって気持ちも理解できるよ。ロコルには理解できないかもだけど、イオリには理解できる」
ミライの後援者が揃いも揃ってミライを想ってそうしたかはわからない。普通に考えるならばほとんどが「甘い汁」狙いの打算ありきでの行動なのだろうが、それでもミライの力になった事実に変わりなく、中には本当にミライ自身のためにそうした者だって少なくとも存在していることだろう──そうでなければミライの態度に説明がつかない。と、イオリは言う。
いったいなんの説明か、と首を傾げるロコルにイオリは答える。
「明らかに『自分のため』じゃないだろ、ミライが当主になろうとしているのも宝妙を引き上げようとしているのも。原動力は強烈な義務感だ。本気で戦ったんだからロコルもそれは感じただろ? じゃあなんで義務感を抱いているのかって話だ。それはつまり決着をつけるためだよ。自分の生まれと、立場。そこに期待を寄せる人たち。彼女は自分に全てを賭けてくれた全員に、勝ち馬として見合ったご褒美を与えるために頑張っているのさ。必ず果たすべき使命としてそれを自身に課しているんだ」
そう聞いてなるほどとロコルは納得する。イオリの推察はかなり的を射ているように思える──ミライが口にした、子や孫の代でこそ改革は成るだろうという言葉。どんなに早くとも御三家のシステムを崩せるのはそれくらいだという目途に関してはロコルも同意見であるし、ミライに果たして元からそのつもりがあったかは不明だが。しかし確実に影響はしていただろう。つまりは今の大人たち、ミライの後援者となってくれた者たちに甘い蜜を送り、このシステムの『最後の享受者』にさせる。せめて彼ら彼女らだけは古い誇りを胸に抱いたままドミネ貴族としての生を全うさせてあげたいという、恩返しの気持ちがあったからこその言葉に違いないとイオリは言う。
「あくまで推測は推測だけどね。でもロコルの夢に賛同しながらも頂点には立ちたいっていう言い分を勘案するに、こういう心情が一番自然だと思うよ。ロコルと違って人にも自分にも嘘はつけないだろうしね、彼女。本当なら今日このイベントで勝ちたかったところだろうけど……でもまあ本人が言っていたようにここの一勝だけでどうにかなるものでもないしさ、御三家の家格ってものは。それをひっくり返すための足掛かりに失敗したところで次の機会を待てばいいってのは、そりゃそうだよ。だってイオリたちは六年間もドミネイションズ・アカデミアという蠱毒の壺で競い合うんだからね──」
それこそ真の意味での格付けを行なう機会として最も相応しいのは、六年生という卒業直前の学年になって開催されるサバイバルマッチ。年間を通しての最後にして最大にして最過酷なその蹴落とし合いに生き残り、最優秀生となり、席次一位として卒業すること。そこでの成績は学園の内外を問わず公表され──ドミネイターとして生きる以上は──常々に参照されるものとなる。ある種の烙印とも言えるその順位付けにおいて九蓮華の上に立てたならば、こうも明確な下剋上はない。
「理想としてはサバイバルマッチの前にロコルに、そしてイオリにも公然と勝っておきたかっただろうし、そしてそれを諦めてはいないだろうけど。でも宝妙ミライが最終成績こそを重要視しているのは間違いない。そしてそこがラストチャンスでもある……言ってしまえば最後の最後に勝ちさえすればそれまでの経過なんてどんな内容でも同じようなものなんだから」
とは、さすがに暴論であるとイオリ自身も思っているが。けれど有終の美という言葉が示す通り、『終わりよければ全てよし』というのは何事にも共通しているもので。人はどうしても結果にこそ着目してしまう生き物なのだ。
それまで負け通しだったとして、それが蒸し返されることがあったとして、それでも最終成績において上回っているならミライは双子よりも上であると。宝妙は九蓮華を越えたのだと明にも暗にも見做されることだろう。つまりサバイバルマッチこそが最終ラインにして最高の舞台。そこに至るまでの五年間を丸々牙を研ぐための準備期間にしてしまっても宝妙にとってはちっとも構わないのだ。
とはいえ、宝妙が家の方針としてじっくり腰を据えていたとしてもミライ個人は隙あらば殺ろうとしてくるだろうけど、とイオリは付け足して。そこでロコルの表情に気が付いた。
「ああ、観世マコトのことだろ? なんで彼女の方は協力してくれないとイオリが予想するのか、その訳が聞きたいんだろ──わかってる、ここまではそれを話すための前振りだったんだよ。うん、必要があったんだ。だってマコトについて話すにはミライの存在が切っても切れないんだからね」
ミライとマコトの仲がいいことは、ロコルとて知っている。知っているだけだが。物心つくかつかないかくらいの頃に高家の社交界の場で初めて出会い、そのときから二人はくっついていた印象がある。どうやら社交界デビューする前から付き合いがあったらしい……貴重な同い年の女児三名ということもあってそこにロコルも混ざって仲良し三人組になっていた可能性もあるが、彼女はすぐに当主にもエミルにも反抗心を抱くようになり九蓮華の一員として扱われることを半ば拒否。果てには家出まで敢行してしまった(そしてなんと当主の捜索を四年も躱し続けた)ということもあってミライたちとの交流は親しくなる前に断絶。DAに入学して再会を果たすまで一切の接触はなかった。
だからわかってなくても無理はないけど、と前置きをしてからイオリは。
「イオリは物心ついた頃から当主になるつもりでいたし、兄さまの後援に舵を切ってからも少しでも役に立とうと情報収集はずっと欠かしてこなかった。そうだよ、宝妙の内部事情を掴んでいるのもそのおかげってわけ。大兄様からの受け売りの部分も多いけどね。ともかく同じように観世の内部事情についても調べてある。いや、観世家という括りじゃなくてほぼほぼ観世マコト個人について、と言った方がいいかな。うん、その表現が正しい。だって観世を動かしているのは──既に現当主ではなくて、あの子なんだもの」
目を見開くロコルに、しかつめらしくイオリは頷きを返した。




