表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
303/510

303.貴様なら

 ファイトの終了に伴い粛々とカードを片付けたミライ。同時に試合が行われているもう一方の舞台でもほぼ同じタイミングで勝敗が決したようで、ふたつの激闘の決着に講堂内は盛り上がりを見せていた。健闘を称える二階席の観戦者たちの様子を眺めるともなく見ていると、いつの間にかミライのすぐ目の前までロコルが来ていた。勝者らしくニコニコとした笑顔を見せてくる彼女だったが……そこにあるのが単に勝ち誇るだけのそれではないように思えて、ミライは訝しんだ。


「なんだ? 言いたいことがあるなら好きに言ってみろ。何も言い返さずに大人しく聞いてやる」


「お、やたら殊勝な言葉っすね。ミライちゃんらしくないっす」


「敗者だからな。勝者に対して噛み付きはしない──そんなみっともない真似は我のプライドが許さん」


 ファイトで無様を晒した上にそれを認めない言動を取ったとあらば、もはや無様どころではない。そのような輩はドミネイターに相応しい矜持など一片も持たない単なるゴミも同然だとミライは考える。敗者には敗者の流儀がある。それと同時に、勝者にもまた求められる品格というものがある……果たしてロコルが何を言うのかミライが口を閉ざして待てば、「んー」とちょっとだけ悩む素振りを見せてから彼女は。


「勝った側としてはちょっと訊きづらいんすけど、確かめておきたいんすよね。ミライちゃん的には今回の敗北はどういったものっすか?」


「どういったもの──? ……ふん、貴様の予言通りに一歩目から盛大に躓いてしまったわけだからな。公の場で九蓮華に土を付けるどころか付け返されてしまった」


 今頃は講堂内のどこかに控えているはずの従者が、ミライのトーナメント敗退を。それも九蓮華ロコルに負かされたという報告を本家へ行っているだろう。御三家以外の者に負けてしまわなかっただけマシとも言えるが、しかしやはり宝妙にとってかの家の者との直接対決に敗れたという事実は悪い意味で大きい。現当主ちちはともかく当主補佐ははなどは貧血を起こしているかもしれない、とミライは自分と違って生来から体の弱い実母に対し申し訳なさを抱きつつ、それを表には出さずに続けた。


「貴様に勝てなかったことも、この合同トーナメントで優勝の錦を得られなかったことも。非常に手痛いことだ。『忸怩たる失敗』。今回の敗北を一言で表すならばそれが適切だろう」


 ドミネイションズ・アカデミアへの入学後初の学内イベントである『一・二年生合同トーナメント』。そこで優勝することの意義は名を売る、武勲を示すという意味においてとても大きい。とりわけエミルという怪物が跡目争いから去ったのを機としてどうしても九蓮華よりも明確に上に立ちたい宝妙にとっては、渡りに船とばかりの絶好のチャンスでもあった──それを自身の至らなさから水泡に帰させてしまったミライは当然に重々の責任というものを感じている。それに対し、ロコルはため息をひとつ。


「やっぱそういう感じなんすか。自分としては今のドミネファイトの勝敗をそこまで重く見てほしくはないんすけどね……というか、それを言ったら午前の部の時点で敗退していたマコトちゃんはどうなっちゃうんすか? イオリに負けたわけでもないっすし、思いっきり御三家以外の人に土を付けられてるっすけど」


「知らんよ。言っただろう、観世家は独特だしマコトはもっと独特だ。祖母が個人の縁を頼りにあちらのご隠居様をなんとか口説き落として結んだ同盟だが、それも果たして観世の連中はどこまで真剣に捉えているものか……我ら宝妙にもわからん」


「そんな相手と組んじゃって大丈夫なんすか?」


「他に選択肢がないのだから致し方あるまい。御三家にもっとがあれば他の家と組んだとも。少なくとも二正面作戦の相方に観世を選んだりはしなかったろう」


 もっともな言葉だとロコルは頷く。何せ御三家・・・なのだ、九蓮華と敵対するのであれば宝妙は観世と組む以外にない。前述したように他の高家は高家でこそあっても御三家より格も力も大きく劣る傘下の如き存在でしかないのだから多少の不満には目を瞑ってでも相方とするには観世しか択がなかった──という致し方ない事情によって彼女らの同盟は成り立っている。元より同格同士ということもあって九蓮華との繋がりよりもずっとパイプの太かった両家なので、交渉の場を設けること自体はすんなりといっただろうが……しかしミライの口振りからすると同盟を結ぶことにはそれなり以上の苦労もあったようだ。そして今も、観世の持つ打倒九蓮華の熱量がどれほどかよくわかっていない。となると。


(同盟案にもすぐに乗り気にはならず、宝妙が九蓮華と戦うための後押しも然程していない……こりゃ『漁夫の利作戦』を疑ったのは穿ち過ぎだったっすかね?)


 ミライもまるで勘ぐっている様子がないように、本当にただ観世家もマコトもマイペースが過ぎるだけなのかもしれない。それは普段からの付き合いがあるミライだからわからことであるし、そもそも観世にそんな企みがあるのであれば宝妙の大人たちが気付かないはずもない……そこを上手く観世が騙しているのではないかと見ていたロコルだが、今の話を聞く限りではそうでもなさそうだと印象が覆った。まあ、結局のところ観世に手を焼かされているのは別の意味で正しいようだが。


「観世はともかく、宝妙からすれば痛恨の極みだ。重く見ないことなどできるはずもない──貴様にとっては降りかかる火の粉を払った程度の認識なのだろうが、我らからすれば神風の特攻にも等しい。それだけの覚悟と意気込みを以て貴様に挑んだつもりだった……結果は見ての通りだがな。なんとも情けない」


「情けないことはないんじゃないっすか。自分だってヒヤッとさせられたわけで……特にオーラの操作。あの怒涛の勢いには危うく飲まれかけたっすよ。あれは九蓮華の自分にもできそうにないっす」


「ふん、見え透いたおためごかしを。あれができないのは貴様が九蓮華だからこそだろうが」


 ロコルが言っているのは思考派と感覚派の違い……得意とする分野が異なっているという話であって、それは個人の優劣に置き換えられるものではない。ミライにだってロコルのような計算高いオーラ運用は願うべくもないのだから、そこだけを持ち出されて持て囃されたところで褒められた気分にはならないし、なれない。なのですげなく返したのだが、それに対してロコルはまるでミライの返答がわかっていたとばかりにすぐこう言った。


「そう、だからこそっすよミライちゃん。九蓮華だからできないこと、宝妙だからできることがあるっす。その逆もまた然りっすけど、つまりはお互い様ってことじゃないっすか? 。今でこそ貢献度がどうだ資産がどうだで御三家内にもヒエラルキーができちゃってるっすけど、言うほど差なんてないと思うっす。九蓮華も宝妙も観世も、どっちもどっち。って自分は思うっすけどね」


「どっちもどっち……」


 その言い方はあたかも、御三家に等しく価値があるというよりも。等しく価値がないとでも言いたげに聞こえた……そして実際にロコルはそのつもりで口にしているのだろう。この励ましとも突き放しとも取れる言葉の真意とは、つまり。


「それに自分は九蓮華がそのまんま自分だとも、宝妙がそのまんまミライちゃんだとも思っていないっす。ミライちゃんにもできればそこにあんまり縛られてほしくないっすね──せっかくの同世代なんすから、家柄を越えた有意義な関係を築きたいっすよ」


「──は。そうだろうな、貴様なら」


 思わず敗北の苦渋もそっちのけに、ミライはくすりと笑ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ