301.あんたはもう詰んでいる
ライフコアを【守護】持ちのユニットで守ること。それがドミネファイトの基本であるように、では守りきれなかった時。ブレイクされた際に訪れるクイックチェックでのドローもまた、ドミネファイトというカードゲームにおける基本の要素である。
そこでクイックカードを引ければブレイクの痛手を補って盤面を優位に持っていくことも可能で、また仮に、引いたそれがお目当てのクイックカードでなくとも手札は増える。ライフアウトにさえならなければその増えた手札で次のターンの立て直しや反撃が行いやすくなる。何はともあれプレイヤーの一助となってくれるのがクイックチェックというシステムだ──それはドミネファイトがドミネファイトである限り揺るがぬ根幹。
であるはずが。
しかし広いドミネイションズのカードプールの中には、ごく稀にそんな揺るがないはずの根幹を揺らしてしまうカードがある。基本を無視してしまう常識外れなユニットがいる。『クイックチェック封じ』。数ある種類の効果の中でもとりわけ極悪なものだとドミネイターならば口を揃えて言うであろうその能力は、それだけ疑いの余地もなく強力。必ず掴めるはずの反撃の可能性が、掴めない。そのためのドローを許さずにただライフコアだけを奪っていく。コアが散り際に残す力すらも消し去ってしまう悪魔の如き所業……やられる側からすれば堪ったものではない、全ドミネイターが忌避する悪夢である。
そしてもちろん、だからこそやる側からすればこれほど頼りになる能力も他にはなく。
「ライフコアをダブルブレイクっす! ただしミライちゃん、あんたに二枚のドローは許可しないっすよ。ムーンライトで斬られたコアは完全に沈黙し、プレイヤーに何も残さずただ砕け散るのみっすから」
「クッ……!」
ロコルの言葉通り、いつもなら光となって己に宿るはずのライフコアの中身が今ばかりは無為に霧散していく。キラキラと儚く消えていく──光景としては非常に美しくもあるが、それは本来ミライが手に入れるはずだったもの。ブレイクの代償に手にするはずだった可能性そのものなのだ。しかも一個ではなく二個分のライフコアなのだから尚のこと無意味に散っていいわけがない。……だがミライにできることは何もなかった。クイックチェック封じの能力を得たユニットにブレイクされてしまったからには、プレイヤーには何ひとつの行動も許されない。
(デッキに触れさせもしないとはなんともふざけている──あまりにも馬鹿げている! 《月光剣ムーンライト》。その性能を見誤ったと言えばそれだけだが……我の見識不足と断じればそれまでだが。しかし予想できるわけがない、突如としてこんな身も蓋もない力で攻めてくるなどと!)
一口にクイックチェック封じと言っても、その封じ方には種類がある。例えばドローカードを墓地へ落としたり、コストコアへと変換させたり、珍しいものだとゲームから取り除いたり。といった風に「普通は」引いたカードを何かしら手札以外のどこかへと送り、それがクイックカードであろうとなかろうと使用の機会を封じる。そういった挙動を取るのが大半のクイックチェック封じユニットだ。故にドローそのものをさせない。まずもってプレイヤーがデッキに触れることすら許さないという、ごく一部のクイックチェック封じユニットの中でも更にごく一部しか持ち得ないその力は、どんな意味合いにおいても相手に可能性を「まったく掴ませない」という点において、類型効果と比較しても余計に極悪である。
今ミライは、そんな極悪非道な力の餌食となっているのだ。
(これが無陣営デッキの真の切り札、九蓮華ロコルの勝ち切るための秘策。月光剣とそれを操るブレイザーズはそう称されていいだけの、文字通りの切り札であると認めよう。我の心胆も大分に凍えさせられたとも──それでも、だ!)
それでもライフコアは残るのだ。勝ち切るための秘策と言いつつもロコルはまだ勝っていない、それは変わらぬ事実である。残ったふたつのライフコア。この二という数字をミライはもうネガティブには捉えない。二連続で行えるはずだったクイックチェックのドローまでもが斬り伏せられたショックでらしくもなく動揺してしまったが、宝妙ミライは常に前を向く存在。後ろ向きな思考などしたくともできないくらいには、してしまっても長く続かない程度には、前進にこそ価値を見出す後腐れのない性格をしている。それは選択や岐路の連続であるドミネファイトの最中にこそより強く表れる傾向であり。
「ここからどうする、ロコル! ブレイザーズはアタックを終えたが貴様の場にはまだスタンド状態の修道女トークンがいる。貴様としては後に続かせたいところだろうが、しかし我の大司教はガード権を残している……! そいつのアタックは通らんぞ」
先ほどミライはブレイザーズのダイレクトアタックを防ぐべく大司教にガードを命じたが、しかしムーンライトが与える『ガードすり抜け』の効果によってブレイザーズのアタックはガード不可となっていた。そのためミライの命令は通っておらず、結果として大司教もこのターンにおけるガードの権利をまだ使っていないことになっている。
修道女トークンのパワーはたった2000。8000の大司教であれば軽く一捻りできる数値であり、しかもブレイザーズと違ってガードを無効化できない彼女はどうあってもライフコアを奪うことができない。アタックしたとて無駄死ににしからないのだ。つまりロコルがコストコアを使い切っており、またブレイザーズによる踏み倒しのように無コストで新たなカードをプレイしようという気配もない以上、もうミライのライフコアが減ることはない。少なくともこのターンにブレイクされることはないと確定している──そう確信したからこそダブルブレイクを食らってもミライは、ドミネファイトの根幹こそ揺るがされても彼女の心までは揺れず、むしろ一層に勝利への血気を募らせまでしていた。
(結局のところブレイクによるドローは行えないわけだが……その程度のこと一向に構わん。元より手札には困ってもいないのだからな)
スタートフェイズの通常ドローに加え、《仄暗き大回廊》による追加ドローもある。『仄暗き』ユニットの種類を参照してドローするためにフィールドにいるのが大司教一体のみでは一枚しか引けないものの、それでも手札の合計は八枚にもなる。そしてロコルが唱えたスペル《誤った航路》によって互いにコアブーストが行われたこともあってコストコアの総数は九個、これだけの手札とコアがあればいくらでも反撃のしようがある。即座のカウンターこそ叶わずとも実際のところ、たった二回のドローが封じられたところでミライにとっては痛くも痒くもないのだ。
「月光剣は確かに強力だが、それは攻めにおいての強さ。そこに重きを置くあまり装備ユニットを守るための能力は一切与えられていない……精々がパワーを1000上げるというおまけのような効果だけ。そしてユニットだけでなく貴様を守るための力もないのだから、我がやることは単純にして簡単だ」
「ブレイザーズから処理してもいいし、あるいは無視してライフコアをゼロにしてもいい。そういう手段もそれだけの手札とコアがあれば充分に取れるってことっすね」
「無論、ライフを詰め切る場合はオーラ勝負に勝つことが必須となるが。今の我は燃えている、四つのライフコアを奪うために四度行うそれらの全てに打ち勝ってみせようではないか……!」
「いや、だから。もうそういう段階じゃないんすよミライちゃん」
「なに──、」
「どんなにオーラを滾らせたって無駄だし意味がないんす。何度も言ってるじゃないっすか」
──あんたはもう、詰んでいるって。




