300.沈黙の剣技、フルムーンスラッシュ!
祝☆300話
フィールドから《仄暗き修道女》が消えたことで《仄暗き大回廊》による強化幅が減り、《仄暗き大司教》のパワーは下がってしまっている。とはいえ減少値はたかだか1000。現在の大司教のパワーは8000であり、これは6000という《月光剣ムーンライト》の強化を受けた《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》のパワーを上回る数値だ。両者がぶつかり合えばバトルに勝利するのは確実に大司教である。
だからこそミライはガードを命じた。一方的に破壊されるのはブレイザーズである上に、大司教には『アタック時・ガード時において疲労しない』という特殊能力もある。つまりここでガードのために動いても通常のユニットが確実に陥ることになるレスト状態という無防備を晒さずに済むのだから、ガードのし得である。その判断に過ちはなかっただろうし、実際にガードさえできていれば戦況は一気にミライの有利へと傾いたことだろう。
そう、ガードさえできていれば──。
「なっ、何故だ大司教! 何故ブレイザーズを止めようとしない──どうして我の言うことが聞けんのだ!」
本来なら主人の命令に一も二もなく従うはずが……いやさミライが認めるエースユニットである大司教のこと、当然に彼女との『一体化』──ドミネイターとユニットとの間に生じる不思議な絆を指しての言葉である──が果たされており、命じられるまでもなく自ら進んでその身を盾とするはずが。しかし今ばかりは沈黙と不動を貫き、主人を敵の魔の手より守ろうとしない。
非レスト能力とは無関係にまるで動きを見せない大司教にミライは戸惑う。彼から伝わってくる感覚にこそ、激しく戸惑う。これは命令無視などではない。大司教にこちらの声が届いていないわけでも彼が耳を貸そうとしていないわけでもない……そもそもだ。そもそも大司教には魔の手が認識できていないのだと。自陣へと踏み込んでくるブレイザーズという明白な脅威がまるでその目に映っていないのだと、一体化しているが故にそうわかった──だから動きたくても動けないのだと謎が解けた、からこそ新たに浮かび上がる謎。
どうして大司教には彼のすぐ横を駆け抜けていく騎士の姿が見えないのか。
その疑問にロコルが答えを示した。
「ムーンライトがブレイザーズ・ナイトに与えた三つ目の効果! それが『アタック時にガードされない』能力! 【飛翔】や【潜行】といった類型のキーワード効果持ちにも邪魔されない一段上のすり抜け効果っすよ!」
「っ、守護者ユニットを無視できる力まで……!」
ガードされない能力自体は、そこまで珍しくない。【潜行】持ちの多い青を筆頭にどの陣営にも一定数はすり抜けユニットが属しているし、他ならぬミライのデッキにもそういった力を持つ『仄暗き』を採用しているのだからそこまで驚くべきことじゃない……だが、それが『ブレイク数プラス1』と合わさっているとなると話は変わってくる。
すり抜け能力とはあくまで非力なユニットがどうにか攻撃を届かせるための補助的なものでしかなく、よほどの大型ユニットやミキシングユニットでもない限りは【重撃】といったブレイク数にかかわる能力と組み合わさることなどない。それがドミネイションズの普遍的な設計でありコスト論である。この前提があるからこそ、すり抜け持ちかつ一体で複数回のブレイクが可能なユニットは途轍もない性能であると言えるし、それが場に出れば──状況次第では一気にゲームエンドもあり得るために──否応なしに双方のプレイヤーがヒリつくことになる。敵からの攻撃は守護者で防ぐのが基本であるドミネファイトにおいて、それだけすり抜けと【重撃】のコンボは凶悪なものなのだ。
そんなものを一枚でユニットに与えるムーンライトは。そしてムーンライトを装備したブレイザーズは、確かにロコルが誇るに足るエースに他ならない。
「過たず強力だな、月光剣……! なるほど虎の子に相応しい、オブジェクトながらに7コストを課されるに相応しいカードパワーがある! それをサーチした上でコストまで踏み倒せるブレイザーズの力も認めよう! ──だが!!」
コスト論で言うならエリアカードは大体が4コスト以下、オブジェクトであれば5コスト以下と、効果が限定的で活躍の機会が限られる代わりに幅広い場面で活用できるカードが多いユニットやスペルなどに比べて性能の割には低めに設定されているものだが。その常識を飛び越えて7コストというオブジェクトとしては重すぎる制約を課されるだけの力が月光剣にはある──それを手に迫りくるブレイザーズを見てミライは心からそう認めたが。しかしだとしても、やはり彼女はまったく怯まない。
「ならば大司教は修道女トークンのガードへ回し! 二連続のクイックチェックで貴様の計画を乱すためのカードを引くだけのこと! 我にそれができんとは思わぬことだロコル!!」
「そうっすね──きっとミライちゃんならできちゃうと思うっす。元々感覚派は相手にやりたいことをさせない妨害力よりも自分のやりたいことをやり通す貫通力こそが持ち味。それがオーラ操作の傾向っすもんね。宝妙のご令嬢であるミライちゃんは一層にその傾向が顕著だとファイトを通してわかってきたっすよ。ここでドローを許してしまえば確実に自分にとってよくないことが起こる。それもわかるっす。それじゃあどうすればいいかって、答えは簡単」
──ドローさせなければいいっす。
「……なんだと?」
ぽつりと、付け足すように呟かれたロコルの言葉。真意を問い質すだけの暇はなかった。ブレイザーズはもうミライの眼前にまで迫っており、特徴的な光を放つ大きな剣を高々と振り上げ、その刃を振るわんとしているところであった。
「月の光明──フルムーンスラッシュっす!」
「ッッぐゥ……!!」
鋭い一閃が一度にふたつのライフコアを切り裂く。これでミライのライフは残り二。再びロコルとの間に差ができてしまったが構わない。とにもかくにもクイックチェックでカウンターを食らわせることが重要だ──そう被害よりも反撃にこそ目を向け、ドローを行なうべくデッキへと手を伸ばさんとするミライだが。そこで異変に気付く。
「何──カードが、引けない?」
ブレイクされたライフコアが最後にプレイヤーへと残す、託す力。クイックチェックというピンチをチャンスに変えてくれるドミネイションズの根幹とも言えるルールが、どうしてか機能しない。ミライの手に新たなカードを授けてくれない……今度こそ困惑から思考が止まってしまった少女に、もう一人の少女はやはり静かな口調で説明を始めた。
「ムーンライトが装備ユニットへ与える四つ目の効果。最後にして最強のその力が、『クイックチェック封じ』。ライフコアをブレイクしてもカードを手札に加えさせない……それもデッキに触れることすら許さないという完全なる封印の力っす」
「ば……馬鹿な! ブレイク数の増加とすり抜け能力に加え、クイックチェック封じまでだと……?!」
そんな凶悪の一言では済まない能力まで付与されるとなると、7コストであってもまだ足りない。相応しい性能、どころか重いコストですら軽く感じさせるくらいの壊れではないか。そう目を剥くミライに、ロコルは「そりゃそうっす」と朗らかに肯定を返す。
「仮にも切り札の一枚で、勝つための秘策でもあるんすよ? 『重さに相応しい』性能くらいじゃあそんなポジションには据えないっす。こんだけのコストがあって装備できるユニットも限られている、それでも自分のデッキの最強はムーンライトを装備したブレイザーズ。この意味をミライちゃんはもっとよく考えるべきだったっすね──」
どんなに考えようと勘が良かろうと、勝ちを譲るつもりなどさらさらなかったが。というロコルの言外の言葉を、ミライは確かに耳にした。




