30.本試験終了! 合格者は──
「ドミホが鳴った!」
「みてーだな。でも、これは……」
もはや聞き慣れた受験アプリの通知音。しかしその音量があまりに小さいことにアキラとコウヤは困惑を隠せない。いや、ドミホから聞こえる音の大きさそのものは同じなのだ。先ほどまでの違いとは、やはり鳴っているドミホの数。その減少にあった。それも一度目と二度目の差など比較にならないほど今回の通知音は数が少ない。
数えてみると音の出どころの総数は、たったの三。会場のどこか離れた位置から聞こえるものと、アキラの手にあるドミホ。そしてもうひとつは──。
「どうなってんだ……? 何故アタシのものが鳴る?」
コウヤのドミホだった。だからこそ困惑があるのだ。もしもこの通知が今までの通過者を知らせるものとは違って敗者に退場を促す通知であるとするならば、コウヤのドミホに知らせがくるのは何もおかしくないのだが。けれど、だとすればアキラのドミホまで鳴っているのはおかしいし、もっと言えば自分たちの他にはもうひとつしか通知音が聞こえてこないのが更におかしい。
何せ会場にはまだ百数十名ほどの受験者が残っている。当初の千人越えからすれば著しく減少しているとはいえ、まだまだ大人数だ。運命の三戦目が終わり誰もがファイトの結果がどうなるかを気にしている今、この音はいったい何を示すものなのか──二人がおそるおそるドミホの画面に目を通さんとしたその瞬間、三度映る大モニター。
『会場内の全てのファイトが終了しましたね。こちらも審査が終わりました……遠回しという無駄は好まないので合格者について単刀直入に報告させていただきます』
他の受験生たちとは異なり、アキラとコウヤは試験官ムラクモの行う報告がろくに耳に入ってこなかった。ドミホの画面を確認し終えた二人は顔を上げて共に視線を結び、どうやら相手にも『同じ知らせ』があったのだと確信し、それからようやく皆に倣ってモニターを見上げた。
『えー、合格者は現在ドミホが鳴っている受験生のみとなります。一応アプリ画面を確認してみてください、合格内定の文章が出ていると思いますので……そうでない方の受験アプリは既にこちらの方でアンインストールさせてもらいましたので悪しからず。これまでの退場者同様、会場からの速やかな退出をお願いします』
「「「……!」」」
会場内が一斉にざわついた。それは本試験開始前の不安混じりの喧騒とは異なる、大いなる戸惑いとそれに劣らぬ不満が混ざったものだ。
当然だろう、残った百数十名の内その半数は試験官に言われた通りに三勝を成し遂げた者たちなのである。この第一会場以外にも試験場が十箇所あることは彼らも承知しているので、まさか勝ち残りの全員がそのまま合格できるなどとは思っていなかったが、しかし次なる試験には進めるものと信じ込んでいた。だというのに結果は不合格。三戦目に負けてしまった半数はともかく、勝った側としてはいくら試験官の言うことが絶対だとしても納得がいかなくても無理はない。
どういうことなのかとあちこちから上がる糾弾の声に、ムラクモはあくまでも熱の無い口調で淡々と答えた。
『勘違いはよくないですね。私は三勝を目指せと言っただけであって、三勝すれば合格とも次の試験に進めるとも言っていません。こちらが見ていたのは勝敗ではなくファイトの内容。勝とうが負けようがそのファイト自体のレベルが低ければそこに価値はなく、逆に言えば結果が勝ちだろうと負けだろうとファイトのレベルが高ければその双方に価値があるということ。これまでの退出者たちは敗北するまでに自分の価値を示せなかった者たち。諸君らは大半が勝てたから一応先へ進めただけの者たち。当然、最後の審査である三戦目ではそうもいきません。私たちのチェックはより厳密で厳格なものとなりました』
冷静、どころか冷淡──いやいっそ冷酷と言ってもいい寒々しい態度で話すムラクモに、あれだけ憤懣の熱を帯びていた会場がシンと静まり返る。お通夜めいたその空気感を気にする様子もなくムラクモは続けた。
『勝敗に関係なく、栄えあるドミネイションズ・アカデミアへの入学者に相応しいと判定できたのは三名だけでした。それ以外の百三十五名は残念ながらそのレベルに達していないので不合格となります……えー、本当にお疲れ様でした。それでは退出をどうぞ』
こうまで言われてしまっては反論の余地などない。それ以上不満を訴えることでもできず、いくつかある出入り口の傍で退場を促す黒服の指示に従って彼らは大人しく出ていった。その集団の誰しもがひどく気落ちし、中には大粒の涙を流す者もいたのは言うまでもない。
夢の終わり。DAへの入学という栄光への第一歩にすらも届かなかった無念がシステマチックに追いやられ、自然、会場内に残ったのは夢破れなかった者。合格者となった三人の子供たちだけだった。
「あ……コ、コウヤ」
「アキラ」
コウヤと共に呆然と成り行きを見守っていたアキラだったが、予想外の展開に混乱していた頭へようやく受験に受かったのだという認識が追いついた。一度は完全に不合格を受け入れていただけあって、アキラ以上にこの結果が予想外だったであろうコウヤにも遅れて実感が湧いてきたらしい。
「やったよコウヤ! 俺たち合格だって!」
「ああ、ああ! 一緒にDAに通えるんだぞ! こんなのまるで夢みたいだ……!」
人目も憚らず──あるのは人の目というよりドローンの目なのだが──抱き着き合い、そして飛び跳ねる二人。その熱狂的な喜びぶりに水を差すように、クールな声が彼らにかかった。
「はしゃいでるとこ悪いけど、合格者に向けての報告もあるってよ。画面に注目した方がいーんじゃないの、お二人さん?」
「あ! き、君は」
「ん、誰だ? 知ってんのかよアキラ」
呆れながら話しかけてきたその合格者最後の一人は、泉ミオ。あの超天才を自称する少年であったことにアキラは驚きと納得の両方を味わう。彼が飛び級で受験を受けている特待生的な存在であることを出会いの経緯も交えて明かせば、そうと知ってコウヤもひどく驚いたようだった。
「飛び級受験……!? んなもんがDAで実施されるとはたまげたな……しっかし、てことは本当ならまだ小三ってことだよな? 道理でちっこいわけだ」
「む。背のことは言いっこなしだよ、ファイトの腕にはなんの関係もないんだから」
コウヤらしい遠慮のない物言いに、自身の見た目(の小ささ)を気にしている節のあるミオは少し面白くなさそうにする。それを宥めるためにアキラは急いで会話に割り込んだ。
「でもホントにすごいよな、泉くんは。言った通りに合格できて」
「ミオでいいよ、お兄さん。これからは同級生なんだし、ボクも呼び捨てで呼ばせてもらうから」
合格するのなんて当然さ、と相変わらずのシニカルな調子で彼は続ける。
「超天才のボクなら余裕も余裕、なんてったってここはまだ通過点なんだし。DAは一流のドミネイターを目指す生徒しかいないファイトの魔境。そこで上を目指すのが合格者に定められた使命だ。……ま、ボクなら入ってからも余裕なのは間違いないけどさ。でも君らは受かったことに飛び跳ねてないで、むしろ気を引き締めるべきなんじゃない?」
「なんだこのちびっこ、物言いが腹立つな。オウラとは別方向に偉そうだぞ」
「コウヤ、そんな言い方しちゃダメだって」
『あー……そろそろ私の話を聞いてくれると嬉しいんですが』
「「「あ」」」
モニターに映るムラクモ試験官のただでさえ低いテンションが一段と低くなっているのに気づき、彼を待たせたまま雑談に花を咲かせていたことに三人は慌てた。注意するつもりで声をかけた自分まで彼らのペースに巻き込まれてしまった。そのことにミオは羞恥を覚えていたが、何はともあれようやく彼らの聞く姿勢はできた。それに満足したようにムラクモはひとつ頷いて。
『では、心構えの話をしましょう』
そう言った。




