3.乗り越えろ、黒の恐怖!
「黒陣営の恐怖──」
黒い少年の場にいる《闇人形ジェミニ》は黒のカード。自分のデッキが緑陣営で固められているのと同じく、相手は黒陣営のカードで構成されているらしいとアキラは気付く。黒のカードの特色と言えば……と考えを進める前に黒い少年が手札から二枚のカードを繰り出した。
「まずはこいつだ。コスト2、《血吸い人形》! そんでもって二体目のジェミニを召喚!」
四つのコストコアを使い切って展開されたのはやはりどちらも黒陣営のユニット。アキラが相手を黒使いであると確信すると同時に、ジェミニの登場時効果が発動される。
「もう説明はいらねえな。ジェミニの能力で《デンキ・バード》を念殺!」
「くっ……!」
破壊対象に指定されつつもなんとか逃れようと翼をはためかせて空を舞う《デンキ・バード》だったが、どんなに距離を取ろうとパワーが1000しかない彼ではジェミニの魔視線から逃れることなどできない。抵抗むなしく散っていった自分のユニットにアキラが表情を曇らせたところ、追い打ちをかけるように黒い少年は言う。
「ここで《血吸い人形》の効果も発動だ。こいつが場にいる状態で相手ユニットが破壊された時、【疾駆】を獲得する」
「【疾駆】……!」
「ひゃはは、これも説明するまでもねえな。アタックだ! まずは前のターンに召喚したジェミニでお前の《ベイルウルフ》に攻撃! 疲労しているユニットはバトルを受ける他ないぜ!」
共にパワー1000。仕掛けた少女人形と受けて立った小柄な狼は、互いが互いの急所に一撃を入れて同時に力尽きた。深々とハサミに突き刺されながらも敵の喉笛を噛み千切った《ベイルウルフ》にアキラは感謝するが、これで彼の場はガラ空きとなってしまった。
「次いで《血吸い人形》でダイレクトアタック!」
「うわぁっ!」
バリン、と注射器に四本の足が生えたようなフォルムの人形が黒々とした謎の液体を飛ばしてアキラの命核をひとつ削った。これで残りは五つ。そしてライフコアはその散り際にプレイヤーへ恵みをもたらす。
「お、俺も一枚手札を増やす」
「ふん、それでいい……ライフコアの恩恵は平等だからな。俺様はこれでターンエンド! お前の手番だぜ。この不利な盤面からどうしてくれんのか見物だなぁ」
「っ……俺のターン、ドロー!」
減った手札も五枚にまで回復し、コストコアも四つある。これだけ見れば状況的に悪くない……が、黒い少年の言う通り不利なのは自分であるとアキラには理解できていた。その理由とは、場に出ているユニット数の差。相手は二体、そして自分はゼロ……。
「まずいっすね。ボードアドバンテージを完全に向こうに握られているっす」
「ボードアドバンテージって?」
「場に出ているカードの総数や強さを比べての評価だと思ってくれたらいいっす。ライフでは一個分勝っているっすけど、基本はそっちの有利よりもこっちのほうがよっぽど大事っす! 勿論、時と場合にもよるっすけどね」
いつの間にかアキラの後方にいて、ドミネファイトを見守っていたらしい少女からのレクチャーにアキラはなるほどと頷く。まさに盤面での有利を常に相手に取られているのが今の自分。では、これを覆すにはどうすればいいのか。
「んー、それは難しいっすね。何せお相手さんのカラーは『黒』! 黒陣営っていうのはユニットの破壊や蘇生に長けた、変則的なボードの取り方をしてくるいやらしい色っす」
あ、これ褒めてるっすよと少女はフォローのような言葉を挟んでから続けた。
「緑陣営のカードはユニット同士のバトルで場を作っていく一直線な戦い方が得意っすよね? だからパワフルさでは黒よりも上っすけど、その分バトルに拘らない戦法には上手にいなされがちでもあるっす」
「今の俺みたいに、か」
「そうっす。実際の結果として、ユニットの数の差はさっきのターンよりも酷くなってるっす。典型的な緑のやられパターンに入っちゃってるっすよ」
こくこくと頷きながら手厳しい分析をしてくる少女から目を離し、アキラは改めて手札のカードを見る。
(俺が選んだ『緑』は真っ向勝負なら黒に負けない。だけど黒はそもそも真っ向勝負をしない陣営だってことだな。だけど……必ずしもユニットを減らし続ければ勝ちってわけでもない)
「なあ、おい……そいつは誰なんだ? お前の知り合いなのか?」
「それはファイトに関係ある質問なのか?」
「いや、関係はねえが……」
「だったら静かに見ていてくれ、今は俺のターンだ! 行くぞ、コスト四!」
「!」
「来い、俺の切り札のひとつ! 《ビースト・ガール》!」
《ビースト・ガール》
コスト4 パワー4000 【疾駆】
たった今のドローで手札に加わったアキラにとって最高の宝物であるカードのひとつ、《ビースト・ガール》。まるで窮地に駆け付けたように来てくれた彼女を信じて召喚すれば、虎のそれを思わせる衣装から褐色肌を覗かせた、非常に引き締まった肉体をした少女が強く地を踏みしめてフィールドへ登場。その全身に漲る闘気に、少女人形と注射器人形が心なしか怯んだように見えた。
「《ビースト・ガール》……!?」
「おお! 『アニマルズ』で人型!? これはレアカードっすね、自分も見たことないっす!」
目を輝かせる少女と、警戒して睨む少年。対照的なふたつの視線に晒されながら威風堂々と爪を掲げて仁王立つ《ビースト・ガール》は、明らかにこの空間を支配していた。
「ビーストの名を持つのは『アニマルズ』の種族の中でも特別な力を有する一部だけだ」
「特別な力だと!?」
「その一端を見せてやる! アタックだ、《ビースト・ガール》!」
召喚されたターンだというのに構わず動き出した獣少女に、こいつも【疾駆】持ちかと黒い少年は気付く。それも別のユニットへ付与する《デンキ・バード》や条件付きで獲得する《血吸い人形》とは違い、なんの制約もなく速攻を可能とする強力なユニットだ。その切り札でいったいどちらを狙う、とアキラの指示へ着目すれば。
「攻撃先は──《血吸い人形》!」
「俺様じゃなく疲労状態のユニットを狙う。ボードアドを取りにきやがったか!」
注射器人形が必死に液体を飛ばして迎撃せんとするが、獣少女はそれを軽やかに避けて接近。そして爪の一振りによって敵をバラバラにしてしまった。パワー1000のユニットと4000のユニットの悲しいまでの戦闘力の差。そのやられっぷりにすぐ隣でジェミニが顔を青褪めさせている。
「取るのは盤面だけじゃない!」
「!?」
「相手ユニットを破壊したことで《ビースト・ガール》の効果発動! このカードを起動状態に戻し、更にもう一体! 相手のユニットをバトルを介さずに破壊することができる!」
「なんだとっ!」
黒い少年が驚きに目を見張る中、獣少女はただ敵だけを見据えており、注射器人形を屠ったのとは反対の腕を振るえばその爪から斬撃が飛び出した。飛来する鋭利な五本の線は簡単にジェミニを切り裂いた──怖がる間もないほどの即殺であったのは、彼女にとってきっと幸運なことだったろう。
「黒のお株を奪うような破壊効果……全滅とはやってくれるじゃねえか。しかもそいつは【疾駆】持ち。それが再びスタンドしたからには──」
「ああ! ガールでダイレクトアタックだ!」
「ちぃっ!」
黒い少年のライフが三になる。いくらゼロにさえならなければ負けではないとはいえ、ここまでくれば流石に危険域。彼としてもこれ以上の傷は避けたいところだ。
「これでライフもボードも俺が有利。逆転だな……ターンエンド」
「はっ。ここまで食らいついてきやがるとはな。一時は外れ野郎かと思ったがやはり俺様の嗅覚に狂いはなかった。お前は俺様の糧となるに相応しい獲物だ──そうと認めたからには! 容赦はしねえぞ!!」
俺様のターン! と裂帛の気合を入れてのドロー。しかし黒い少年の手の中には、引くまでもなく既にこのファイトの行く末を決定付けるだけのカードが眠っていた。
「お前が見せたからには次は俺様が見せる番だよなぁ。このデッキの切り札ってやつをよぉ!」
「……!」
「チャージで合計五になったコストコアを全使用! 来やがれ、《暗黒童子マゼラ》!」
《暗黒童子マゼラ》
コスト5 パワー3000
呼びかけに応じて参上したそれは人の倍はあろうかという背丈を持つ、しかし等身は低い言うなれば巨大な子供。札で顔を隠すその姿は中国の妖怪キョンシーを思わせる。だが札越しにも彼が悪辣な笑みを浮かべているのははっきりとわかった──なんだこいつは、とその雰囲気の普通でなさに固唾を飲んだアキラに背後から少女の声が届いた。
「あれはマズいっす! ビーストと同じで暗黒の名は黒陣営にとって特別なもの! その称号を持つユニットは漏れなく強力な効果を持ってるっす!」
「よく知ってるじゃねえか。大正解の褒美にとくと御覧じろ──手札を一枚捨ててマゼラの効果を発動! 俺様の墓地からコスト3以下の黒のユニットを二体まで蘇生させる!」
墓地とは破壊されたユニットが置かれる、フィールドとは別のゾーンの名称。アキラの墓地にも《ベイルウルフ》や《デンキ・バート》が置かれているが、当然黒い少年の墓地にも《闇人形ジェミニ》や《血吸い人形》がいる。
「やられたはずのユニットが復活するっていうのか……?!」
「そうさ、そこのガキが言っていたように破壊に並ぶ黒陣営もうひとつの得意! それが蘇生! ユニットが破壊されたって黒陣営にとっちゃむしろ万々歳ってわけだ──まあ。マゼラが呼び出すのは何もお前が倒したユニットばかりじゃあねえがな」
「なんだって?」
「ひゃはは、見てりゃわかるさ。さあやれ、マゼラ!」
主人の命令に従い、マゼラが両手の指先から糸を出して地面に突き刺す。何かを捉えたらしい糸がぐぐっと張り詰めると、その瞬間を狙ってマゼラが勢いよく引き上げた。すると体を糸に引っ張られて二体のユニットが場に姿を見せた──それはあたかも地獄の底から怨念募らせる亡者が蘇ったかのような光景であった。
「《血吸い人形》と《悲喜籠りのアイラ》を蘇生召喚だ!」
「《悲喜籠りのアイラ》……まさか!?」
見覚えのないユニットが出てきたことに困惑するアキラだったが、唯一の可能性に気付きハッとする。それに対し黒い少年は大笑して応えた。
「はっはっは! わかったか。そうだ、こいつはマゼラの効果を発動させるために捨てたカードだ。一体でも蘇生可能なユニットが墓地にいればマゼラは効果を使え、コストとして捨てたカードでも条件さえ満たしていれば蘇生できるのさ!」
そしてアイラの効果をすかさず発動! と黒い少年の雄叫びに、深窓の令嬢といった風情だった嫋やかな少女が一転してその気配を禍々しくさせた。
「我が身を犠牲にして場のレスト状態のユニットを破壊する、まさに呪いのような効果だ。対象は勿論《ビースト・ガール》! やっちまいなアイラ、相思相殺!」
令嬢の身体がぼろりと崩れると同時、そこから漏れ出した黒いモヤが獣少女に纏わりつく。自慢の爪でそれを切り伏せようとする獣少女だが、何度腕を振るおうと爪撃は空を切るばかり。モヤにはなんのダメージもないようだった。
「《ビースト・ガール》!」
やがて完全にモヤに取りつかれて、令嬢の後を追うようにボロボロと体が崩れてしまった獣少女。切り札の喪失に動揺するアキラに、その隙を逃さないとばかりに注射器人形が襲いかかった。
「なっ、」
「忘れたとは言わせねえぜ。相手ユニットが破壊された時《血吸い人形》は【疾駆】を得る!」
「ぐあっ……!」
アキラのライフが減り、場はまたしてもガラ空きとなる。窮地を覆したアキラの切り札を、自身の切り札の能力を活かして倒すことで更に覆し直してみせた黒い少年はにやりと口角を上げた。
「逆転だな。俺様はターンエンド……さあ、こっからどうするよ?」