297.観世マコトという少女
宝妙と同盟を結ぶ。それによって宝妙と九蓮華が衝突する事態を意図的に招いたのが観世だとしたら、このファイトの意味合いが少し……いやかなり変わってくる。
エミルの辞退を機に同盟を持ち掛けたのは宝妙側だとロコルは想定しているし、実際にそれはきっと間違っていない──だがもしかするとそこも観世側が動いた結果そういうことになったのではないか。と疑ってしまう程度には、現状は観世にとって都合のいいものだ。
(その血気とプライドの高さ故に。そして何より実績作りのために宝妙が率先して矢面に立つことは、九蓮華よりもよっぽど宝妙と繋がりの深い観世なら予想するまでもなくわかりきったことだったはずっす。それを利用したんじゃないっすか……? 争う九蓮華と宝妙を傍から眺めつつ、両家を疲弊させると同時にファイトの極意も盗んで、最後には観世が頂点に立つ。っていう二重三重に漁夫の利を得るとびきり極悪な作戦だったりしないっすかね──)
極意を盗む。九蓮華ほど極端な思考派でもなければ宝妙ほど極端な感覚派でもない観世ならば、そういうこともできるだろう。どっちつかずとはあまり良く使われない言葉ではあるが、しかし場面ごとに思考と感覚を上手く使い分けられることを可能とするなら。どちらか一方を極めて武器とする者にも負けないだけの強度と、それ以上の柔軟性が得られる。家全体がマコトのようにマイペースなのだとすれば……そしてマコトこそがその極端なのだとすれば、大いにあり得ることではないか。
どんなにマイペースであっても、率先して戦おうとしなくても。しかしだからと言って御三家の頂点に興味がないとは限らない──。
(もしもこの推測が当たっているなら、そうそうに敗退しておきながら自分とミライちゃんのファイトをしっかりとどこかから見ている……『観察している』に違いないっすね)
つぶさに眺めている、かといってそれがロコルの懸念通りの観察だとは限らない。自身が勝ち上がることには関心を示さずとも友人を応援するくらいのことはしたってなんらおかしくないのだから、思わず観客席に目を走らせたロコルが件の彼女を発見したとて、それが何かの証明になることはない。証拠とはならないのだ──けれど目と目が合った瞬間にあちらがどんな反応をするかによって、推測の補強くらいにはなる。疑惑がより黒に近い灰色となる……そう見込んでマコトの姿を探したロコルだったが。
(──こりゃ見つけられそうにないっす。なんと言っても生徒と職員のほぼ全員がここに集まって、すし詰め状態になってるんすもんね)
上階である客席から舞台はよく見えても、舞台の側からはその位置関係上、客席が著しく見にくい。混み合っているせいもありまずもって一人一人の顔の識別も困難なくらいなので、この中から特定の個人をなんの当てもなく見つけ出すのは不可能と言っていいだろう……と、そこまで考えてロコルはその当てになりそうな人物が目の前にいることに気が付いた。
「ところでミライちゃん。マコトちゃんの居場所って知ったりするっすか?」
「む? 何故貴様がそんなことを気にする」
「いやぁ、喧嘩を売られている側としては相手方の結束がどんなもんか気になるのは当然じゃないっすか。マコトちゃんはしっかりとミライちゃんを応援しているのか、それとも無関心に食堂でおやつでも頼んでいるのか。どっちなんすか?」
「ふん、要するに宝妙と観世の同盟に綻びを見つけんとしているわけか──貴様らしい観点と企みだな。そしてマコトの行動予測もいい線を行っている。実際に奴は午前の部の一回戦で早々に負け、以降は食堂の個室席を借り切って好物のあんみつをつついていたそうだ。なんとも気の抜けたことだろう? ……だが、流石に我と貴様の直接対決とあっては奴も無関心とはいかないらしい。ああ、居場所を知っているかという質問だったな。無論知っているとも。常に我の視界に入っているのだからよもや見失うはずもない」
「……!」
「観世マコトなら貴様のすぐ後ろだよ」
その言葉に振り向けば──いた。観客席ではなく、一階。玄関口から続く通路の壁によりかかるようにしてひっそりと彼女は立っていた。観世家唯一の跡取り候補、観世マコト。ミライとは違って制服を改造することも気崩すこともなくきっちりと着用している、それでいてどこか全体的に「ゆるい」雰囲気の漂う少女。そのいつも目線のはっきりとしない瞳が、けれど今は。今だけはこちらを見つめている。見定めている。それを見つめ返すことでロコルもまた彼女を見定めんとしてみたが。
(……ダメっすね。『見えない』。マジに漁夫の利を狙ってるのかどうか、自分じゃまったく読み取れないっす)
これでも人を見る目にはそれなりの自信があったんすけどねぇ、とロコルは嘆息する。もちろんそういった方面において兄エミルには遠く及んでいないことは重々に語った通り。彼のような行き過ぎた観察眼ではなくあくまでなんとなく。それこそ勘と感覚に頼った見極めでしかないが、それによる信を置ける・置けないの判別はかなり精度が高く、ロコルは自身のそれに従って後悔した経験など一度もなかった。エミルが手の付けられない怪物だと真っ先に見抜いたのは彼女で、そんな怪物を超え得る人物をいち早く見出したのも彼女だ。
前者はそもそも本人がロコルにだけは自身の異常性を最初から隠そうとしていなかった、後者は本当にただの偶然の出会いがあったという、言ってしまえばその程度のことなのだが。しかして彼らへの対応を決めたのは間違いなくロコル本人の決断によるもの。そういった意味での高い判断力を彼女が持つことは確かである──その直感が、反応してくれないのは。なんとなくですらも決断を促してくれないのは即ち、それだけマコトという少女が自身を覆い隠すのに巧みであるということの証左。狙ってやっているのか、それとも素でこれなのかはわからないが……。
(どちらにせよヤバいっすね。思った以上にこの組み合わせは、ミライちゃんとマコトちゃんのコンビはめちゃヤバっす)
相性がいい。それは普段の二人のやり取りを見ていても感じていたことだが、そちらは人間的な相性。だがここでロコルが言及しているのはドミネイターとしての、戦う者としての相性だ。ミライとマコトは互いに似ても似つかぬデコボココンビのようでいてその実──いや、だからこそ破滅的に噛み合う。脇目もふらずどこまでもどこまでも突き進んでしまう。そういった周囲をも巻き込む危うさというものがこの二人にはある。
だとすれば。
「元から負けるつもりなんてなかったっすけど。でも、ここでの敗北が思った以上に重大な意味を持ちそうだと気付いたからにはいよいよ負けるわけにはいかなくなったっすね──ってことで、勝たせてもらうっすよミライちゃん。《誤った航路》の効果処理、その続きに入るっす!」
「続きだと……!?」
互いにユニットを一体ずつ犠牲にする。そこでスペルの処理が終わったと思い込んでいたミライは驚きを隠せない。これ以上何が起こるというのか? 表情に浮かんだその疑問に、ロコルは「心配いらないっす」と軽い調子で言った。
「更にユニットの墓地送りを要求される、なんてことはないっすよ。もう自分たちは犠牲を払ったんすから……お次はその対価を得る番っす」
対価。新たに出てきたそのワードに、またしてもミライの感覚派としての直感がアラートを発した。




