296.思考と感覚、どっちつかず
ミライは考える。正しい答えなどないこの問いに、されど少しでも正解と思える択がどちらであるか考えに考える。
だが考えれば考えるほどどつぼであった──自身が選んでユニットを墓地へ送らねばならないこの状況は、《仄暗き修道女》の効果耐性が貫通される数少ないケース。ならば修道女こそ用なしと犠牲にすると、エースである《仄暗き大司教》に付与される耐性は《仄暗き大回廊》が与える戦闘破壊の無効しかなくなってしまう……それはそれで強力な耐性には違いないのだが、それ一本のみを頼るにすると弱い。特にロコルというあの手この手でこちらの強味を封じてくるような手合いを相手取るにあたってはやはり、大回廊の加護だけでは心もとないというのが正直なところである。
しかしだからといって、大回廊と修道女による双耐性の維持に固執するとなると大司教を犠牲にしなければならなくなる。それでは目的と手段が逆転してしまっている。なんと言ってもエースを守るために復活させた双耐性なのだからその守る対象がいなくなってしまっては本末転倒と言う他ないだろう。
もちろん、大司教の後に呼ぶユニットが恩恵を受けるという意味ではここで一旦はエースを捨て、強力な双耐性の方を守るという一手もなしではない。そう思うからこそミライも即断ができずにいるわけだが──けれど彼女はいつまでも迷いに足を止めるようなタイプではなく、感覚派らしくそう時間をかけずに出すべき結論を出した。
「我が墓地へ送るのは……《仄暗き修道女》だ!」
「!」
力強い切り捨ての宣言。それを受け入れるように修道女が静かに瞼を下ろした、その瞬間に《誤った航路》の効果により彼女はロコルの場のブレイザーズ・ナイトと共に爆散。二体揃ってそれぞれ一筋の煙となって、あっという間にフィールドから消え去ってしまった。
「ミライちゃんはそっちを選んだっすか」
「悩ましくはあったがな。我ながららしくもなく迷いを持つ程度には苦渋の決断であった……だがそういう時の対処法を我はよく知っているのでな。それを実践させてもらった」
「対処法、っすか? いいっすねそれ、ドミネファイトは選択の連続っすから。今し方のミライちゃんみたいにどっちも選びたくない二者択一に悩まされる場面ってのは誰しもに訪れるっす……とーぜん、自分にも。後学のためにその対処法ってのを教えてくれるとありがたいっすけど」
教えを乞うにしてはにへらと締まりのない顔をしているロコルに、ミライは「ふん」と鼻を鳴らして。
「貴様のことだ、本当に知りたがっているのか怪しいものだが。どちらにせよ知ったところで意味はないだろう。貴様ではおそらく真似のできん方法だからな」
「自分には真似できないっすか……そー言われるとますます知りたくなっちゃうっすね」
「簡単なことだ。どちらを選ぶにも迷いや悔いの残る選択であれば、『何も考えない』。ただ己が直感の示す方へ進む──それだけのごくシンプルな対処法だよ」
「あー、そういう。それは確かに自分には難しそうっすね」
考えない。この字面だけだとなんとも無責任な、単に苦悩するのを放棄しただけのとんでもない対処にも思えるだろうが。しかしことドミネファイトにおいて「考えない」ことを実践できる者がどれだけ稀有であるか……何をするにも現状を、先の展開を、過去の展開も踏まえて考えてしまうのがドミネイター。選択を迫られた際には尚更に思考は巡るもの。ただしロコルが言ったように、往々にして正解のない選択に迫られるのがドミネファイトである。どれだけ考えても、いや考えれば考えるほどに思考の迷路に捕らわれてしまう場面は必ずやってくる。
そこで考えない。考えれば迷ってしまうのであれば迷いをなくすために思考を捨て去る。そのちゃぶ台返しのような答えこそが唯一の正解であるとミライは断ずる。これは感覚派として自身の直感が優れていると自負する彼女だからこその強気であり、実行である。それがわかるだけに、そして自分が同じことをするのは無理があるとも理解できてしまうために、ロコルは苦笑を禁じ得なかった。
「九蓮華はモロに思考派の家系っすからねぇ、末子たる自分もそれは例外じゃないっす。反対に宝妙はミライちゃんみたいな感覚派が多数を占めているみたいっすね──だからこその対処法、ってわけっすか」
ミライが編み出した、というよりも。おそらくは感覚派として名高い宝妙家に伝わるファイトの極意のようなもの、なのだろう。同じような教えは九蓮華にもあるが、そちらは思考派らしく理論をこねくり回したもの。間違っても無思考を推奨する宝妙のそれとは似ても似つかない、まったく別種の教訓である。故にミライもまたロコルに引き継がれている教えを真似ることは叶わない──根っからの思考派たるエミルを筆頭にその極致とも極端とも言える九蓮華の技法を取り入れることは、できない。
まあ、できたとしてもやらないだろうっすけど。とミライが教育によって九蓮華をどう見ているか大方の予想もついているロコルはそう心の中で独り言ちる。彼女としてはやれるものなら躊躇なく他家の極意だって取り入れ、吸収し、我が物としていきたいのだが。そういう行為はミライが他ならぬ宝妙だからこそプライドが許さないに違いない。できるできない以前にやろうとも思わない。仮にやろうとしてもできない以上は大した差などないようであって、しかしここの差異は大きいとロコルは思う。それを裏付けるようにミライはこの場にいないもう一方の御三家の名を出した。
「観世あたりなら宝妙と似たようなこともできるだろうな──あそこは思考と感覚のミックスが持ち味。九蓮華ほど思考派の巧みさを持つわけでも宝妙ほど感覚派の強さを持つわけでもないが、いいとこどりをしている。マコトなんぞはあれでいてその代表のようなドミネイターだからな」
「あ、やっぱ観世ってそういう感じなんすね」
同年代がマコトしかおらず、そのマコトともまだファイト経験のないロコルなので観世家については宝妙家ほど情報が集まっておらず──そういう面に強いエミルやイオリあたりに聞けばそれはもうドン引きするくらいになんでも詳しく教えてくれるだろうが──よく知らないロコルだ。観世マコトというミライと双璧をなす(言うまでもなく他の生徒から見ればそこにイオリとロコルのペアを加えた三枚看板である)一年生トップの女生徒に関して知っていることと言えば、彼女が非常にマイペースであり、それにミライがひどく手を焼いているらしいということくらい。
授業のファイトでも見るからに真剣には戦っていないので、それだけでも宝妙とは……もっと言えばミライとはまるで性質の異なるドミネイターだとは感じていたが、どうやらマコトだけでなく観世という家そのものがどっちつかずの性質を持っているようだ。
(宝妙ほど観世が九蓮華を敵視している印象がないのはそういうとこもあってのことなんすかね? つまり観世はその気になれば宝妙にも九蓮華にもスタンスを寄せることができるから……なのに現時点で宝妙に味方して御三家間の戦争を焚き付けているのはどういうことっすかね。やっぱりエミルが引っ込んだのを好機と捉えて欲目を出したって感じで──ん? 戦争を焚き付けている……?)
おや、これはひょっとすると。
こうやって本気でドミネファイトに臨んでいる自分とミライは、観世マコトにいいように操られているのかもしれない。
不意に浮かんだその良くない可能性に、ロコルは口の端をぴくりとひくつかせた。




