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295.血潮の嵐と弛まぬ剣と

 カズラを翻して宙を舞う大司教。老人のそれとは思えぬ健脚での飛躍を果たした彼が着地したのは、灰色の少年の目の前であった。ぎょっとする《ロストボーイ》の姿にミライは口角を吊り上げた。


「修道女トークンやブレイザーズの方がパワーは高いが──しかしトークン故に能力を持たない偽者や、むしろ排除からの復活が面倒な貴様の切り札よりも何よりも。その猪口才な効果を持ったユニットを先に消させてもらおう!」


 我が身を犠牲にすることでパワー1000以下の相手ユニットを、その登場時効果が発動される前に屠ることのできる《ロストボーイ》は場にいるだけでミライの行動を縛る鬱陶しい存在だ。実際に初ターンに呼び出した《仄暗き聖女》が何もできずに墓地へ道連れにされたことを忘れていない彼女は、故に蘇生にせよ二枚目を召喚するにせよ、いつ聖女を再び場に出してもいいように優先的に《ロストボーイ》を片付けておくことを選んだ。この選択に間違いはない、とミライは確信を抱いている。


「《ロストボーイ》殴殺撃破! 自身の効果により大司教はレストしない!」


「だけど攻撃権は通常通りに一回切り、っすよね?」


 とある少年の切り札である巨獣を連想しながら、もしもアレと同じような殲滅上等の効果が大司教に搭載されているなら大問題だと思うロコルだったが。しかしそれは巨獣が戦闘面に重きを置かれたユニットだからこそ発揮できる殺戮能力であるからして、そういった方面とは持ち味が異なる『仄暗き』カテゴリに属する大司教がまさかそのような力を持っているはずもない。とは当たりを付けつつの質問に、ミライは案の定に肯定を返した。


「大司教の力はあくまで隙を晒さないための能力。レストしないからと言って一ターンに何度でもアタックできるような力までは備わっていない……これはガードに関しても同じくだ」


 もしそうだったなら──大回廊と修道女が与える両耐性も含めて──アタッカーとしても守護者としても完璧なユニットとなるが、そうなればもはや『仄暗き』ではない。ミライの手に馴染む白と黒の両方の特徴を併せ持ったカテゴリからはズレてしまい、たとえ大司教単体の強さが上がったとしても今以上にデッキが強くなることはないだろう。理屈としては不可思議だがドミネイターとデッキの相性とはそういうものなのだ。だからミライは、すっと修道女の横に戻った(そしてポージングを維持している)大司教。自身のエースユニットたるその老人の背中を見て、どこまでも不敵に笑うのだ。


「場を整え、敵を滅し、守りの要ともなる。我がエースはエースに相応しいだけの活躍をしているだろう? ──そちらのエースはどうだ、ロコル。貴様の剣は今一度我が盤面を切り裂けるか?」


「…………、」


 《仄暗き大回廊》エリア


 《仄暗き大司教》

 コスト7 パワー9000 MC 【守護】 【好戦】


 《仄暗き修道女》

 コスト4 パワー4000 MC


 問われ、ロコルが改めて見つめる敵の盤面は、一見してそう。そう厚みのある戦線とは称せない、たった二体のユニットからなる布陣だ。が、しかし。あたかもロコルの切り札である《クリアワールド》のように一見ではわからない脅威がそこにはある──目に映らない強度というものが、確かにある。それをロコルはよくわかっている。自身が蘇らせたエリアカードとユニットカードによって守られた《仄暗き大司教》。ただそれだけの盤面にどれだけの強さがあるか、よもや《高圧発生装置》という無陣営デッキの奥義とっておきを出してまで一度はその脅威を掻い潜ったロコルが見誤ろうはずもなく。


(ま、そのとっておきを使い切っているからには──そしてそのことを読まれているっぽいからには、あんまり強気に返すわけにもいかないっすよね。実際問題、今の手札じゃこの盤面を切り返せないっすし……)


 返せない。ブレイザーズで持ってきた《ジェットパック》はもちろんのこと、他五枚の手札にもミライが立て直した戦線を突破できる手段はない。実質無敵と化している大司教が守護者として立ち塞がっているのだからそれは容易なことではないのだ──。


「『今の手札じゃ』、ね」


「!」


「だったら引いてくればいい。ミライちゃんご自慢のエースとそのサポート。を、どうにかできるカードを次のドローで持ってくればいい……それだけのことっすよね?」


「──ハッ」


 先ほどは、既に持っていた。引いてくるまでもなくブレイザーズというエースカードを手札に控えさせており、それを呼び出すことでロコルはミライが敷いた盤面を一掃してみせた。けれど先とは違って解決札となり得るカードが手札にない今、彼女に求められるのはただひとつ。返ってくる手番、その始まりとなるドローにおいて、解決札を引き当てること。引きさえすれば、それで文字通りの解決なのだから当然に。


 だが。


「なるほどそうか、《高圧発生装置》はなくとも他に手段があると。それをドローで掴んでみせると──やってみればいい。我がオーラを受けてそんな運命力を発揮できると思うのならなぁ!!」


「いやだから。やってみるとかみないとかじゃあなくて……『やる』んすよ、これから」


「上等ッ! 我はこれでターンエンドだ!!」


 さぁ引け引け引け引け引いてみろ。引けぬならば死ね。そう声に出さずともミライの怨嗟にも似た怒気と血気がオーラと共に伝わり、ロコルの全身を激しく叩く。ごうごうと、どうどうと大嵐の如くに両者のフィールドを跨いで荒れ狂う。降る雨のように、降る血のように自分を濡らすどろりとした血潮に塗れ、けれど決して顔を背けず、目を瞑らず。


 真っ直ぐにこちらを見つめ返す不倶戴天くれんげの少女に、その勇ましさに。


「────、」


 ミライは一瞬、勝負の中にいることを忘れて。


「自分のターン。スタンド&チャージ──ドローっす」


 相手の言葉に我に返った、その時にはもうオーラでオーラを切り裂かれていた──否。


 切り拓かれていた。


「5コスト。無陣営スペル《誤った航路》を詠唱するっす」


 スペルカード。その効果は、と『引かれてしまった』悔悟をすぐさま捨て去って思考を切り替えたミライを、されど突き放すようにロコルは淡々と。


「効果処理。自分はブレイザーズ・ナイトを墓地・・っす。さあミライちゃん、選ぶっす。あんたはどっちのユニットを見放すっすか?」


「!?」


 迫る。


「お互いに自身のユニット一体を選び、墓地送りにする。それが《誤った航路》の効果っすよ。これは相手プレイヤーに処理を強制するもの、よって──」


「パワーダウン同様、修道女の『相手の効果を受けない』耐性であっても防げない……!」


 効果耐性をすり抜ける数少ない答えにして正攻法。パワーダウンよりも解答例として先に挙げられる解決の仕方を、可能としてきた。そのことに唇を歪めるミライに「いやいや」とロコルは首を振って言う。


「《高圧発生装置》は敵陣全体へ影響を及ぼす。そのおかげで修道女だけでなく他のおまけたちもまとめて処理できたっすけど、こっちは所詮単体処理っすからね。正攻法だからといってより優れた方法とまでは言えないっすよ──けれども。この盤面においてはこっちの方が刺さるかも、っすね?」


「ッ……、」


 迫られる二択。ブレイザーズを捧げたロコルに続き、ミライが捧げるのは──エースユニットたる大司教か。はたまたそのエースを守る修道女か。どちらを選んでも盤面の崩れる正解のない問いをミライは突き付けられた。


 嵐を斬った剣。その切っ先の如くに、眼前へと。



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