292.大司教の儀式!
「本来の7コストを支払うことなく! 無コストで召喚、《仄暗き大司教》!」
《仄暗き大司教》
コスト7 パワー5000+ MC 【守護】 【好戦】
神々しく豪奢な司教服に身を包みながらも暗い笑みを浮かべる老年男性。他の『仄暗き』ユニットと比べてもなお一層に重苦しい苦悩の気配を湛えているその姿を確かめて、しかしロコルが着目したのは彼の外見ではなくステータスだった。
「そっちも7コストっすか」
繰り出したエースユニットのコストが互いに同じく、大型と呼ばれる7コスト。それにしては大司教のパワーはやはり『仄暗き』カテゴリに属するユニットらしくミキシングとしては非常に低く感じるが、しかしミライが「絶対攻勢を築く」とまで言って繰り出したカードなのだ。この重たいコストに見合っただけの何かは確実にあると保証されているようなもの──ステータス上にそれが表れていない、というのがかえってロコルには恐ろしい。何故ならコスト論の観点からするとパワーやキーワード効果が盛られていないことは即ち、大司教が持っているであろう固有能力がその不足分を補って余程に強力であることを示しているからだ。
「流石に目敏い。混色の7コストとしてはあり得ないほどに質素な性能だと一目で気付いたな──そして予見までしたな。まるで音に聞く貴様の兄の如く、この先の展開を高精度で予想したのだろう? 大司教がこれより行う儀式に貴様は怯えたのだ!」
「……生来の『目』の力なしでもイカれた洞察力を持っている兄に比べられたら、こんなのは先見でもなんでもないっすけどね。自分は単に経験上の推量から物を見ているだけで別に大司教の効果を予測できているわけでもないんすから」
兄ならば。かの九蓮華エミルであれば、そういうこともできるはずだ。否、「はず」ではなく間違いなくできる。初見の、まったく未知のカードでも、その効果を知っていたかのように先んじて語り、対応策まで列挙するだろう。カードそのものの知識がなくともそこまでに使われたカード、どういった状況で繰り出されたか、そしてそれを操る相手の一挙一動の態度。それらの情報を元に全てを見通してしまうのがエミルというドミネイターなのだから、当然に。
もちろんいかにエミルと言えども得られる情報が少なすぎればそこまでの先見性は発揮できないものの、少なくとも今。『仄暗き』カテゴリのカードもその傾向もある程度明らかとなりつつある今、ここに立っているのがエミルであれば絶対に。大司教の効果など瞬く間に見破ってしまい、間違っても怯えることなどしない。それは彼の妹として、かつては誰よりも彼から逃げていた人間として断言できる。
ミライの言葉に誤りはない──直接に彼を知らないにしては、やはり後継ぎ筆頭から外れても未だに要警戒対象だからだろう、よく知っていると言える。ただしエミルに関して以外の部分では否定しておかねばないところもあった。
「確かにエミルなら怯えない。だけどっす。ささやかな名誉のために言わせてもらえれば、怯えていないのは自分だってそうっすよ。ミライちゃんがエースと呼ぶそのユニットがどんな力を見せつけようとも……ううん、見せつけてくれればくれるだけ。自分はむしろそれをどうやって乗り越えてやろうかと考えてワクワクしちゃうんすから」
「……!」
ミライは目を見開いた──ハッタリの類いではない。ロコルは本気で大司教がこれからどんなことをしてくれるのかと楽しみにしている。それを「捻じ伏せる」ことを、もっと楽しみにしながら。野蛮な高揚。暴力的な姿勢。ミライの知るロコルという少女のキャラクター性には少々似つかわしくない感情の隆起が、彼女の瞳にはあった。
「少しばかり、意外だな。それはまるで感情派のような言い草で、感情派のような仕草だ。とても思考派に分類される貴様のするような顔ではないぞ──その笑みは獰猛に過ぎる」
「花の乙女をつかまえて獰猛はあんまりっすよミライちゃん。そこはファイトに純粋なんだと言ってほしいっす。何せ自分の世界を変えてくれた人が、ドミネイションズに向き合うことのお手本となってくれた人が、どこまでも純粋なお人だったもんっすから。自然とそういう影響を受けちゃったんすよ……まあ、自分からそう望んでのことなんすけどね」
「ファイトに純粋か……なるほど。誰の影響かは知らんし興味もないが、そこは我としても大いに共感できるな」
思考をこねくり回すよりも感情をそのままに戦うこと。自身は感情派であると誇りを持って自負するミライにとってその考えは真理であった──言うまでもなく思考派の言い分はこれと正反対になるだろうことは彼女もわかっている。わかった上で己の正しさは「こうである」と確立させているのがミライという少女。十三歳ながらに御三家の一角を背負って立つことを宿命づけられた、その宿命を自ら歓迎している宝妙の傑作である。
「故に許せんな。我の攻勢を前にそこまで昂られては。本心からの克己を見せつけられては──思考派にそんな瞳を向けられてしまっては、感覚派として。我もまたそれ以上に昂らねばなるまいよ! 大司教の登場時効果を発動する!!」
ミライが命じれば大司教はカズラをはためかせながら大きく腕を広げ、ぶつぶつと何事かを唱え始めた。すると彼を中心に薄ぼんやりとした光が円を作る。その仄かな輝きに下から照らされているミライは言う。
「大司教のあらたかな儀式により、我は墓地より二枚まで『仄暗き』カードをフィールドに呼び戻せる!」
「っ、墓地からの復活──それもカードを区別していないってことは」
「その通り、これは貴様の今はなき《クリアワールド》と同じく『カード種を限定しない復活効果』! ユニットだろうとオブジェクトだろうと──エリアカードだろうと! なんでも好きに蘇らせることができる能力だ!」
復活(蘇生)効果とはその言葉が表す通りユニットを墓地から蘇らせることを通常は指す。それは取りも直さず「墓地から呼び戻せるのはユニットに限る」効果が大半であることを意味している。陣営の特徴として破壊に並び蘇生を得意としている、言わば蘇生分野のエキスパートでもある黒陣営とてそれは例外ではなく、むしろ蘇生に精通しているからこそ余計に『ユニット以外』も蘇生対象に含められるカードの希少具合が増しているくらいだ。故に《クリアワールド》の無陣営カードでさえあれば──《クリアワールド》が展開されている都合上他のエリアカードの復活こそ叶わないが──ユニットだろうとオブジェクトだろうと制限なしに復活させられる融通の利き方に、それを知ったドミネイターは驚きを隠せなくなるのだが。
(だけど今度はこっちが驚かされる番っすね──『仄暗き』は白と黒のミキシングカテゴリ。黒が含まれているからには指導者がそうだったように墓地利用の術に長けているのもなんらおかしくないっすけど……だけど《クリアワールド》にだってできない『エリアカードの復活』をも可能とするユニットがいるなんて!)
カテゴリでの縛りが設けられている以上、復活範囲としては《クリアワールド》より狭まっているとも言えるが。けれどカード種で見た場合の範囲は逆に広がっている。その上で一枚ではなく同時に二枚も復活させられるとくれば、誰だろうと否が応でも理解できるというもの。
ミライがエースと宣う《仄暗き大司教》とは、そう扱われるだけのカードパワーを持った恐るべきユニットであると。
「我が墓地より復活させるカードは──!」




