290.盤面崩しの応酬
「我を『詰ませる』……? 今そう言ったのか?」
「言ったっす。ブレイザーズ・ナイトが召喚された。場には《クリアワールド》も展開されている。自分の切り札が二枚揃い踏みなんすよ? それはもう勝負を決める段階だってことっす」
「……揚げ足取りをさせてもらえば、ブレイザーズは既にフィールドにいないがな。他ならぬ貴様の手によって墓地へ送られた」
「そこも含めて、っすよ。ミライちゃんが言ったようにブレイザーズ・ナイトのサーチ効果を効率的に使うには相手ターンで蘇生するのが一番っすからね。場と墓地を往復してもらうのが最高効率っす」
相手ターンでの蘇生。ロコルは簡単にそう口にするが、無論それは言うほど簡単なことではない。そもそも相手ターンにも効果を起動できるカード自体がドミネイションズには少ないのだ。それでいてありがちな除去効果や手札からのユニット展開などではなく、ユニットだろうとオブジェクトだろうと関係なく復活させられる《クリアワールド》はやはりミライが一目でその厄介さを見抜いた通り……ロコルが新デッキの切り札とまで称する通り、それが過分な評価にならないだけの性能を秘めていると言える。
果たしてその性能を遺憾なく発揮できるかはデッキの内容次第でもあるが、それはエリアカード全般に共通する特徴でしかなく。しかもロコルはまさしく十全に《クリアワールド》の力を引き出していると言える──オブジェクトの活用もそうだが、大型ユニットであるブレイザーズの存在はエリアカードの補助ありき。単体での強さ以上にシナジーを重視して組まれたカードたちだとわかる。一枚ずつがエース、というよりも。揃って初めてエース級。しかしその代わり、これらが組み合わさった状態はそこらのドミネイターのエースカードなど物ともしないだけの圧倒的な優位を持つ。シナジーというのは、それを活かしたコンボというのはそういうものだ。
だが。
「だからとて勝利宣言とは気が早い。判断を急くにも程があるぞ、ロコル。先に勝利の盤面を崩してみせたのは貴様の方じゃないか──ならば今度は、我が貴様の勝利の盤面を打ち崩す番。それもまたひとつの道理だ。そうではないか?」
「うーん。それはまあ、そうっすけど」
ロコルが《高圧発生装置》をデッキから引き出したことで壊滅した、大回廊と修道女による鉄壁の布陣。その形をなぞるように次はミライが《クリアワールド》とブレイザーズの布陣を突破すること。もちろんそれは、この勝負がドミネファイトである以上、一見して完璧に思えるコンボにも必ずどこかに穴があるという鉄則からしても決して不可能ではないけれど。だからこそそうさせるつもりはない、という意味も込めての勝利宣言の挑発であったのだが──そのことに気付いているにせよいないにせよ、おそらくミライの返答は変わらず。きっとその心や思考を乱すこともできやしないだろうと悟り、ロコルはそれ以上の口八丁を控えることにした。
「それじゃミライちゃんがどんな風に反撃してくるかを楽しみにするとして、その前に自分のターンをきっちり締めておくっす」
ブレイザーズを即座に蘇らせることはしないと言ったロコルだが、しかしミライの指摘正しく、彼女がこのターン中にまだ《クリアワールド》の復活効果を使っていないことは事実。
「せっかく使えるものを使わないのは損っすからね。ミライちゃんのターンに出てきてほしいブレイザーズ以外のカードを復活させるっす……と言っても対象にできるのは一枚しかないっすけど」
破壊された偽聖女やドッペルズは当然ながらトークンであるためにロコルの墓地には眠っておらず、そこにあるブレイザーズ以外のカードは他に一枚だけだ。復活させて直ちにそれが活躍するわけではないが、しかし勿体ない精神そのままにロコルはそのカードを呼び戻すことにした。
「場に出しておけばとりあえず効果は適用されるっすからね。というわけで《クリアワールド》の復活効果起動! 墓地から無陣営オブジェクト《トツカノツルギ》を再設置するっす!」
《クリアワールド》エリア
《トツカノツルギ》オブジェクト
《英雄叙事詩》オブジェクト
《高圧発生装置》オブジェクト
《ロストボーイ》
コスト1 パワー1000
《仄暗き修道女・トークン》
コスト4 パワー2000→3000 【好戦】
トークンを強化する《トツカノツルギ》の効果によって灰色の修道女のパワーが僅かに上がり、【好戦】を得た。ミライのフィールドはユニットこそ全滅しているもののエリアカード《仄暗き大回廊》は健在であり、その効果で実質的に《トツカノツルギ》は封殺されているようなものだが、とはいえ場に戻さないよりは戻した方がいいだろう。それは《廃品業》という場のオブジェクトと引き換えにその分だけドローできるスペルを目にしているミライからしても理に適った選択であった。
「それが貴様の締めか」
「っすね。もう発動できるカードもないし、アタックできるユニットもいない。自分はこれでターンエンドするっす」
「ならば我のターン!」
ドローを行なうべくデッキの上に手を翳したミライは、その姿勢でぴたりと止まった。集中力を高めている。彼女の顔付きから、そしてオーラの蠕動からもそれは明らかで。しかしてロコルはその様子を眺めながら沈黙を貫いた。自身のオーラをぶつけてのドローの阻害。運命力を引きずり下ろす行為には出ず、ただ凪いだオーラを身に纏ったままで静かにそれを見守っていた。
──相も変わらずオーラの消耗戦に臨まない、まるで動きを見せないロコルが何を考えているのかわからないミライだったが。だがなんにせよ邪魔が入らないのは彼女にとって好都合以外の何物でもなかった。
(そこまでオーラ切れに怯えているのか? 確かにロコルは見るからに思考派。感情派の我と量比べには及びたくないだろうが……)
思考派は頭でオーラを回すために洗練された操作が可能だが、怒りや昂りを糧にオーラを生み出せる感情派に比べれば量に劣る傾向がある。反対に感情派はオーラの使い方に無駄が多くなりがちなために燃費という観点ではとんとんといったところだが、それは単純なぶつかり合いという一場面だけであれば感情派が制しやすいということもである。その代わりぶつかり合い以外の場面においては思考派が細かく差をつけていくので、結局のところどちらにハッキリと有利不利があるというわけでもなく、一概に相性の良い悪いで語れるものではないが。少なくとも感情派のミライが見た限り、思考派であるロコルは露骨なまでにこちらとのがっぷりよつを避けている──それはつまり、オーラの押し合いを回避したがっているということ。
それこそがオーラ操作を身に着けたドミネイター同士のファイトにおける花形だろうに、と若干の不満と共に「ふん」と鼻を鳴らしてミライはスタートフェイズへと入る。
(オーラ充分、運命力十二分! 精々来もしない後を見据えて節約に勤しめばいい。貴様と戦う我にオーラ切れはない、どれだけ消耗しようとこの昂りは! 後から後から我に力を授けるのだからな!)
引ける。求めたものが間違いなくそこにある。その確信を以てミライはカードを掴む手に力を込めた。
「スタンド&チャージ、そしてドロー!!」
「!」
あたかもミライのドローが生んだように、一陣の風が舞台を吹き抜けていく。それさ濃縮されていたオーラが発散した故の現象だとロコルが驚きながらも理解する中で、まだ引いたカードを確認しない内からミライは力強く言い切った。
「ロコル。貴様の盤面は、崩れた」




