29.アキラとコウヤ、親友の背中
「切り札の、封印……」
自分で言えば切り札とは、ビーストのカード。《ビースト・ガール》を始めとする主力の数枚をファイトでは決して使わない──それは厳しいなどというものではない、とアキラはコウヤがやっていることを己に置き換えて考えてみて戦慄する。
そもそもビーストカードを攻めの要に置いている彼なので、その主役たちを抜いてデッキが成立するはずもないのは当たり前のことだが。しかし当時七歳だったコウヤがそれと同じだけの荒業に挑もうとしたのは事実。彼女だって、当時のデッキの顔が例のドラゴンであったことに議論の余地はないのだから。
「その頃にはもうアキラは、大切なカードをファイトで乱暴に使いたくないっつって集めるだけになってたよな? いわゆるコレクターってやつだ。だからアタシが新デッキを作るのに四苦八苦してたのにも気づかなかったろ。ま、アタシ自身誰にもそれを悟られたくなくて頑張って隠してたわけだけどな」
「そうだったのか……確かに、俺の記憶ではいつの間にかデッキの中身がごっそりと変わってたって感じだ。《フレイムデーモン》を使い出したのはそれよりもう少し後だったかな」
「そーだな。ドラゴンの代わりってわけじゃねーけど、やっぱデッキの中心に据えられるような切り札は必要だと思ってよ。そんで採用したのがデーモンだ。今じゃすっかりアタシもデーモン使いってことになってるよな」
その言い方は、やはり彼女自身はドラゴンこそを今でも真の切り札だと思っているのではないか。そう窺えるような言葉だった。それを聞いてアキラは。
「やっぱり凄いな、コウヤは」
「え?」
「成長するためにあえて切り札を封印する。そうやってそれだけ強くなったのに、DA受験に挑むって時にもドラゴンに頼ろうとしないんだから」
父からカードの強さにおんぶにだっこであると指摘され、それを払拭すべくコウヤはドラゴンに頼らずとも勝てるようになった。今の彼女であれば満を辞して切り札の封印を解いたとしても、カードに操られるようなドミネイターにはならないはずだ──アキラとしてはそう思うのだが、しかしコウヤはこの大事な試験においてもドラゴンの力を借りようとしなかった。そこに彼女らしい誇り高さを見て感嘆するアキラに。
「……そうじゃ、ないんだ」
ふるふると少女は首を横に振った。
「そうじゃないって?」
「ああ。何も凄くなんかないんだよ。アタシはただ──怖かっただけだ。強くなったつもりでも、一度ドラゴンに頼ればまた頼りっぱなしの、駄目だった頃の自分に戻っちまうんじゃないかってさ。それに……」
何か言いにくいことなのかそこで一旦口を噤みかけたコウヤだったが、アキラの静かな眼差しに押されるようにしてまた口を開く。そこから漏れたのは、紛うことなき弱音という名の彼女の本音だった。
「アタシがドラゴンを使ってる姿を、お前に見せたくなかった」
「え──ど、どうして?」
「だって……アキラが切っ掛けで一緒にファイトをやるようになったのに、お前は次第にファイトしたがらなくなっただろ。それはひょっとしたら、アタシのドラゴンにずっと負け続きで嫌気が差して、そんで戦うことをやめちまったんじゃないかって……それをずっと気にしてたんだ。だから、アタシがまたドラゴンを使い出したら、またお前がファイトから離れていっちまうような気がして」
怖気づいていたのだ、と。コウヤらしくもない小さな声で呟いた彼女に、アキラは目を丸くさせる。
「そんなことを考えていたのか? それは誤解だよコウヤ」
「でもよ」
「でもじゃない、本当に違うんだ。だいたいあの頃の俺たちのファイトはルールなんてめちゃくちゃもいいところの、まさに子供の遊びだったじゃないか。ただカードを順番に出し合ってはしゃいでいただけだ。それでもコウヤに勝てた試しはなかったけど……でも楽しかったよ。俺がファイトをしなくなったのは、ルールを覚えだして、自分よりもずっと真剣に戦っているドミネイターたちと触れ合うようになって──少し怖くなった。大切なカードを競い合うための道具にすることに、抵抗があった。それだけのことなんだ。コウヤに負け続けたのとは関係ないよ」
あるいは、同じ時期にドミネイションズを始めたコウヤが本格的にそちらの道へ進み始めたのを感じて、その邪魔をしてはいけないと身を引く意味もあったのかもしれない。
ファイトにのめりこめない自分では、彼女の足を引っ張るだけになってしまう。それだけは嫌だ、とあえてプレイヤーとは正反対のコレクターになっていったのかもしれない──当時の機微に関してはアキラ自身にももはや断じられるものではないが、しかし当たらずとも遠からずだろう。少なくともコウヤの決断にはアキラが関係しているし、アキラの決断にもコウヤが関係していることには間違いがなかった。
コウヤはファイトの楽しさをアキラに教えられ、アキラはファイトが楽しいだけでなく厳しいものでもあることをコウヤに教えられ。そして今、アキラは今一度ファイトの楽しさをコウヤから教わり、コウヤはファイトに含まれる厳しさという一面を改めてアキラから教わったのだ。
「そう、だったのか。じゃあ、アキラはアタシのせいでファイトをやめたわけじゃないんだな?」
「うん。むしろ逆だよ」
逆? と訝しむ少女にアキラは優しく笑いかけて言った。
「あの頃のコウヤとの思い出が……むちゃくちゃだけど楽しくて仕方なかったファイトの記憶が、俺の中でずっと輝いているから。だからこうしてまたファイトへ戻ってこられた。ドミネイターになることができたんだよ。それはドラゴンを操るコウヤが、俺にとって何よりも魅力的だったからだ」
「なっ……!」
魅力的などと異性の親友からいきなり告げられては、年頃の少女としてはうろたえずにいられない。消沈もどこへやら瞬間的に顔を赤く染めるコウヤだったが、けれどそうさせた側のアキラは一切気にする様子もなく──どころか気付いた様子すらなく、歯の浮くようなセリフを並べていく。
「俺はコウヤが好きだ。大好きだ。友達としても勿論、ドミネイターとしても大好きで、誰より尊敬している。コウヤにとってドミネイターの師匠はコウヤのお父さんなんだろうけど、俺にとってはコウヤがまさにそれだ。俺の、目標。いつか追いつきたい背中……それはやっぱりドラゴンを使うコウヤなんだ」
「……なるほど、な」
好きだ、の部分では先のファイトで使った《灼熱領域》よりも余程熱を持っていたコウヤの頬だが、言葉の先を聞く内に言っている意味がわかってきて──『そういう意味』ではないとわかって、と言うべきか──だんだんと落ち着いてきた。まだ頭には熱がこもったままだが、それを悟られないようにと冷静に努める。
「まあなんだ。要はアキラは、ドラゴンを使うアタシをぶっ倒したいってわけだな」
「それはちょっと乱暴な言い方だけど、そうなるかな。俺が本当にコウヤへ追いついたって胸を張れるのはその時だと思う」
ドラゴンを使わない彼女が弱い、というわけでは決してない。知っての通り彼女はドミネファイトが特に盛んであるミヨシ第三小学校の中でも最強の名をほしいままにしている有名ドミネイターなのだ。本当の切り札が不在であってもその実力は本物であり、アキラとしても今回の勝利にケチを付けたいとはちっとも思わない。だがそれでも、彼にとって『最強のコウヤ』とはドラゴンカードを相棒とするコウヤなのである。
本気ではあっても、現在の切り札の《フレイムデーモン》を引き出すことができても、しかし決して全力の彼女と戦えたわけではない。コウヤの全てを引き出せてはいないのだと、そう感じてしまうのだ。
「はは……なら、尚更この結果は順当だな。ドラゴンを敵に回したいっていうアキラと、ドラゴンを使うのを怖がったアタシ。そりゃー勝つのはお前だぜ」
そんな弱気に見て見ぬふりをしていたのだから、受験に落ちるのも仕方ない。そう結論付けたコウヤの表情は、悔やむような言葉とは裏腹に非常にさっぱりとしていた。
「コウヤ……」
「頼むぜ、アキラ。アタシの分までDAで活躍してくれよ」
拳を突き出した彼女に、アキラはぐっと唇を噛んで。それから自らの拳を当てることで了承の意とした。──その時、ドミホの受験アプリに新たな通知が表示された。




