289.色の重み、無慈悲なパワーダウン!
ブレイザーズが亜空間より取り寄せたその物体は、SF作品にでも出てきそうな複雑な形をした機械であった。ドスン! と鈍重な音を立ててフィールドに設置されたそれはオブジェクトとしては脅威の7コストを誇る、ミライにとってまったく未知なる兵器であった──そう、兵器だ。一体何をするためのものなのかまるでわからずとも、しかしそのことだけは確信できる。
(これは我にとって──我の戦線にとって、非常に良くないものだ!)
ドミネイターとしての直感が訴えるアラート。ミライの脳内に鳴り響くそれの正しさをロコルが証明する。
「場に出た《高圧発生装置》の起動型効果を発動するっす。このオブジェクトがフィールドにある限り、プレイヤー双方のユニットは所属する陣営ごとにパワーが3000! 下がるっす!」
「っ、パワーダウン……バフではなくデバフ型の常在型効果! それも陣営『ごと』に、ということは──」
「ご明察っす。二色以上を持つ混色ユニットの場合は色ごとにマイナス3000してもらうっす。つまりミライちゃんの『仄暗き』ユニットたちは軒並み6000のパワーダウンを受けるっす! 反対に色を持たない無陣営ユニットは、陣営に属していないと見做されてこの効果の適用外となるっす」
「貴様のデッキに無陣営以外のカードはない。つまり我だけが一方的に被害を受ける、ということだな……!」
「そうなるっすね。そして忘れちゃいけないのが、パワーがゼロになってしまったユニットは自主的に墓地へ行くっていうドミネイションズのルール。これは効果による除去じゃないっす。だから《仄暗き修道女》が全体に付与する『相手の効果では場を離れない』耐性でも防げないっすよ!」
ミライは臍を噛む。まさかロコルの言う解決法がここまで的確なものであるとは、想像だにできなかった。効果で場を離れない耐性は言うに及ばず強力で、大回廊が付与する戦闘破壊耐性と合わさって己が戦線は決して崩されない強固な布陣となった。その評価が大言ではない程度には、大回廊と修道女の組み合わせは完璧であると誰もが認めるだろう。
先にも言ったように、極々稀に存在する「プレイヤーが自身のユニットを場から取り除かなければならない」効果でもぶつけられなければ──そしてその場合でも、全体除去でもない限りミライには修道女以外のユニットを取り除く選択肢が残されるのだから──まさしく無敵の盤面であると。彼女がそう自信を持つのもなんらおかしくなかった、はずだった。
しかしてもうひとつ。『プレイヤー自身が選ぶ』というルール上における最強の除去に並ぶ、もうひとつの最強。『パワーがゼロになったユニットは墓地へ置かねばならない』というルールを利用した問答無用の除去もミライの盤面を崩す最適解に違いなく、ロコルのデッキにはその用意もしっかりと組み込まれていた。それを持ってくるためのブレイザーズが既に手札にあったから、だからロコルには焦りがなかったのだと。あんなにも落ち着いてオーラの節約に専念することができたのだと、ようやくミライには事の真相が見えた。
「やらせてもらうっすよ──色に沈む地平! ミライちゃんの場の白黒ミキシング『仄暗き』三体は6000ダウン、白単色の《雨天のレウラ》は3000ダウン! どれひとつも生き残らないっす!」
《仄暗き聖女》
パワー5000→0
《仄暗き指導者》
パワー6000→0
《仄暗き修道女》
パワー5000→0
《雨天のレウラ》
パワー1000→0
「ちィっ!」
一斉に生命力を失い、ミライのユニットは揃ってフィールドに存在を保てなくなってしまった。ロコルの言う通りに修道女の耐性もなんの役にも立たず、四体は全て自発的に墓地へ行ってしまう。それを止める手立てなどミライにはなかった──が、そこで彼女はとあることに気付く。減ったのは、己のユニットだけではない。ロコルの場にも被害が出ているではないか。
「……!? どういうことだ、《高圧発生装置》は無陣営ユニットを害さないとたった今聞いたばかりだぞ。だというのに何故、ブレイザーズ・ナイトが消えていく!?」
「言ったように効果自体は無陣営ユニットを傷付けないっすよ? でも《高圧発生装置》は見ての通りの威力っすから。効果起動の度に一体、自陣のユニットを捧げなくちゃいけないんすよ。7コストもかかる上にユニットまで犠牲にしなくちゃいけないなんてひどいカードっすよねぇ……でもまあ、それでミライちゃんの戦線を崩せたんだから上々っすけどね」
ユニットを犠牲にしなければならない。それは重い制約のようであって、しかし今のロコルが口にするならとんだ欺瞞となる。確かに《高圧発生装置》はいくら色の縛りがない無陣営かつ強烈な除去が行えるカードと言っても、だからとてどんなデッキにも悩まず投入できるものではない。それは認めるが、けれど多大であるはずのコストはブレイザーズの効果で無視し、犠牲になったユニットはいくらでも《クリアワールド》で蘇らせることができる。そんな状況下での《高圧発生装置》にはもはや扱いにくさなど皆無である。それがわかってしまうだけにミライの目付きはますます険しくなっていく。
たった今ロコルの場にも強固な布陣が完成したのだ──毎ターンパワーダウンの除去が来る。しかも常在型の常としてユニットへの作用は永続するようで、仮にパワー7000以上の『仄暗き』を出したところで二度目のパワーダウンには耐えられない。余程に桁外れのパワーを持つユニットでもない限りは長く生きられないことになる……これでは大回廊のパワーアップ効果も虚しいだけだ。
「こんな方法で戦線が壊滅させられるとはな……しかも貴様はそのための犠牲としてよりにもよって呼び出したばかりのブレイザーズ・ナイトを。エースユニットを指定した。そしてまだこのターン、《クリアワールド》の復活効果は使われていない」
「あー……そう思うっすよね。すぐに復活させて、もう一度ブレイザーズのオブジェクトサーチを発動させるって。それができるならモチそうするっすけど、生憎とブレイザーズには同名ターン一の制約(同名カードが既に効果使用済みである場合、それとは別カードであっても同じ縛りが付くこと)があるんで、仮に二体同時に召喚したとしても片方のブレイザーズしか登場時効果は使えないんすよ。だからこのターン中に復活させたところでオブジェクトはサーチできないっす」
「ほう」
やっていることは『サーチからの無コストプレイ』という強力ではあっても特に捻りのない内容だが、しかしそれが無陣営である上に同名縛りが付いているとなるとやはり《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》はとても珍しい……いっそ珍妙と言ってもいいくらいの変わったカードだ。そんな変わり種をどこぞより入手しデッキのエースにまで据えているロコルはもっと変わっているが、とにもかくにも。ブレイザーズのターン一の制約とてロコルにとっては大した縛りにはならない。
「《クリアワールド》は我のターンにも復活効果が使える。つまり我に手番が移れば貴様は即座にブレイザーズを蘇らせ、新たにオブジェクトをサーチ・プレイができるということ。持ってくるオブジェクト如何によっては我の行動を阻害することもできる……貴様はそういう布陣を敷いたのだ。そうだろう?」
「またまたご明察っす。言ってしまうなら自分はもうこのファイト、『詰める』段階に来てるっすけど。果たしてミライちゃんにそれを止められるっすかね──?」




