288.颯爽登場ブレイザーズ・ナイト!
ロコルは引けなかったのではなく元から「引く気がなかった」。そして己は引けたのではなく「引かされた」のだとミライにはわかっている──されども、だからといってそれに対抗してあえて「引かない」のが正しいわけでもない。ここでクイックカードを引かせてもいいとロコルが考えていることは明白で、ならば引いたとてどうとでもなる……どうとでもできる自信があるのも明白であり。つまりは無意味なカウンターを撃たせてカードやオーラの消耗を促されているのだ、とドローの時点で理解していたミライだったが。
「なんとでも皮肉を言えばいい。なんにせよ《雨天のレウラ》が我がライフコアをひとつ守ったことは事実。こいつの活躍がそれのみになったとしても充分というものだ──さあ、『やること』はやり終えただろう。さっさと呼び出せ、貴様のエースユニットを!」
「あはは、マジに熱いっすねミライちゃん。そこまで熱望されちゃ勿体ぶるのも勿体ないっす。それじゃ行くっすよ、溜まった七つのコストコアを全てレストさせて召喚──来い、とこしなえの剣! 《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》!」
《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》
コスト7 パワー5000
白い全身鎧に身を包んだ大柄な、けれど細身の騎士。持つ武器も両手剣にしては細く長い、見るからに精緻な扱いを求められる難度の高い代物だが、それをひゅんと振るって身構える白騎士はその独自の姿勢と相まって一目で只者ではないとわかる。これが、ロコルのエース。《クリアワールド》と肩を並べる無陣営デッキの切り札の一枚──。
いったいどんな能力が、とこちらも自然と身構えたミライに対しロコルは。
「ブレイザーズ・ナイトは無陣営ユニットにしては珍しく登場時効果を持ってるっす」
「!」
登場時効果持ちが珍しい。これもまた、ミライも知る無陣営の特徴のひとつだ。実際無陣営ユニットと言えば、相手ユニットの登場時効果を我が身を犠牲に防ぐ《ロストボーイ》や、プレイヤーのコストコアを任意の色に変えられる《円理の精霊アリアン》など、青陣営とはまた異なった方向性で癖のある能力が多い。それこそが無陣営が単独で戦うことを想定されていない、あくまでも他の陣営の差し色とするのが推奨されている陣営だという証明になる。
けれどロコルはそれを知っていながら、その常識に歯向かうようにして無陣営だけでデッキを組んでいる。からには、当然いたっておかしくない。というよりもいなければおかしい。強力な登場時効果を持つ無陣営ユニットという稀有なカードが投入されているのは当たり前のことでしかない──問題なのは。
そのユニットがエースとまで称される、7コストという大型ユニットであるという一点。希少さがイコール強さではないドミネイションズではあるが、しかしレアカードの多くはやはり単純に「強い」。それも常識の一種であるのは間違いなく。
「ってことでもちろん使わせてもらうっすよ──ブレイザーズ・ナイトの登場時効果を発動っす! デッキから好きなオブジェクトカード一枚をサーチして! 更にそれが無陣営のオブジェクトだった場合無コストで場に出すことができるっす!」
「なんだと……!?」
範囲の広いサーチに加え、無コストでのプレイ。それはミライの操る『仄暗き』カテゴリが得意とする動きそのままの効果である。まさかそれをそっくりやり返されるなどと思いもしていなかったミライは目を剥くが、そんな彼女に構わずロコルの効果処理は進み。
「さっきまでは別のカードをサーチするつもりだったんすけどね。だけどミライちゃんに先に盤面を整えられてしまったからには今サーチするのはこっちの方が良さそうっす。ってな具合で、場面に応じて呼び出すオブジェクトを変えて対処できるのがブレイザーズ・ナイトの便利なとこなんすよ」
「用途を変えられるとはそういうことだったのか」
納得よりも警戒が強く出ている目付きで睨むミライにロコルは笑みで応じ、ブレイザーズの効果でデッキ内から持ってきたそのカードを彼女に披露した。
「サーチしたのはとーぜん無陣営オブジェクト。よって追加効果により無コストでプレイさせてもらうっす! 本来の7コストを支払うことなく《高圧発生装置》を設置するっす!」
「っ、それも7コストだと──」
前述したようにドミネイションズではプレイするのに7コスト以上を費やさねばならないカードは一般的に大型と区分される。これは主にユニットへ用いられる表現ではあるが、しかし重いスペルを指して大型スペルと評することだってあるように、オブジェクトの場合でもそれは同じ。つまるところ大型になればその分だけ効果も強力になっていくのはどのカード種でも変わらない、ということだ。
必要コストが大きいのであればそれは分相応の効果であり、効果が強力でもカードとしては強力と称せないのがドミネイションズの難しいところであり面白いところでもある。故にこそコストパフォーマンスの面からの評価や、デッキ構築におけるコストカーブをどうするかドミネイターは延々と悩み続けることになるのだが……それはともかくとして。
巧いドミネイターというのは往々にしてただ馬鹿正直に重いコストをそのまま支払うことをせず、上手にズルをするものだ。要は踏み倒し。カード同士のシナジーを活かしたコンボを多数デッキへ組み込むことで、本来は取り回しに難儀するような重たいカードでも軽々と扱ってみせる。そんなプレイングにこそドミネイターとしての歴戦の経験が如実に表れるというもので、とりわけこれはファイトを優位に進めるための特に重要な技術でもあった。
(オーラがどうとか運命力がどうとか。そういう所謂『ドミネオカルト』にはまったく関係しない、デッキの構築力とプレイの判断力! 奇跡を引き寄せるのは勿論のこと、奇跡に頼らない戦い方だってドミネファイトには欠かせない。オーラ操作の技術を身に着けたからってそこだけは勘違いしてはいけないと、これも母上から口ずっぱく忠告されたことだ)
オーラを認識し、操る術を習得したドミネイターが真っ先に陥りがちな誤解にして瑕疵。それこそがオーラ偏重の思想であり、翻ってのオーラを操り切れないドミネイターを下に見る行為。オーラにかまけるあまり素のプレイングに支障をきたしたり、デッキビルディング能力が錆び付いてしまうドミネイターはいつの時代も後を絶たないものだとミライは母と祖母から何度となく聞かされてきた。それは浅ましいことであると、ファイトの薫陶を受けている最中も常に忘れてはならじと教え込まれた成果はしかと出て。ミライは十三歳ながらにオーラ操作を覚えるのと並行して素の技量も疎かにすることなく高めてきており、思考派ではなく感情派に属する者としては珍しいまでにバランスの取れたステータスをしている。
という自覚が、彼女自身にもあった。
(だがそれは宝妙たる我の専売ではなく、九蓮華たるロコルもまた同様だったわけだ。貴様のドミネ修行もさぞや厳しいものだったに違いない……)
自身がそうだったからこそ、自分のことのようにわかる。ロコルがこうも磨き上げられるまでにどんな苦難を味わってきたか、どんな苦労を乗り越えてきたか、手に取るように。身につまされるように伝わってくる。そしてだからこそ──ミライはロコルに、立場も実力もまるで鏡映しのような彼女に。
どうしても勝ちたいと、そう強く願うのだ。




