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287.口車と熱

「どういう意味だ? 解決札を引く必要がない、とは……よもやロコル、貴様まさか」


「そうっす。だって解決札と言うのなら。《仄暗き大回廊》と《仄暗き修道女》、この二枚それぞれの耐性でガチガチに固まったミライちゃんの盤面──をためのカードなら、既に自分の手の中にあるんすから。だから前のターンにコストコアをブーストしておいたんすよ」


「……! 我が修道女を呼び出すよりも先に、解決を図っていたと……!?」


「結果的にっすけどね。本当はもう少し違う使い方をするつもりだったっすけど、この子の強さはまさにそこにあるっすから」


「場面に合わせて用途を変えられるようなカード、ということか」


「お、やっぱ理解が早いっすねー」


 などと褒められてもミライはいい顔をせず、むしろ渋面を作った。これもまた確度の高い予想。《クリアワールド》の展開からトークン殺法とは別のスタイルを取ることが確定的な彼女が、ブーストを行なってまで登場を早めたカード。どんな場面でも活躍の見込める、ロコルが信を置く一枚。これらの情報が指し示す答えはただひとつ。即ちその一枚とはロコルのデッキにおける──。


「大正解っす、ミライちゃん! これから自分のエースをお見せするっすよ」


「やはり切り札級……! それを手札に抱えていたのか!」


 序盤はいくらでも使い捨てられるトークンによって戦線を繋げ、コストコアが溜まってきたのを見計らって主軸を切り替える。おそらくはそういった戦い方がロコルの無陣営デッキの目指すところなのだろう。《ロストボーイ》という登場時効果封じの小型ユニットも、考えてみれば如何にも時間稼ぎのためのカード。そうやって盤面を互角以上に保ちながら満を持して戦場へ投下されるエースとは……その一枚でフィールドを大きく塗り替えるだけの絶対的な力を持っている。それはロコルの言い分だけでなく、ドミネファイトのセオリーから言っても確実なことであった。


(つまりロコルは得意の緑陣営でやるような典型的なビートダウン。小粒で戦線を押してそのまま大型へ繋げるという戦法を、そっくりそのまま無陣営でやっているのだ。そして今の今まで我にそのことを悟らせなかったと──くくっ、なんとも腹立たしいことだな)


 見え見えのはずだった。《ロストボーイ》も、次々に生み出されるトークンたちも、ロコルのファイトの運び方も。それらを材料に彼女が本当は何を狙っているかなどわかって当然のはずだった。なのに気付けなかった、そこに目が向かなかったのは、トラッシュトークめいたロコルの言葉選びや無陣営という特殊なカード群によってミライの意識が逸らされていたせいだろう。トークン殺法などという今思えば聞こえよがしが過ぎる物騒な命名も、そしてその名付けが過剰とは思えないオブジェクトによる戦線の作り方も。ロコルが披露する新戦法としてはまったく不足なく目にも鮮やかで、だからその奥にあるものにまでは目線が届かなかったのだ。


 奇抜な策を採っているように見せかけて、その実ロコルはこれ以上なく基本に忠実な、どこまでも堅実な戦い方をしていた。それは《クリアワールド》の展開を眺めておきながらミライに『大型の到来』を予感させないだけの確かな効力を発揮したと言えよう。


(我が切り札である大回廊にも劣らぬエリアカードである《クリアワールド》。その真価とは、無陣営に限るとはいえ復活手段の限られたオブジェクトカードを何度でも墓地から呼び戻せること──。それも《クリアワールド》の持つ強味ではあるが敵対するにあたって最も厄介なのは! 強力な効果を持った大型ユニット! それも登場時効果を発動させるタイプのユニットとの相性が、反則的なまでに良いということ……! なかんずくエースを名乗れるほどのカードとの掛け合わせの凶悪さは言うまでもない)


 一度召喚を許してしまえば《クリアワールド》がある以上は何度撃退しようともその度に蘇り、場を荒らす。それこそが無陣営のみをサポートするこのエリアカードの真の恐ろしさ。こんなことは考えるまでもなく明らかであるというのに、そしてロコルはコストコアのブーストというあからさまなまでの行為を見せていたというのに、今の今までミライはそれに対する警戒をしていなかった。まったくの無警戒、というよりも優先順位の下位へと回していた結果だが、そうするように仕向けたのはロコルなのだからミライのこれは失態ではなく失敗である。


 7コスト以降を──明確な区分でこそないが──『大型』と呼ぶドミネイションズカードにおいて、先んじてその領域にまでコアを伸ばしたロコルに対し、あまりに迂闊であった。戦線を先に完成させたことも合わさってミライは己が知らず浮かれていたことをここに悟る。


(ちっ、上手く乗せられていたな。これもロコルの手の内か。九蓮華打倒の悲願に志を燃やしても思考だけは冷静沈着に……そう母上から何度となく注意されていたというのに。つくづく失敗だ)


 けれどもしかし。これを失敗と認め反省する頭とは裏腹に、心の部分ではミライは「それがなんだ」と笑っている。


 確かに乗せられた、熱くなり過ぎた。一癖も二癖もある相手だと知っていながら少々真っ直ぐに物を見過ぎていた──だがそんなことは些事だろう。取り返しのつかない愚を犯したわけでもなし、ただ単に意表を突かれただけ。その程度の代価で手に入れた『熱』だと思えばいい買い物である。何せ感情派のミライにとっては熱こそが何より重要な強さのファクター。原料にもなるのだから、今ここにある熱さは掛け替えのない代物だった。


「さてさてっす。エースを登場させる前にやることをやっておくっすかねぇ。まずは《ロストボーイ》でミライちゃんへダイレクトアタックするっす!」


 ととん、と軽やかな足取りで敵陣へ飛び込んだ灰色の少年。彼は小柄ながらに脚力は相当のものらしく、勢いそのままに振り上げられた蹴り脚は簡単にミライのライフコアのひとつを打ち砕いた。


「ちィ……ッ!」


 守護者ユニットである指導者を攻め込ませた、先のターンの果敢なプレイング。その対価として自身もライフコアを奪われることに関しては受け入れるミライだったが、受けた一撃が「案の定」に軽いこと。ロコルのオーラがまるで搭載されていないことにギチリと歯を鳴らす。


(だが仕方がない、また乗せられてやろうではないか!)


 砕けたライフコアがプレイヤーへもたらす力の光。それに導かれてミライはデッキの上へと手を伸ばす。


「ブレイクされたことによりクイックチェックのドローを行なう! 我が引いたのは──白のクイックユニット、《雨天のレウラ》! 当然無コストでプレイする!」


 《雨天のレウラ》

 コスト3 パワー1000 QC 【守護】


 背負った雨雲と極端な下がり眉が特徴的な、翼持つ女性天使。その登場と同時に起こった自陣の異変にロコルは素早く気が付いた。


「まだアタックしていないのに……修道女トークンが跪いたっす?」


「レウラの登場時効果を発動させた。こいつは場に出ると同時に相手ユニット一体をレストさせることができる! これによって修道女トークンでの追撃は不可能となった!」


「むむむ、やるっすねミライちゃん。【守護】持ちの上に攻撃を止める能力まで持ってるクイックユニットを引いたっすか。二回チェックしても何も引けなった自分とは大違いで羨ましいっすよ」


 ロコルからの賛辞に対し、ミライは本当にやりにくい奴だと内心で零しながら再び舌を打ち鳴らすことを返事とした。



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