286.見透かされたデッキ!
「威勢のいい言葉はいくら聞いてもいいものだ……だが言うだけならどこぞの馬の骨にだってできる。口ばかりでないと我に証明してみせろ、ロコル!」
「いいっすよ」
「……我のようにとは言わんが、せめてもう少し重みのある言葉遣いができないのか? まあいい、その自然体を度量と認めて──餞別代りにくれてやる! 《仄暗き聖女》と《仄暗き指導者》の二体でダイレクトアタックだ!」
「!」
オーラの激突が起こっている真っ只中で敢行された、ユニットによる相手プレイヤーへの直接攻撃。守護者ユニットを持たないロコルにはそれを止める手段などなく、また攻撃を命じた瞬間に引き絞られ一際強く放たれた、まるで撃ち出された矢のようなミライのオーラを防ぎ切ることも叶わなかった。聖女の一撃がライフコアを砕くと同時に守りを貫いて突き刺さるオーラの矢。続けて来たる指導者の一撃も同様で、ロコルはそのどちらにおいてもクイックカードを引くこと能わず。
「──クイックチェックでドローした二枚を、手札に加える。発動はなしっす」
「くっく! 手札が増えて嬉しいなぁ、ロコル。ライフコアの数は逆転したが、それ以上に得る物もあったのだから我が餞別はありがたいだろう?」
「なるほどっす。餞別ってのはこういう意味っすか……ミライちゃんも豪放なようでいて意外とねちっこい意地悪を言うもんすね」
ブレイクによって手札をプレゼントする、とは言い換えれば「クイックカードを引かせない」のと同義だ。何せクイックカードを引き、そのまま使用すれば、カウンターは成るがその分手札も増えない。それでも手札が一枚増える以上の恩恵が無コストのプレイにはあるために誰しもがクイックチェックの際にはクイックカードを引けるよう祈るわけだが、一角以上のプレイヤー。ミライのようにオーラ操作を身に着け、相手に意図的に「引かせない」戦い方ができるようなドミネイターを相手にする時はただ祈るだけでは望むカードなど引き当てられやしない。
それを掴み取るには自身もオーラを操ることが必須。オーラにはオーラでしか対抗できないのだから──それを技術として確立させているかはともかくとして──同じ土俵に立つためにはその方法しかない。即ち力業。相手の力に対しもっと大きな、あるいは最低でも同程度の力で以て抗うこと。その例で言えばロコルは今、ミライの一拍の呼吸の間を撃ち抜くような力業でいながら多分に繊細さも感じさせるオーラ操作によって、まんまと不覚を取らされたところである。襲い来るオーラに対しオーラの防御が間に合わなかった。というより、薄い部分を的確に抜かれた。そういう表現が正しいだろう。
意趣返しのつもりであろうミライの嫌味の利いたセリフに苦笑を漏らしつつ、今し方引いたカードを眺めるロコル。してやられたという思いはあっても過度に落ち込みはしていない。彼女の頭は既に次を考えている……どう反撃するかを企てている、とミライはその様子からそう確信し、そしてもうひとつの事実についても着目する。
(オーラの攻防において上手を取ったことで我が『引かせなかった』というのは間違いではない……だが正確でもない。何故なら、おそらく奴のデッキにはそもそもクイックカードがそう大量には仕込まれていないと予想できるからだ)
無色。色を持たない中立地帯と称される特殊な存在である、無陣営カード。ミキシング以上に数を集めるのに苦労する最新鋭のカードだけあって宝妙家の後継ぎ筆頭たるミライであっても手元にあるのは数えられるほどだが。しかしだからと言って彼女が無陣営に関してまったくの無知であるとは限らない──カードはカード、実物がなくともその情報は出回るもの。そしてミライは天下のドミネイションズ・アカデミアの生徒として日々最先端の学びを得ている俊英でもある。DAの授業においても当然に無陣営は扱われており、一年生の一学期ということもあってそこまで深掘りした内容ではなくとも、少なくとも通り一遍程度の知識はミライも学び終えている。
(色のない陣営、というのを表しているのかどうか。ともかく無陣営には他の陣営に比べて「クイックカードが少ない」という特徴がある、らしい。わざわざ無陣営だけで構築するくらいなのだからロコルのデッキがその常識に反してクイックカードを大量投入している可能性もなくはない、が……)
けれど先の一撃で思いの外あっさりと完封できたことがひとつの保証となる──オーラで運命力を引き上げるとは言っても、元から存在しないものを引き当てることは如何にオーラ操作に長けていようと(それこそその頂点に位置づけられる『覚醒者』であっても)不可能なように、デッキ内に多くあればあるほど引きやすい・少ないほどに引きにくい、という運の左右のされ方はオーラが介在しない通常の確率論と同じなのだ。
つまりミライが容易くロコルの運を捻じ伏せられたのは、翻ってロコルがクイックカードを引く確率が低かったから。そう見做すこともできるというわけだ。
(そうでなければ奴の抵抗にもう少し手応えがあって然るべきだろう。予想の域を出ずとも我の感覚はこれを正しいと言っている……ならばクイックカードによるカウンターを過度に恐れる必要はないな)
無論、元よりそんなものを恐れてプレイングに傷を生むようなミライではないが。けれど高い確率でクイックチェックをやり過ごせるというのなら必要以上に慎重になったりもせず、より攻撃的な戦い方ができる。攻めるべき時に迷いなく攻め入ることができる。これはブレイクのシステム上、ダイレクトアタックの度に必ず反撃の危険に晒されるドミネファイトにおいて甚だ大きなことであった。
(カードの消費、オーラの消耗。そういったリソースの管理に無駄がなくなり、ファイトが遥かに楽になる。これだから無陣営でデッキを組むなどトンチキとしか言えんのだ──しかし貴様はあの『九蓮華』だ、ロコル。歪なデッキとて貴様の手にかかればその歪さが新たな武器ともなろう。だから常に気は抜かん。我の油断など決して期待してくれるなよ……?)
デッキカラーからおおよそのファイトスタイルが見えてくるのはどの陣営を使っていても同じ。相手にある程度の予想を立てられることは避けられない……無陣営のみで構成されたデッキが抱えるそういった負担は他陣営より一層に重くはあるが、けれどそんなものがどうしたと言うのか。それが問題になるようであればいつも通りの緑をメインにしたデッキを使っていればいいだけ。そうせずにまったく別の構築を持ち出したからには、しっかりと用意されているはずなのだ。
ミライからすればまともなデッキとは呼べないそれで、されど誰を相手にも勝ち切るためのプランというものが、ロコルの脳内にはある。
見たい、とミライは純に思う。願う。どうか貴様の本当の力を拝ませてくれ、と。
「我はこれでターンを終了する!:
「自分のターンっすね。スタンド&チャージ、そしてドローっす!」
ライフがふたつ減った代償に行ったツードロー、そしてスタートフェイズでの通常ドロー。この連続ドローによりロコルの手札はミライと同数の七枚にまで増えた。取れる手立てはいくらでもあるだろうとミライは笑う。
「どうだロコル。三枚のドロー……クイックカードこそ来ずとも、何か有用な札が引けたんじゃないか? この窮地をどうにかできる解決札が!」
「うんにゃ、ミライちゃん。そんなものは別に引かなくていいんすよ」
「は……?」
あっけらかんと言い返されたその言葉に、ミライは思わず呆けた。




