282.重なる世界
ロコルが発動したそのカードは、しかしフィールドになんの変化も及ぼさず。そのことに一瞬呆けたミライだったがすぐに思い直して警戒を続ける──エリアカードは確かにプレイされた。ならば自分が気付けていないだけで、確実にフィールドへなんらかの影響があるはずなのだ。
「《クリアワールド》は無陣営を象徴するように色のない、どこまでも透き通った世界っす。だから無陣営の住人じゃない自分たちには『なんの変化もない』ようにしか見えないんすね、きっと。でもミライちゃんが感じた通り、きっちりフィールドは書き換わっているっすよ。ここにあるのは大回廊だけじゃあないっす」
「ふん、やはり不発ではないと。面白いじゃないか九蓮華ロコル……よもや貴様もエリアカードをデッキの土台としているとはな。今日のために用意した本命デッキで我らのコンセプトが重なったこと。陳腐な表現にはなるがそれでも言わせてもらおう──運命的である、とな」
ミライとロコル、個人間の運命ではない。両家に跨る運命。それが決着を望んいるのだと。新たな時代を訪れさせんとしているのだとミライは感じた。……エリアカードを採用しているドミネイターはそう珍しくないとはいえ、しかし常在型効果の特性上その役割はやはりユニットの補助に終始するもの。それに故にエリアカードは大半のデッキにおいて慎ましやかなサポート役を担当することが多い──つまりは「あれば有利になるがなくても戦える」程度のポジションに収まることがほとんどなのである。
エリアカードそのものをコンセプト上の根幹に置き、それがなければ始まらないと。そこまで明確に大きな役割を託し、あまつさえ切り札と称しても過不足ないデッキなどそうはない──辛うじてその例に該当するのは《つまずきの湿地帯》が展開されてこそユニットが本領を発揮する新山チハルくらいで、一・二年生合同トーナメントという参加者が百人を超える校内大会においてもそういったデッキタイプを使うのがミライとロコルの他には彼しかいないこと。この事実からしてもミライがここで運命を感じたのは必然だと言えた。
打倒すべき仇敵が、脱いだベールの向こうで己と同じ顔をしていた。この対面に滾らなければもはやドミネイターではない。
「貴様の世界にどんな力があるのか。我に見せてみろ!」
「いいっすよ──そんじゃ早速の効果を発動するっす!」
「! 大回廊のドロー効果と同じく、常在型ではなく起動型の効果か」
起動型効果を持っている、というだけでエリアカートとしては珍しい。だがデッキの主要を担うともなればやはりそういった変わり種でこそその任が務まるというもので、そこも自身とロコルの考えは合致しているようだ……とまれ大回廊の素晴らしいところは起動型も常在型も共に合わせ持っていることだが。──と、果たしてロコルのエリアカードに《仄暗き大回廊》と相対できるほどの性能があるのかと試すような面持ちを見せるミライだったが、その表情が驚きに切り替わるのは早かった。
「一ターンに一度! 《クリアワールド》は自分の墓地から無陣営カードを一枚フィールドに戻すことができる! ユニットの蘇生もオブジェクトの再設置も区別なくっす! この効果で自分は墓地から《ロストボーイ》を蘇生召喚するっす!」
《ロストボーイ》
コスト1 パワー1000
序盤に自らの能力で散った灰色の少年が再び戦場に舞い戻る。道連れにしたはずの聖女までもが場にいることに彼は妙な顔をしたが、大回廊によって纏う雰囲気をより濃く重くしている彼女を先の人物とは別人と判断したのか「ぷい」と興味を失ったように顔を背ける。その態度に聖女の気配は余計に暗くなった。
「なんのコストもなくユニットだろうとオブジェクトだろうと蘇らせるエリアカード……!」
「そう、それが《クリアワールド》。ミライちゃんの《仄暗き大回廊》みたいにいくつも効果があるってわけじゃないっすけど、このひとつでも充分に強力っすよね? 見えないからわかりにくいかもっすけど、もちろんエリアカードであるからにはこの効果は互いのフィールドに作用しているっす。無陣営カードを蘇らせられるのはミライちゃんも同じっすよ──ただし自身の墓地からしかそれは叶わないんで、一旦は墓地へ無陣営カードを置く必要があるっすけどね」
「わかりきったことを言う。我がデッキに無陣営カードが採用されていないことなど貴様にはとっくにお見通しだろうが……要らん忠告だ。それとも、それもまた挑発のつもりか?」
「いやいや。こればっかりは誠実さのつもりっすよ。言葉を弄して勘違いさせようなんて狡い策をミライちゃん相手にやっちゃった反省として、せめて自分の切り札であるこのカードの力はちゃーんとお披露目しておきたいと思っただけっす──あ、ちなみに。一ターンに一度の復活効果は相手ターンにも発動できるっすから、そのつもりで」
「……!」
自他の手番を問わずに発動できる効果。そうなると《クリアワールド》はターンが往復する間に二枚のカードを復活させられることになる。ミライにそう理解させた上で、ロコルはそのままターンの終了を宣言した。
「さ、ミライちゃんの番っす」
「攻撃権があるのにドッペルズでも聖女トークンでもアタックしない。我にクイックチェックの機会と手札を与えないためか──理解はできるが、焼け石に水の慎重さだな。我のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」
このドローでミライの手札は七枚。大回廊のドロー効果を使えば更に枚数を増やすことができる。ブレイクを先延ばしにするリスクヘッジの意味などあってないようなものだろう。無論、だとしてもこの場面におけるクイックチェックのカウンターをロコルが嫌うのは無理からぬことであろうが──と、そこでミライの思考を遮るようにロコルが。
「ミライちゃんのスタートフェイズが終わったこの瞬間、《クリアワールド》の効果を発動! 墓地からオブジェクトカード《英雄叙事詩》を復活させるっす!」
フィールドに再び鎮座する、豪奢な装丁の施された巨本。それを受けてミライは鼻を鳴らす。
「そうするだろうな、当然に。意気揚々と繰り出しただけあってつくづく面倒なカードだ、《クリアワールド》。これに対応せねばならんと思うと心の底からうんざりする──よりも先に。喜びが来るがなぁ、九蓮華ロコル!」
倒し甲斐がある。その一点の歓喜はそれ以外の全てを塗り潰す。圧勝よりも苦戦を望むのはドミネイターとして健全か否か人によって意見の別れるところであろうが、少なくともこのファイト。両者の実力のみならず御三家の家格まで天秤に乗せられた勝負において、一切の均衡すらなく趨勢が傾くのでは格付けの一戦に不足してしまう。張り詰めるほどに拮抗し、弾けるように決着を迎える。そういったヒリつくファイトの先にこそミライの望むものがある。待ち望んだ未来があるのだ。
故に彼女は苦難を、ロコルの戦術の脅威を歓迎する。それが強力であればあるほど、打ち破った暁には確固たる証明となる……揺るがぬ告示となる。世間一般へ宝妙の産声を知らしめる歴史の転換点として、語り継がれる勝負となる。
宝妙ミライの名と共に。
「敵に不足なし、ならば我も! このデッキの真の恐ろしさというものを貴様に披露してやろうではないか!」




