280.仄暗き物量殺陣!
光源に乏しい大回廊において、されどその宣言と共に指を二本立てるミライの姿はロコルからもよく見えた。
「我の場には聖女と指導者、二種の『仄暗き』ユニットがいる。よって《仄暗き大回廊》の効果で二枚ドローだ!」
立てた指の数通りにデッキから新たなカードを引く。これでミライの手札は合計六枚。彼女とて序盤から惜しまずそれなりの枚数のカードをプレイしているというのに、ロコルとの差は縮まらない。そしてここからその差は更に広まっていくだろう──指導者の墓地回収に、聖女のサーチ。その上ミライが切り札と称する大回廊にまで、エリアカードとしては珍しくドロー効果を有していること。これらの事実から彼女の操る『仄暗き』とはつまりそういうカテゴリであると察せられる。
「アドバンテージの確保に余念がないっすね……! 緑陣営で言うところの種族『フェアリーズ』に近いことを、カテゴリ単位でやっていく。それがミライちゃんの本気の戦い方ってわけっすか」
「くくく、そうだな。貴様のトークン殺法に向こうを張って言うなら我のこれは『仄暗き物量殺陣』! 互いに回収・サーチを行ない、それが大回廊のドローに繋がる圧倒的なカテゴリ間の繋がりとそれ由来の取り回しの良さによって量で貴様を攻め立てていく。ミキシング同士のシナジーがコンセプトのカテゴリだけあって他のミキシングよりも単体としてのカードパワーを抑えられたユニットが多く、質においては少々劣る悩みもあるが……しかしそこをカバーしてくれるのがこの《仄暗き大回廊》!」
「っ、ということは……やっぱりドロー効果だけじゃあないんすね!」
「そちらも察していたか。そうとも、4コストのミキシングエリアカードがただのドロー増強だけに終わるはずもない。ここは岐路と帰途に迷う弱者へ与えられた求道の一本道。迷いをなくさばどんなに非力な者だろうと敵にとっての脅威となれる──大回廊の効果を適用! 『仄暗き』名称のミキシングユニットは互いの数だけそのパワーが+1000され、更に相手ユニットのアタックでは破壊されなくなる!」
《仄暗き聖女》
パワー1000→3000
《仄暗き指導者》
パワー3000→5000 【守護】
迷いの解消、精神の一本化。そして共に行く仲間がいること。トークンユニットを肉体的に逞しくさせる《トツカノツルギ》による強化とは明らかに様相の異なるパワーアップの仕方で、ミライの場の二体の力が増す。被アタック時限定とはいえ得られた戦闘破壊耐性も相まって、これでロコルのトークンにも劣らないだけの戦力に彼らは成り上がったのだ。
「パワーアップ効果。ドローよりもずっと正統派なエリアカードの力っすね……これが大回廊第二の効果っすか」
「くっく、どちらかと言えばこちらを第一の効果と言うべきだろうがな。起動型のドロー効果と違ってパワーアップは常在型として作用する。大回廊が展開されている限り『仄暗き』たちはその数に応じて際限なく強くなる……美しきかな、結束の力。量が高まることで質も高まっていく。これ以上に貴い一族の在り方も他にあるまいよ」
別に、『仄暗き』のカテゴリに属するユニットが全て血縁であるなどというバックストーリーはない。むしろそれぞれのフレーバーテキストの内容からして彼らが血の繋がりを持たないことは明言されているも同然である。けれどミライはそう見ていない。集い寄り合い力を増す、その弱くも強い在り方に家族の美を見た──宝妙のあるべき未来を見た。少数精鋭と言っていい九蓮華に比して数ばかり多いと陰口を叩かれることもある宝妙の、しかして数多き一族の力が結集したのがこの我であると。それが九蓮華の次代を必ずや打ち破るのだと、彼女は決意しているから。
「もはや戦闘面で優位に立てるとは思わんことだな。《英雄叙事詩》と《トツカノツルギ》のコンボによって確実に我のユニットを上回るトークンを出してくる戦法は、確かに厄介だが。ならばこちらもユニットを強化して立ち向かえばいい、それだけのことだ」
「ちょっと強化し過ぎじゃないっすかー? アタックしても倒せないんじゃ【好戦】の付与がまるで無意味になっちゃったっすし、そもそもパワーでも負けちゃってるじゃないっすか。これじゃトークン殺法のいいとこなしっすよ」
「つまるところ、《仄暗き大回廊》のプレイを許した時点で貴様に勝ち目はなくなったのだ。そう認めるならサレンダーなりなんなりするがいいさ。我は心折れた者を甚振る趣味などないのでな」
一時はロコルも本気になった。本気で勝とうとして、しかし宝妙ミライには敵わず敗れた。その事実さえ衆目に晒されたのであれば必ずしもライフアウトまで戦う必要もない。ミライが拘るのは激闘以上に「完膚なき勝利」であり、それがロコルの降参によって手に入るならまったく構わない。本気も出さない内から勝負から逃げられては憤慨どころの話ではないが、今ならもう──。
「いやいや、何を言ってんすか? ミライちゃんも随分とトンチンカンっすね」
「……!」
──ロコルなら、この気紛れで掴みどころのない少女なら、闘志を漲らせた今し方とも打って変わっていきなり負けを認めても不思議ではない。勝機がないと判断すれば粘らずあっさりと身を引いても何もおかしくない……などという考えが大きな誤解であったことを、ミライは知る。
「頓珍漢、だと? 我の何を指してそんなことを」
「『勝ち目がない』って部分っすよ。……大体わかるっす。九蓮華で、九蓮華のはみ出し者な自分なんで、心からの共感こそできないっすけど。だけどミライちゃんの言ってることは理解できるし、それはミライちゃんなりの正しさなんだろうって納得もできるっす──だけどそれは駄目だ」
ギン、と。ミライを見据えるロコルの眼差しが硬質になる。闘志とはまた別の何かが覗くその瞳に射貫かれ、ミライの背筋にこれまで彼女から一度も感じたことのない怖気というものが走った。
「憎き九蓮華だからといって対戦相手を低く見積もるその行為。見くびり侮るその醜態は、とてもライバルとして看過できないな……っす。夢を見るのも追うのもいい、けれどそれが叶う願望に目を潰されちゃ本末転倒っすよ。そのせいで自分自身を見失った人を、自分はよく知っているっす。できればミライちゃんにはそうなってほしくないっすねぇ」
「……ふん。願望なんぞに潰されるつもりなど毛頭ないが。だが仮に我がそうなったとしても貴様に関係はあるまい。いやむしろ、宝妙の失墜は今の九蓮華にとって歓迎すべきことだろう」
「いやいや。こればかりは家名の方こそなんの関係もないっす。以前は止められなかった自分が、同じ轍を踏みたくない。そういう自戒の念でしかないんすから、極端に言えばミライちゃんにも関係しない、至極自分本位で手前勝手な拘りっす」
「傍迷惑なことだ。貴様こそそんな理屈で我を侮ったこと、後悔では済まされんぞ」
なんにせよ、とミライは思う。不利を押し付けられたと認識できていながら、それでもロコルが諦めないのであれば──それはそれでいい。構わないとは言ったがやはり、ファイトの終わりはサレンダーよりもライフアウトによる完全決着こそが望ましい。勝者は元より観戦者らもそちらの方が見ていて気持ちがいいだろうし、よりはっきりするだろう。鮮明に記憶へ焼き付けるだろう。宝妙が九蓮華の上に立つ、その記念すべき瞬間を。
(目が潰れるだと? あり得ん。我はこの目が映す光景を必ず現実のものとしてみせるぞ……! 貴様がなんと宣おうともな!)




