28.幼馴染対決、決着! 運命を掴んだのは
「来い、来い、来い! 来いってんだよッ、クイックカードォ!」
次々と散っていく命核がコウヤにクイックチェックという新たな力を、窮地を凌ぐための可能性を与える。彼女が熱望するクイックユニットの守護者は手札にもコストコアにも確認できない──つまりはまだデッキに四枚全てが眠っているということ。引ける確率は決して低くない。
いや違う。低くない、ではなく。いつもの彼女であればここで間違いなく引く。引かなければおかしい、そう言っても過言ではないほどの引き運が彼女にはある。ドミネイターたらしめる運命力とでも称すべき目に見えない力をコウヤは確かに持っているのだ。が、しかし。
今回のファイトにおいては。
「バ、カな……! 一枚も引けない、だと……!」
最後のライフコアが破壊されるまでの、四度のクイックチェック。その全てにおいてクイックカードではない通常のカードをドローしてしまったために、コウヤは獣軍団の連続攻撃に対し何もすることができない。おかしい、こんなことはあり得ない、と。かつてないほどの運命力の低下にコウヤはひどく動揺する。癪ではあるが自身と互角の力量であると認めているあの舞城オウラとのファイトでも、ここまで引き運が曇りはしなかった。
ドミネファイトというのはプレイヤー同士の実力のぶつかり合いであり、運のぶつかり合いでもある。どちらが欠けても戦いは一方的な様相を描くことになる。
何よりも知識やプレイング。そういったものが結集して体現される実力こそが重要であることは言わずもがな、ただし、ここぞという場面で粘ったり逆転したりと瀬戸際であればあるほどに真価を問われるのが運の面。必要なカードを必要な時に引けるか引けないか。その分水嶺の行き来の趨勢は互いのプレイヤーの運命力の強弱によって決まる──無論これは比喩であり、ただの確率論を聞こえよく着飾ったものでしかないが。だが、何度もファイトをしてきているドミネイターならば誰しもが感じているはずだ。
勝負には確実に流れというものが存在し、そしてそれを掴み取ることに長けた者は、格別に強いのだと。
(オウラ以上! アタシ以上だってのか、アキラの運命力は──!)
プレイングの面では未だ荒さや想定の甘さが垣間見えるアキラだが、それでも以前と比べれば見違えた。実力の面でももう立派なドミネイターの一員である。そこに加えてこれだけの運。限界いっぱいに追い詰められてこそ発揮されるその運命の躍動が、単なる偶然などではなく彼が持ち合わせている素質であるとするならば。それは得難き才能であり、若葉アキラがドミネイターの頂点を目指すに相応しい少年であるということの証明にもなる。
ラストのライフコアを破壊すべくユニットに攻撃命令を下すアキラを見つめて、コウヤは自身の敗北を悟り──そしてその瞬間を黙って受け入れた。
「ファイナルアタックだ、グラバウ! いっけぇぇえええええっ!」
「………………」
「あ……、」
振るわれる巨獣の爪。ごく軽い音を立てて散ったライフコア。これでコウヤはライフアウト……ファイトの勝者はアキラとなった。DA受験アプリが開かれているドミホの画面にもそれを知らせる表示が出た瞬間、一気に勝負の高揚も覚めてアキラはハッとした。このファイトが、そしてここでの勝敗がどういった意味を持つかを思い出したのだ。
「コ、コウヤ……」
「おめっとさんアキラ。強くなったんだなぁ、本当によ……こんなにも早くお前に負けちまう日がくるとは思わなかったぜ」
震えた声を出すアキラに、しかしコウヤの態度はさっぱりしたものだった。その表情も対照的で、これではどちらが勝者かわかったものではなかった。
「──ごめん、コウヤ」
「おいおい、よしてくれよ。勝って謝られたら余計にアタシの立つ瀬がねーじゃんか」
「でも俺、これが試験だってことをすっかり忘れてて」
「それでいいんだよ。アタシだって途中からはそんなこと考えなくなってた。つまりお互いにのびのびと、最っ高に楽しいファイトができたってこったろ? だったらそれが一番さ」
緊張や恐怖。相手を不合格に追いやることを忌避するあまり普段の実力の半分も出せない、なんの楽しみもないファイト。そんなものを演じていたらドローンを通じて審査しているであろう試験官たちから両者揃って不合格の烙印を押されかねない。対戦相手に選ばれてしまったからには思い切り戦って、せめてどちらかだけでもドミネイションズ・アカデミアの門をくぐる。それが最善のことであるとコウヤは快活に笑った。
「良い戦いをしたぜ、アタシたちは。その上できっちり決着が付いたんだから……あとはそれに従うだけさ。負けはしても、一人のドミネイターとしてな。だから勝ったお前もそうしてくれよ。謝るんでも泣きべそをかくんでもなく、胸を張ってDAに行ってくれ」
涙ぐむアキラを見て笑みを苦笑に変えながら、コウヤは指でその目元を拭ってやった。頭ひとつ分の身長差と、泣いているとますます幼気な少女にしか見えないアキラの見かけもあって、こうしていると仲の良い姉妹としか思えない二人であったが。しかしその関係性は親友であり幼馴染であり──共に意識する異性のライバルである。
だからこそ、アキラにはどうしても確かめておきたいことがあった。
「コウヤ、聞いてもいいかな」
「ん、なんだ?」
アキラが泣き止んだことにホッとしつつコウヤは頷く。辺りを見てみればまだいくつかファイトが終わっていない組もあるようだし、退出を命じられるまで雑談に興じる時間くらいはあるだろう。そんな風に考えて軽く質問を許した彼女だったが。
「──どうしてあのドラゴンを使わなくなったんだ?」
「……!」
「ドミネファイトを始めたての頃、コウヤのエースは《フレイムデーモン》じゃなくて赤陣営の代名詞、ドラゴンのカードだった。俺はそれを覚えている」
記憶違いなどではない。物心がつくかつかないか。そんな時分の幼きアキラがたまたま手に入れたドミネイションズカード。そのキラキラとした絵柄に惹かれて他にも集め出したのを切っ掛けに、いつも一緒に遊んでいたコウヤもドミネイションズにハマっていった。当然の流れでファイトを行うようになった二人だが、それに一際のめり込んだのはアキラではなくコウヤの方だった。
レアカードであるドラゴンを駆って年上の子ですら叩き伏せるコウヤのイキイキとした姿が記憶に鮮烈に焼き付いている──小学校への入学からしばらく、彼女が突如としてドラゴンを使わなくなり周囲にもすっかり《フレイムデーモン》こそがコウヤの切り札であると浸透した今となっても、アキラにだけはその当時のイメージが根強く残っていた。
「ドラゴンを使ってるコウヤはとても楽しそうだった。それは今も変わらないけど、でもやっぱり少し違うんだ。俺の目には今のコウヤは何か……何かを我慢しているように見える。本当はあの頃みたいにドラゴンで戦いたいんじゃないのか? だったら、どうしてらしくもなく我慢したりするんだ?」
「……アレが親父から貰ったカードだってことはお前にも教えたろ。その親父から言われたんだ。コウヤはドラゴンに頼り過ぎている、って。カードを操るのがドミネイターなのに、今のお前はカードに操られながらファイトをしているぞってな」
「コウヤのお父さんが、そんなことを……」
アキラが知るコウヤの父と言えば、性格や笑い方は豪快ながらに本質的には穏やかで優しく、温かい人。そういう印象である。しかしそのイメージからは想像もつかないほど厳しい言葉を幼少の娘に投げかけていた、というのがアキラにはひどく意外だった。
「アタシは親父を尊敬してる。だから親父から受け継いだドラゴンのカードも大切にしてたし、ファイトでとにかく使いまくって倒しまくった。……それがアタシの成長を妨げていると他ならぬ親父から言われちまったからには、やれることはひとつしかなかった。『切り札の封印』。そして一からデッキを組み直して、自力で完成させること……ドラゴンに頼らずとも勝てる強いドミネイターになる。七歳の誕生日のあの日、アタシはそう決めたんだ」




