276.ミライ仕掛ける駆け引き!
「《トツカノツルギ》──そのオブジェクトは貴様の場のトークンのみを強化する効果を持っているんだったな。つまり、今の状況は」
「そう、ミライちゃんのドッペルズは素のまま。自分のドッペルズとそのコピーだけが《トツカノツルギ》の恩恵に預かってパワーアップするっす!」
《ドッペルズ・トークン》
コスト2 パワー3000→4000 +【好戦】
《ドッペルズ・コピー》
コスト2 パワー3000→4000 +【好戦】
細身であるドッペルズ二体の身体がムキッと少しだけ大きくなり、やる気満々にシャドーボクシングまで始める。【好戦】を得たからといって随分と調子に乗るものだ、とミライはそれを見て口元を歪ませる。踊るトークンもそうだが、そに対し抵抗できない己こそを彼女は嘲笑する。
《ブラック・トリケラル》
コスト4 パワー4000
《ドッペルズ・トークン》
コスト2 パワー3000
自身の場にいるのは蘇生したことで無能力ユニットと化しているトリケラルと、ロコルのスペル《対立》によって寄越されたドッペルズ。この二体がこの後どうなるか。それは予想するまでもなくわかりきっている事実であった。
「さあ、バトルの時間っすよ! まず《ドッペルズ・コピー》でミライちゃんの《ブラック・トリケラル》にアタックするっす!」
「ちィ!」
オブジェクトの補助を受けていることでコピーはトリケラルにパワーが追いついている。飛びかかってくる灰の人型に対し先んじて自慢の三つ角を突き刺すことで迎撃せんとしたトリケラルだったが、角に腹をぶち抜かれてもコピーは止まらず、トリケラルの脳天に手刀を叩き込んで割断。互いに致命傷を負ったことでバトルは共倒れの結果となった。
「トリケラル相打ち撃破! お次は《ドッペルズ・トークン》で《ドッペルズ・トークン》へアタックっす!」
こちらもオブジェクトの補助によってキーワード効果【好戦】が付与されているために、ロコルのドッペルズはスタンド状態であるミライのドッペルズにも問題なくバトルを仕掛けることができる。更にこの戦闘においては一方が一方をパワーで上回ってもいるために──。
「もう一人の自分を一方的撃破っす!」
「…………、」
相手よりちょっとだけ付いた筋肉が関係しているのかいないのか、殴り合いを制したロコルのドッペルズが倒れ伏したミライのドッペルズの傍らで勝利のガッツポーズを取っている。使い手同様にふざけたユニットだと思いつつも、ミライはそのプレイングに「チッ」と再度舌を打つ。
(ちゃっかりと《英雄叙事詩》で生んだコピーの方でトリケラルを取ってきたな……これで次のターン、《英雄叙事詩》は再び我の召喚したユニットを模倣することだろう。こういう細かな詰めを誤らないのは御三家に属するドミネイターであれば当然と言えば当然だが……)
さりとて当然のことを当然にできる、というのはそれだけで優れている証拠であろう。凡夫は逸るべきでないところで逸ったり、怠るべきでない注意を怠ったりするものだ。それが凡夫の凡夫たる所以であるからして、そういったミスを当たり前のように回避できるロコルはやはり強い。それも『無色デッキ』などという色物を扱って手堅いプレイングをするとなれば尚のことにその力量が窺えるというもの。
実際にミライのフィールドは空っぽとなり、ロコルのフィールドにはユニットこそ一体のみながらにふたつのオブジェクトによって厄介な布陣が完成しつつある。その現状をしかと認めて──ミライの口角は吊り上がった。
「コピートークンを生み出すオブジェクトに、互いの場にトークンを召喚するスペル。そしてトークン専用の強化オブジェクト……なるほど、トークン殺法とはよくぞ言ったもの。これより一層に貴様の布陣が育っていくであろうことを思えば我もあまり悠長にしていられんな」
「んん? その言い方はまるで……いや、いいっす。意図がどうであれファイトによって真実は自ずと明らかになるっすから──自分はこれでターンエンド! ミライちゃんにターンを渡すっすよ」
「我のターン。スタンド&チャージ、ドロー!」
ディスチャージ権を使い切っているために通常のチャージしか行えないミライ。そのコストコアは五つ。そろそろ序盤も過ぎて中盤に差し掛かろうとしているタイミングとしては潤沢とはいえない数だが、しかしコストコアブーストに勤しんでいないのはロコルとて同じ。それでいて彼女はドローが一回分少ない先行プレイヤーでありながらカードを惜しまずプレイしているために手札の枚数は既に残り三枚。対するミライは六枚と、倍の差がついている。どちらに多くの選択肢があるかは論ずるまでもないこと。そしてミライの手持ちには5コストでも充分に動けるだけのカードが揃っていた。
(無陣営で固めたデッキの、トークンをメインとしたスタイル。奇抜が過ぎて面食らわされはしたが……しかし大まかな方針が見えたことで『何が出てくるかわからない』という無陣営最大の強味は消えた。あくまでトークンの展開と強化が戦法の主軸というのならここから先のタクティクスが我の予想の範疇を超えることもないだろう。そして奴はデッキ内に他に色がないことを──即ち昨今のドミネイションズにおける最高の武器である混色カードがないことを自ら暴露した! ならば恐れる要素は何もない……!)
日本国内で出回っている枚数で言えば(おそらく)ミキシング以上に少ない無陣営カードであるが、けれどその事実は無陣営カードがミキシングの強さを凌ぐという証明にはならない。希少価値はあくまで希少価値であり、入手のしにくさが必ずしもそのままカード性能とイコールでは結びつかないように、一枚の強さで言えば無色よりも混色の方が遥かに上である。当然だ、使用コストに色を要求しない点も含めて性能の内である無陣営に対して、二色以上を要求する代わりに単色カードよりもコストパフォーマンスに優れているというのがミキシング元来の存在意義であるために、単体性能においてまさか無色に劣るはずもなく。
そして最初に呼び出したユニットが白黒のミキシングユニット《仄暗き聖女》であったことからも明らかなように、ミライのデッキには本人の言の通り多数のミキシングカードが投入されている。
「5コスト! 白黒ミキシング、《仄暗き指導者》を召喚!」
《仄暗き指導者》
コスト5 パワー3000 MC 【守護】
薄汚れたケープに顔の上半分を隠した痩身の男性が、その枯れ木めいた細い手を組んでまるで祈りを捧げるようにする。すると彼の祈りが天に通じたのか、ミライの墓地ゾーンからは謎の光が発せられた。
「指導者の登場時効果を発動だ! 墓地から白か黒のユニット一体を回収し、その後手札からコスト4以下のユニット一体を無コストで呼び出す! ここで呼び出せるのは回収しなかったほうの色。つまり白ユニットを手札に戻していれば黒ユニットを、黒ユニットを手札に戻していれば白ユニットを召喚できるというわけだ」
「──回収したのが白黒のミキシングであれば、実質的にどっちのユニットでも召喚できるってことっすね」
「ハッ、流石に理解も早いな。その通り、我が回収するのは《仄暗き聖女》! ミキシングは陣営を参照する場合その都度プレイヤーの好きな色として扱うことができる。これで無コストで呼び出すユニットに陣営の制限はなくなったわけだが──さて、ここで貴様はどうする?」
ミライは挑発的に問う。このタイミングで《英雄叙事詩》を発動させるか否かの判断を──ドミネイションズの肝でもある『二者択一』を、ロコルへ押し付ける。




