272.ストーリー・オブ・コピートークン!
後行プレイヤーにのみ与えられる二度目のディスチャージ権。それを早々に使い切ったことでミライのライフコアは七つから五つまで減り、その代わりにこのターンで使用可能なコストコアは四つにまで増えた。この判断に間違いはない、とミライに迷いの類いは皆無だ。これはドミネイションズのセオリーでもあり、それ以上に。『何が待っていようと食い破り罠共々にロコルへ牙を突き立てる』。そのためには序盤から少しでも多くの使えるコストコアがミライには必要だった。
「自分が後行でも同じようにするっすけど、それにしても躊躇いがないっすねミライちゃん。いっそ景気がいいまであるっすよ、そのライフコアの砕きっぷりは」
「九蓮華を打ち倒すための必要経費だ。ライフのひとつやふたつ気風よく払ってやるとも!」
衣服だけでなく仕草でも自身を大きく見せる癖がついているのだろう、受け答えするたびに背筋を伸ばして胸を張るミライは、堂々たるその姿のままに一枚のカードを手札からプレイした。
「4コスト! 黒の暴獣《ブラック・トリケラル》を召喚する!」
《ブラック・トリケラル》
コスト4 パワー4000 【好戦】
どん! と重たい音を立ててミライのフィールドに出現したのは大きな額部分に三本の角を持つ四つ足の獣──角も肌も真っ黒ではあるが、その見た目は完全に恐竜のトリケラトプス。前脚でガシガシと地面を蹴っている姿は前に伸びた角と共に、トリケラルの戦闘スタイルをよく表していた。
「むむ。黒陣営には珍しい【好戦】持ちの上に、スタッツも悪くない。真っ当にバトルに適したユニットっすね」
「貴様が扱う緑陣営の専売特許ではないということだ。黒にだってこういうユニットはいる。バトルを重要視しないためにただでさえ緑は黒に不利色、だが我は戦闘面でも貴様に後れを取るつもりなど一切ない! と言っておこう」
純粋なユニットのパワーで攻め込む緑に対し、黒は破壊効果の多用によって敵・味方を問わずとにかくユニットを殺していくのが基本戦術だ。相手ユニットを処理しつつ、自分は破壊をトリガーとする効果でアドバンテージを確保する。そういったバトルを真っ当に行わない戦い方にユニットの連携で挑む緑の分が悪いことは言うまでもなく、緑は黒に陣営の時点で不利を強いられているのだ。反対に、ミライがデッキカラーとしているもう一方である白は得意の【守護】戦術を単純なパワーで踏み潰してくる緑を苦手としており、必ずしもデッキ単位で有利が取れているわけではないが──しかしそれでも充分だとミライは笑う。
何せロコルのスタイルはこの一ヵ月、間近でファイトを眺めて研究してきた。通常授業などでそうそう本気を出していないのは彼女だって同じだろうが、しかし自分がそうであるように、授業でのファイトの延長線上にこそロコルの本当の実力があるはずだ。そう考えて対策を練ってきたし、白黒というデッキの構築こそ変えてはいないがロコルを相手取るにあたって黒をメインに据えて戦おうと方針も定めた。それが正解か否か。この決め打ちが吉と出るか凶と出るかはこれからわかることだが、ミライはやはり確信している。間違いはない、と。それは生来に彼女が有している漲る自信がもたらす肯定感であり、己一人だけでなく今は宝妙家全体が上向きだと感じられているからこその殊更の強気でもあった。
「さあ、我はユニットを呼び出したぞ。またしても罠があるというなら作動させるがいい、九蓮華ロコル!」
「んじゃ遠慮なくっす。相手プレイヤーがユニットを召喚したこの瞬間、自分の場のオブジェクト《英雄叙事詩》の効果が起動するっす──この本は世にも珍しい自動筆記で新しい話が書き加えられていく魔本。今ここに《ブラック・トリケラル》の物語が書かれたっす!」
「我のユニットの物語だと?」
「そう、そして《英雄叙事詩》は書き上がった物語の主役を呼び出すっす。来い、トリケラル・トークン!」
《ブラック・トリケラル・トークン》
コスト4 パワー4000 【好戦】
少々色味が薄い以外はまったくトリケラルと同一。地を踏み鳴らす所作も同様の瓜二つのユニットが向かい合う。その光景にミライは唸った。
「つまりはコピー能力! それによって我が呼び出したユニットの『模倣トークン』を生み出すのがそのオブジェクトか!」
「その通りっす。生み出す上での唯一の制約として『コピーできるのは一体まで』っていうのがあるっすけど、トリケラル・トークンが破壊されるなりなんなりしてフィールドから消えればまた新たにミライちゃんのユニットをパクれるっすよ」
「我が強力なユニットを呼び出せば呼び出すほど、貴様もその恩恵に与るということか。先に取るに足らない弱小ユニットを召喚しようにも《英雄叙事詩》のそれは強制効果ではない……コピーするかしないかは貴様が選べるのだからそんな小手先のプレイに意味はないな」
「おっと。読みが鋭いっすね、ミライちゃん」
言動からとかく熱くなりがちな印象を受けるものの、このあたりの冴えはさすがに宝妙と言ったところか。ヒエラルキーで明確に下に甘んじているとはいえ、しかし九蓮華と比較対象になるというだけでも他高家とは隔絶した地位にいるのだ。未だはっきりとした強さを見せない観世マコトも然り、御三家の英才教育を受けて育った新世代がよもや感情のひとつもコントロールできないなどあるはずもない。間違っても印象に騙されて侮ってはいけない──それは他者から見れば飄々として掴みどころのないロコルにも同じことが言えたが、そんな両者が相対しているからにはこのファイトが激化するのは避けられない事態で。
「ふん。一体ずつしかコピーできないのが唯一の制約? それは違うだろう、九蓮華ロコル」
「……!」
「貴様の強かな嘘を暴いてやる──《ブラック・トリケラル》でトリケラル・トークンへアタック! 【好戦】はバトルに限り【疾駆】と同じく召喚したターンに即アタックが可能であり、更にレストしていないユニットにも構わず攻めることができる。無論トークンが相手でもそれは変わらん!」
「だけどトリケラルとトリケラルをコピーしたトークンのパワーは同値! 攻めたって相打ちになるだけっすよ!」
「それこそ構わん! トリケラル、自身の偽物を貫き殺せ!」
「っ、だったら迎え撃つっすよトリケラル・トークン!」
「「ストロングチャージ!!」」
二頭の黒い恐竜が互い目掛けて突進し、双方が双方を自慢の角で同時に貫いた。結果はもちろん、両者の死。まるで重車両同士の正面衝突めいたバトルは一瞬で終わりフィールドからはユニットが消え去った──が、そこでミライは。
「墓地に置かれた《ブラック・トリケラル》の効果を発動! 無能力となって自身を蘇生する!」
《ブラック・トリケラル》
コスト4 パワー4000
今し方コピーと相打ったはずのトリケラルが、旺盛な戦闘欲そのままに再びフィールドへと出現。一度死んだくらいではまったく弱ることなく、制約により【好戦】をなくしていても彼は相変わらず突撃を求めているようだった。
「……、」
「くく、その表情。やはりトリケラルが復活能力持ちであることを知っていたか。一度きりではあるが使っている身からするとなかなかに便利な効果だよ……そして予想通り、トリケラル・トークンは復活しないな。当然だ、何せトークンとはカードを持たないその場限りの命。フィールドから去っても墓地へ行くことなく、文字通りに消滅するのだから復活能力など使えるはずもない」
──これぞ小癪にも貴様が隠そうとした《英雄叙事詩》の弱点だ。とミライはロコルを指差してそう言った。




