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269.ミライのプライド、ロコルのアドバイス

 午後の部第二回戦の全試合が恙なく終了し、続く第三試合。トーナメントによる勝ち残り方式であるが故にもだいぶ少なくなってきている中、ふたつ用意されているファイトスペースの内のひとつを埋めているのはロコルとミライ。いの一番に自分たちの試合が行われるとは両者も予想外だっただろうが、二人共に見るからに意気は充分。御三家の新入生同士の対決ということもあってもう自ずと一方のファイトよりも視線が集まっているそこで、ニィッと好戦的に笑ってからミライは言った。


「先ほどの闘志そのままだな、九蓮華ロコル。我は嬉しいぞ。舞台に立つまでに貴様が日和見へ考えを変えるのではないかと些かの懸念があったものでな」


「さすがにさっきの今でコロッと考えを変えるほど……あー、自分だったらそういうことも普通にやるっすけど。でも今日ばかりは違うっす。『この後』のこともあるんでここは貫徹させてもらうっすよ。それが肩慣らしにはちょうどいいっす」


「……なんだと?」


 さらりと吐かれたロコルの言葉の数々は、ミライの笑みを消すに十二分の効力があった。ミライの属する宝妙家は九蓮華家同様、家族軒並み美貌の持ち主である。それもまた血統の特別がもたらす優位性であり、ミライとて例に漏れずその顔立ちは端整で、まるで人形のような少女である。しかして表情を歪めてロコルをねめつける今の彼女からは血が持つ美しさよりも、血が持つ恐ろしさ。外見よりも中身。これもまた血統によって先祖から脈々と受け継がれている、ドミネイターとして純度の高すぎる精神性こそが強く発露されていた。


「この後。肩慣らし。……そうかそうか、つまり貴様は。我が一世一代に臨むこのファイトを──続く準決勝、そして決勝への通過点にして準備運動。体を温めるためのウォームアップに過ぎないと、そう言いたいわけか」


「そうっす」


「舐めるなよ、九蓮華がッ!」


 グワッと、ミライの全身から闘志が溢れ出す。怒りのままに発散されたそれは彼女たちのやり取りに注目していた観客たちに冷や水を飲ませた。ひらひらとした改造制服で実際以上に自身を大きく見せている小柄で矮躯の少女。そんな彼女から放たれているとはとても思えない、極度のプレッシャー。その重圧の凄まじさに一年生以外の全生徒が揃って一人の人物を思い浮かべた──九蓮華エミル。彼がここ大講堂で行った例のファイトを間近に観て、そのオーラに長々と晒されたからには、彼らには理解できる。


 宝妙ミライが放つオーラもそれに近しいものがある。既に頭角を現しているロコルだけでなく、彼女もまた御三家の家名を背負うに相応しい傑物の一人であると──。


「えー。そんなにキレることっすか?」


 周囲で決して小さくないどよめきが起こっていることを気にも留めず、ロコルは素の感情で首を傾げた。ニュートラル。ファイト直前に際して明らかに昂っている様子のミライとは違って、闘志を纏いながらもそれをいたずらに見せつけようとはしないロコルの佇まいは至って平穏そのもの。真正面からミライの威圧的な、威嚇的な闘志を浴びていながら何も変化のない彼女にも観客たちはひどく驚かされた……ミライに対するそれとはまた別種の恐怖を、言い換えるなら不気味さを感じてどよめきは更に大きくなっていく。


 ──誇り高いが故に激しやすい、そしてその激しさこそを強さに変えるのが宝妙らしさとするなら。底知れなさこそが九蓮華らしさであり、エミルにも認められたロコルという少女の強さであった。


「そっちだって自分に勝つだけじゃなく、優勝までする気満々っすよね? そしてその先でも勝ち続ける計画でいる……この一勝・・が通過点でしかないのはお互い様じゃないっすか。なんならあんたの方がよっぽどそう考えているはずっすよ、さっきの口振りからしたら」


「かと言って我は貴様とのファイトを肩慣らしなどとは見做していない。いやむしろ、このファイトこそが事実上の決勝だと思っているくらいだ。我と同程度に、とは言わんが。貴様にもそれ相応のつもりでいてほしいものだな……熱量の差で瞬殺などしてしまってはあまりにもつまらんし、勝利の価値が下がってしまう」


「勝利の、価値。お家様の計画に従っていながらそんなもの気にするのはナンセンスだと思うっすけど、そこはともかく。事実上の決勝? それは自分を倒せば他に敵なんていないと宣言しているように聞こえるっす……まさか本気で言ってるわけじゃないっすよね?」


「本気だとも、我はいつだって本気の言葉しか口にせん。そんなに何を気にすることが──ああ、例の『あの男』のことか?」


 それに気付いたミライは嘆息しながらやれやれと肩をすくめてみせた。その所作に眉をひそめるロコルへ、彼女はこう続けた。


「思いの外程度の低いことだな、九蓮華ロコル」


「どーいう意味っすか」


「九蓮華エミルに勝ったからといって、それがどうしたというのだ。相手は御三家でもなければ高家ですらない、単なる一般人。そんな相手に不覚を取ったという事実はそいつの強さではなく貴様の兄の不甲斐なさを物語る。不敗伝説を築こうが破れる時はかくも呆気ないもの……奴も売れた名ほど『絶対』ではなかったということだ」


「…………、」


「無論、感謝はしているさ。その敗北こそが九蓮華の統率が乱れた直接の原因。好機をくれたことを我が家に招待して持て成してやりたいほどそいつには恩を感じているとも──だが恐れてはいない。敵とは見ていないんだよ、我は。慕う兄を倒された貴様にとっては不倶戴天の敵であるかもしれんがな」


 学園内で度々見られるロコルとエミルが言葉を交わしている場面。そこに宝妙家にはない兄弟姉妹間の親しさを見出したミライは、イオリがあからさまなまでにエミルへ心酔している様子なのも含めて双子は兄を強く慕っているものと捉えている──ということに気付いて、ロコルの眉根のしわはますます深まった。


 確かにロコルの改心によって確執はなくなったし、それ以前からも会話自体は普通に行えていた。互いに皮肉混じりの口調でこそあったがそこは共に繕うのが得意な同士、傍目からは仲の良い兄妹に見えもしただろう。なのでミライがイオリと同じくロコルまでもが兄に心酔している──他の御三家にまで次期支配者であると名を轟かせていた九蓮華エミルに、溺れている。それ故に彼を倒した人物を過度に過剰に恐れてしまっているのだと、そういう風に帰結するのはなんらおかしなことではない。


 とは、思いつつも。


「おかしくはないけれど……甘くはあるっすよね」


「何?」


「これは親切心からのアドバイスっす。血の外・・・にも強い人ってのはいるもんっすよ、ミライちゃん。九蓮華じゃなくたって、宝妙じゃなくたって、観世じゃなくたって。他の高家でもなくたって、びっくりするくらい強いドミネイターはいくらでもいるっす。いつまでも旧貴族なんかがのさばっていられるとあぐらをかいてちゃ、足を掬われるっすよ?」


「はっ……それはそれは。是非とも出会ってみたいものだ、そんなドミネイターに。生憎と我は血統も持たぬ人種には苦戦させられた経験などないものでな」


「そうっすか。ま、聞く耳を持つも持たないもミライちゃんの自由っすから」


 それじゃ、そろそろ始めるっすか。と、隣ではもう一方の試合が既に始まっているのを受けてロコルがそう言えば、またぞろミライの顔には好戦的な笑みが浮かび。


「ああ、戦るぞ戦るぞ戦るぞ──我らのファイトを!!」



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