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263.九蓮華エミルの出発

 ライフアウト。五つもあったライフコアを一ターンに削り切られたことでエミルの負けが決定される。このファイトの勝者はアキラとなり、それが確定した途端に観客席が沸き上がった。それはエミルの敗北を喜ぶ声、などでは断じてなく。最高のファイト。ドミネイションズ・アカデミアの歴史においても類を見ないほどの激闘に、それを行なったドミネイター両者に捧げられる惜しみない賛辞に他ならなかった。


「……妙な気持ちだな。ファイトを終えて歓声に包まれるなんて今までにはなかったことだ。落ち着かないよ」


「でも、悪い気分じゃないだろ?」


「そうだね、悪くない。こんな世界もあったのかと驚くばかりだよ」


 これが若葉アキラのいる世界であり、この先に彼の目指す理想があるのなら。その夢を共に見るのも悪くないとエミルは思う。自身の孤独を正当化するためにこれまで目を逸らし続けてきた、今の世界の素晴らしさを。エミルは初めてその目で見て、その身で実感することができていた。


 ファイトの終了に伴いフィールドからガールが消え、アキラのライフコアも消え去る。それを機にカードを片付けた両者は互いに歩み寄り、舞台の中心にて向かい合った。


「君と握手がしたい。いいかな」


「もちろん。ファイト後に健闘を称え合うのなら握手が一番だ」


 差し出されたアキラの手を、エミルが握る。自分のよりも小さく、しかし暖かで力強い掌。さすがに疲労が隠せない様子でアキラの顔色は若干悪いが、それでもエミルには繋がれた手を介して彼の持つ強さがよく伝わってきた──本当に底無しなのだな、と呆れ半分感嘆半分。ふっと微笑んだエミルは、その笑みを消してから言った。


「私が紅上君たちに刺した楔は、これで抜けた」


「!」


「三人共にすぐ目を覚ますし、なんの問題もなくいつも通りに過ごせるだろう」


「……そっか。やった本人に言うのもなんだけど、あの変な力を解いてくれてありがとう。お前ならそうしてくれるって思ってたぜ」


「まさしく礼を言われるようなことじゃあない。そもそも負けてしまえば私の意思とは関係なくそうなるようになっていたのだから」


 そうでなくともずっと眠らせるつもりなどなかった。アキラが自身に服従を誓うまで。共に新世界の創造を目指すと約束してくれるまでの間、彼の周囲から消えてもらうためにやったことだ。予想期間としてはどんなに長くとも半年程度。それくらいを予定していたエミルだった……無論、半年にしろそれ未満にしろ、人を三人も昏睡状態にさせたまま放置するというのはとんでもない所業である。悪行に変わりはなく、それがわかっているからこそエミルはアキラの礼を受け取ることができないのだ。


「君から友人を永遠に奪おうとしたのは事実なのだから、ね。より正確には、紅上君たちから君を奪おうとしたのだと言うべきなのだろうが」


「なんでもかんでも捨ててきたお前が、俺やロコルのことはそうまでして欲しがった。イオリのことだって自分の傍に置こうとしていた……だから気付けたんだよ。創造主だなんだと言いつつ、本当のところお前は孤独を怖がっているんじゃないかって。怖がり続けているんじゃないかってさ」


「……なるほど、初めから自分でバラしてしまっていたようなものか。とんだ笑い話だね。その行為の意味にすら私はずっと目を背けていた。気付かないふりをしていたのだから、君に叱られてしまうのも当然だ。そして叱ってくれてこちらこそありがとう……おかげで今は随分と、すっきりしているよ」


 叱ったつもりはないけどな、とどこか気恥ずかしそうにしながら頬を掻いたアキラは、そこでにっこりと花のような笑みを見せた。


「でもそれでエミルがすっきりできたっていうなら何よりだ。俺も嬉しい」


「アキラ君……」


 禍根などひとつもなかったかのようなその笑顔を目にして。まるで太陽の眩しさから瞳を守るように一度瞼を閉ざしたエミルは、それからゆっくりと観客席へと視線をやってこう続けた。


「紅上君たちの楔同様、多くのドミネイターへ刻み込んできた『私への恐怖心』……翻って『ファイトを行なうことへの恐怖心』も消滅した。ここにいる上級生らも含めて彼らは再びカードを握れるようになることだろう。全員が必ず、とは言い切れないが……」


 既に別の道を見つけている者や、ドミネイションズへの未練を断ち切っている者など。ファイトへの恐怖が消えたところで皆が皆、必ずしもファイトに帰ってくるとは限らない──ドミネイターに復帰するとは限らない。ポジティブな意味でもう戻ってこない可能性は充分にあるのだ。


 例えばエミルの選別に不合格の烙印を押された少年が一人いたとして。今でこそ「才能無し」と判断されていたとしても、しかし十年後二十年後。エミルの『目』の予見が正しく機能しにくい遥か先の未来においてその彼は、一角以上のドミネイターになっていたかもしれない……彼自身がそうでなくとも、教職に就いて多くの優れたドミネイターを生み出していたかもしれない。そういう可能性だって、限りなく低くともゼロではない。ゼロではないからには、もしそんな彼がドミネイションズの世界と決別したならば。


 エミルは芽を摘んだことになる。豊かに実り大輪の樹となる、栄えある未来を可能性の段階からなくしてしまったことになる。


「どれだけ罪深いことだろう。新世界のためにはそうする他ないと、そうすることが正しいと。気にもかけなかった被害が……捨ててきた可能性が。目の覚めた今となってはこんなにも悲しいし、こんなにも苦しい。罪悪感で圧し潰されてしまいそうだ」


 罪人である。許されるべきではない非道の悪人である。エミルはエミルをそう判じる。このような喝采など浴びるべき人間ではないと。未練たらしくもアキラとつないだままの手、これすら過分の行為であると。


 元よりアキラと同じ光景を目にすることはできない。そんなことはしちゃいけない。彼と並び立つような真似は、何より清らかな彼の想いを汚すことになる──。


「私には資格がない。君の目指す世界に行く資格が……そこに住まう資格がない。孤独のまま、居場所を持たぬまま。ドミネイションズの道から消えることが私にできる唯一の罪滅ぼしだろう」


「何を言ってるんだ? 罪滅ぼしがしたいっていうなら、まずはお前が傷付けた一人一人に謝ることからだろ。戻ってくるこないは関係ない、それはその人次第だからな。大事なのはそれにお前が向き合えるかどうかだ。消えてしまいたいほどの罪悪感があるのなら、そのまま流されるんじゃなくて。どんなに悲しくても苦しくても踏ん張って、ちゃんとやれることをやらなくちゃならない。結果がどうなるにせよ、そうしなきゃ自分とも向き合えない……そうだろ?」


「…………、」


 アキラの言葉に、エミルは目を見開いて。そしてゆっくりと頷いた。ああ、自分はまた目を逸らそうとしていた。逃げようとしていた。アキラの持つ強さの訳を知っておきながら再び易きに流されようとしていた──悪しきに屈しようとしていた。それはアキラの言う通り、人と向き合わないことであり自分と向き合わないこと。何に対しても真摯でない、どうしようもない弱さである。


「君のように強くあれたら……私も変われるのかな」


「そう思い始めた時点で、もう変わり始めてる。俺はそう思う」


「そうか……そう、か。私はもう、変わり始めているのか」


 だとしたら恐れてばかりもいられない。恐れている場合ではない。向き合う時だ。自分のこれまでとこれからを、真っ直ぐに見据える時だ。


 その先にある本当の未来を目指して、歩み出す時が来たのだと。アキラの琥珀色の瞳に映し出されている自身の決意に満ちた表情を見つめ──九蓮華エミルという一人のドミネイターは、こうしてこの日新たなスタートを切ったのだった。



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