表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/510

262.勝利、敗北、背負うもの

 吶喊と激流。荒れ狂う一対の闘志の中心で、エミルはカードを引いた。費やしたオーラ以上に想いこそを、願いこそを込めたそのドローは。言うまでもなく想いだけで限界を越えているアキラのそれに、運命力においてなんら劣らぬものであったが……けれど彼は気付く。オーラの量でも操作技術でも上を行っているはずの自分が、僅かに後れを取っている。貫通せしめんとするアキラの想いを、止められずにいる。


 これは何故か? オーラ一本勝負のこの場面、自分が彼に劣る要素など、負ける要素など何ひとつとしてないというのに。アキラが枯渇から思わぬ復活を果たしたとて、それでもなお優に奇跡それを抑え込めるだけの奇跡ちからがこちらにはあった──はずだ。間違えようもないその計算が、確かな目途が音を立てて崩れていく。


 何故、こうなる?


 手にしたカードを確認するまでの刹那にも満たない時間の中で、エミルの思考は加速する。どこまでも考え、答えを見つけんとする。アキラと自分で何が違うのか。単に性質や目指す未来の違いだけではこうはならない。最後の一瞬においてこんな結果にはならない……九蓮華エミルと若葉アキラは、鏡映し。同質ながらに異質の天凛を持つ才者同士。であるなら、そして多少なりとも自分こそが彼よりも先行していることが確かならば。根性や気概のみで追い越されてしまうわけもない……確かにアキラの持つガッツはエミルとて大いに認めるところではあるが、それは理由足り得ない。こうなったからにはこうなって然るべき、然もあらん確固の理由があるはず。


 では、それはなんなのか。


 考えに考えに考えて、そしてエミルは思い至る。共に勝ちたいと願う、貪欲に勝利を欲すドミネイターでありながら、そこに存在するたったひとつの差。彼と自分とを二分すると言ってもいいくらいの決定的な違いが、見えてきた。


(──誰のために・・・・・勝ちたいか。それだ。それだけがアキラ君の欲求モチベーションにおける私との違い。おそらくそれこそが、彼の不死身の如き体力。不死鳥の如きオーラの復活に通じるもの)


 エミルは無論のこと「自分のために勝とうとしている」。もっと正しく言えば「自分のために勝とうとしている」。当然だ、優秀なドミネイターのためだとか日本ドミネ界のためだとか、果ての未来のためだとか。そんな大仰で大層な御託を並べる必要もなくなった今──自分の本音をアキラという鏡によってまざまざと映し出され、見せつけられた今。エミルは人生初のファイト以来二度目となる久方ぶりの純粋なファイトを楽しみ、純粋に勝利だけを目指している。勝ちたいと思うから勝ちたい。そこに他者が介在する余地など、入り込む余地などないのは当たり前のことでしかない。


 多くのものを、背負いきれないだけのものを背負った気になって戦い続けていたエミルが一転、自分以外の何も背負わないファイトをしているのだ。これまで蔑ろにしていた自己というもののために、ただそれだけを理由に本気になる。何も悪いことではなく、エミルの胸には確かな清々しさがあった──ずっと抱えていた重みが消えた。疲労あれどいつも通りに、いやいつも以上にオーラ操作が繊細かつ大胆であれるのはきっと心身が軽くなったのも大いに影響しているのだろう。絶好調。そう口にした彼の言葉に嘘はなく、半ばアキラに引っ張られた形とはいえ今のエミルは生涯最強。そう言っていいほどに手足の如く、呼吸の如く当たり前に闘志を操っているところだ。


 なのに息も絶え絶えの、オーラを操るのにも四苦八苦しているアキラに、こんなにも苦戦をするのか。対処に苦労させられるのか……それは畢竟、彼が「自分のためだけには勝とうとしていない」。他の誰かのためにも勝とうとしていること、それが原因であろう。そう、エミルは直観・・する。


 もちろん、アキラだって自分のため。己がドミネイターとしての闘争本能を満たすこと、それこそを第一に手負いの獣も同様の脅威的な抗いを見せていることは間違いないが。『自身の勝利』こそが最優先であることは確実だが、けれど彼が背負っているのはその一個だけではない。


 個ではないのだ、アキラは。


 可笑しなことだとエミルは笑いたくなる。こちらの重荷を全て解き放っておきながら、それでいて自分はこんなにも。自分だけでなく、友達を。教師たちを。学園の皆を。そして他ならぬエミルのことすらも背負って、彼は勝とうとしている。つまりはそういうことなのだ。彼の持つ想いとは、彼を支える力とは、彼一人が生み出しているのではなく。皆の想いであり、皆の力である。だからアキラは倒れない。どんなに苦しくても、何度限界が訪れようと。その度に彼の背負っているものが新たな力をくれるから。託された想いのために、彼は戦う。それはこれまで他者から託されたことのないエミルとは良くも悪くも真逆の重荷。


 そんなものを背負うこと自体が相当に苦しかろう。だが、とエミルは納得を伴って内心で頷く。その重みこそが。自分が感じている軽さとはまったく反対のそれこそが、アキラをここまで強くさせている最もの理由であると。ようやくそこにある違いを認めることができた。


 ああそうか、後れを取るはずだ。


 自分のため。それだけのためにいったい人はどこまで頑張れよう? どこを満足とするかは自分次第。妥協も諦観も賢さだと嘯いて受け入れれば、そこで止まれる。休むことができる。そこそこの充足感と共に別の道へ進むことができる──エミルは世のため人のためと、そう自分を騙して足を止めずにきたが。その欺瞞が明かされ、本当にただ己のためにカードを握っている今。そこにどれだけの強さを宿せるだろう? それは心の強さでもなければファイトの力量の話でもない。言うなれば真摯さと同義だ。安きに流され、悪しきに屈する。それが人間というもの。弱い生き物なのだ、人というのは。しかしそれでも安きに流されず悪しきにも屈さない、善く生きる者はいる。その行為が、そう生きることが世のため人のためであると。きっと「自分のためではない」からこそその者は強くあれるのだろう──アキラを見て。己が目でしかと観て、エミルは自然にそう思った。


(及ぶべくもない。彼の中には私だっているのだ。私が捨ててきた全部が、彼の中にあって。彼を立たせている、立ち向かわせている。その強度・・たるや。自ら進んで捨て去ってきた私が、何も持たない私が叶うはずもない。打ち破れるはずが、なかった)


 だからこれもまた、当たり前のことでしかないのだろう。


 負けたくない想いは同じでも、勝ちたい想いに差があった。その強さに優劣こそなくともやはり前後はあったのだ──『自分自身』が見えたことでそれを見つめることに忙しいエミルと、初めからそれが見えていて。そしてそれ以外も余さず原動力に換えているアキラとでは、最後に辿り着く場所が違う。ほんの僅かに先を行っているのが彼だと。


(そう、心が認めてしまったからには)


 クイックチェックでドローしたカードを、確かめる。役目を終えた互いのオーラが弾け飛んで舞い散る中で、講堂中へ残滓が広がっていく中で、エミルは。右手にある《エンプティダンプティ》。そのイラストにある表情がいつもよりよく笑っているように見えて──まるで空っぽ(エンプティ)から解放されたように思えて、彼もまた小さく笑って。それからエミルはアキラへと視線を移した。


 彼の瞳はもう、ひとりぼっちの未来など映していなかった。


「君の勝ちだ。アキラ君」


 ──九蓮華エミルはここに、初めての敗北を喫した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ