26.母なる獣メーテール
「《大自然の掟》。そいつは相手のユニット一体を墓地へ送る緑のクイックスペル……!」
破壊を介さない直接の墓地送りという強力な除去を可能とする《大自然の掟》は、それだけの効果を持ちつつ更にクイックカードでもあり、それでいてコストは6と決して高すぎない。黒陣営の《ダークパニッシュ》と同じく緑陣営虎の子の除去スペルであると言えた。
以前まで敵ユニットの除去はほとんど戦闘によってばかり行っていたアキラが、黒の破壊スペルだけでなくこんなものまでデッキに入れていること。その意図をコウヤは正確に悟った。
「なるほどな。オウラとのファイトで黒ユニットの破壊効果が通じなかったのを省みて、そういう相手にも対処できるよう破壊に頼らねー除去の仕方を取り入れたってところか」
「そうだ。《大自然の掟》は、どんな生き物も皆いつか土に還って自然を育む一部になることを教えてくれる、厳しくも優しい自然の摂理そのもの。こいつなら破壊耐性のある《フレイムデーモン》だってどうとでもできる!」
「……!」
コウヤのエースカード《フレイムデーモン》には、登場時の全体破壊効果だけでなくもうひとつ能力があった──それが自軍の他の赤ユニットを犠牲にすることで自身の身を守るという、変則的な守りの能力。共連れがいなければ無能力に等しいものの、しかし《ヘイトスペンサー》が横にいる今はその効果が活きる。故にアキラはデーモンの耐性を突破するため、此度のクイックチェックにおいて破壊の黒スペルよりも墓地送りの緑スペルが出ることを望み、見事それを引き当てたのだ。
「ふ……」
「!?」
そのドミネイターらしい引き運に関しては評価するものの……しかしコウヤはにやりと笑いつつ首を横に振った。
デーモンを地中に引きずり込まんと地面の底から生えた大木の根が迫ってくる中、エースカードのピンチに何故そうも落ち着き払っているのかとアキラが疑問に思えば。
「甘い。甘すぎるぜアキラ。お前はひとつ勘違いをしている」
「勘違い……?」
「お前を相手に《フレイムデーモン》を出したのはこれが初めてだからな。観戦だけじゃ誤解すんのも無理はねえが……こいつの能力は破壊耐性じゃあない。『場を離れる際、他の赤ユニットを代わりに墓地へ置くことで留まることができる』っつー除去耐性だ! ありとあらゆる除去からその身を守ることができんだよ!」
「っ、それじゃあ!」
「そうだ、つまり! 緑自慢の《大自然の掟》もてんで無力ってわけさ──《フレイムデーモン》の効果を発動!」
一時は完全に木の根に全身を飲み込まれて姿が見えなくなったデーモンだったが、しかしその横で木の根に見向きもされていなかった《ヘイトスペンサー》の方が突如として独りでに潰れた。するとまるで彼の犠牲が力となったように、くるまれた根の内側からそれを焼き尽くしてデーモンが再び姿を現わす。
「《ヘイトスペンサー》を身代わりに《フレイムデーモン》は場に留まった! 残念だったなアキラ、アタシのエースを屠れなくてよ。だがそう簡単に死なせねえからこそエースカードっつーんだぜ」
「くっ……、」
《ビースト・ガール》や《キングビースト・グラバウ》を何度もあっさり死なせてきた経験のあるアキラには少々耳が痛いセリフだった。だがその通りだとも思う。コウヤは《ヘイトスペンサー》という除去への保証となるユニットがいるからこそ《フレイムデーモン》の召喚を選んだのだろうし、また先のターンで自分がコウヤの場のユニットを全滅させることができていたなら、こんな事態にはならなかった。つまるところ《大自然の掟》の不発は自らの未熟さとコウヤの巧みさ、どちらもが作用したが故の極々当然の結果でしかないのだ。
必殺の墓地送りスペルで本命の隣のなんということもないユニットしか退かせられなかったことに気落ちしかけるアキラだったが、落ち込んでいる暇はない。ミスをしたとて、それにばかり気を取られている余裕など今の彼にはまったくないのだから。
「アタシはターンエンド! 精々気張れよアキラ。お前のライフコアは残りひとつ、一瞬一度のミスで死んじまう限界地点だぜ!」
「っ……、俺のターン! スタンド&チャージ、ドロー!」
(引き摺るな、若葉アキラ! 気持ちを切り替えて、連続で失敗しないように気を付ける。それしかないだろ!)
アキラの周囲に浮かぶ彼を守るための命核はたった一個。この一個が砕けた時、彼の敗北が決定する。そのまさに一歩手前という窮地へと追いやられて──しかしそれがかえってアキラの集中力に良い影響をもたらした。
「……!」
かつてないほどクリアとなった思考の中で、アキラはドミネイションズ・アカデミアへの合格を目指して完成させた今のデッキが「完全に自分の物となった」感覚を味わう。
カチリとはまった。デッキの構築、己の手腕、そして信頼関係。その全ての歯車が今ここに噛み合った──ならばやれる。やれないわけがない、とアキラは一枚のカードを繰り出した。
「コウヤ、お前が俺に初めて《フレイムデーモン》を使ってくれたのをとても嬉しく思う……だから俺も! このユニットの初披露相手をコウヤにさせてもらう!」
「初披露のユニットだと……!?」
「使える全てのコストコアを使って! 来いッ、《マザービースト・メーテール》!」
《マザービースト・メーテール》
コスト9 パワー4000
出現したのはもこもことした桃色の毛並みを持つ獣。グラバウを連想させる見上げるほどの巨体。ながらに、優しげで温かみのある風貌をした犬のようでもあり羊のようでもあるそのユニットは見るからに穏やかでおっとりとしている。その証拠に、アキラのユニットが苦しめられてきた《灼熱領域》の立ち昇る熱すらも彼女はまったく気にしていない様子だった。
パワー4000→2000
「コスト9でパワーが4000ぽっちだと──? ってえことはだ」
緑の重量級ユニットとしてはあり得ない非力さ。そして名にある『ビースト』の称号にコウヤは警戒を露わとする。
「それだけ何かしらとんでもねえ効果を持ってやがるな!?」
「はは、そうだね。確かにメーテールの効果はとんでもない。お前にとっても、そして俺にとってもだ」
「……!?」
「今それを見せるよ。メーテールの登場時効果を発動! 手札を任意の枚数墓地へ捨てて、その枚数分デッキの上のカードをめくり、その中の種族『アニマルズ』をノーコストで召喚することができる!」
「なっ──んだ、その効果は!?」
あまりにも豪快過ぎる上に運の要素も孕んだ踏み倒し能力。手札を捨てるというリスクを冒せは冒すほどリターンも得やすい仕様になっているが、状況に見合ったユニットが呼べるかは完全にプレイヤーのツキに左右される。恐ろしいまでのギャンブル効果である。この瀬戸際に堂々とそんなものに頼るとは、と顔をひくつかせるコウヤに、アキラは強気な笑みを返した。
「俺に不安はない! コウヤ、お前はどうだ!?」
「! ……おうよ、アタシにだってそんな弱気な感情はねえ。いっちょ比べてみようじゃねえか……お前の運とアタシの運! どちらがより強く引き運となって表れるかをよ!」
ドミネイターとしての重大な素質のひとつ、カードにまつわる運否天賦。一発逆転のユニットを呼び出せるか否かの賭け──コウヤへ投げかけた言葉に偽りはなく、大一番に挑まんとするアキラの胸中はどこまでも澄み切っている。
高らかにメーテールが遠吠えた。
「五枚の手札を捨てることでデッキを五枚めくる! カードチェックだ!」
「……!」
さしものコウヤも固唾を飲んで見つめる中、果たしてアキラの手によってめくられたカードの中には──。
「やっぱり来てくれた。めくったカードは五枚全てが『アニマルズ』! そしてその中には……《キングビースト・グラバウ》もいる!」
一斉展開されるアキラのアニマルズ軍団。その光景に対し、コウヤは笑顔としかめっ面が混ざったような不思議な表情を見せた。




