259.『まだ』
これを決着の一撃にせんと空っぽのはずの心身から気力を掘り起こし、ガールへと注ぐ。一体化は継続中。アキラとガールは一心同体も同然、ドミネユニットのそれと比較してもなんら劣らぬプレイヤーとユニットとの融合が果たされている。
(だが……それだけだな)
主人からの命を受けて駆け出したガール。そこに込められたオーラ量を見つめ勘定するエミルの眼差しには、アキラ最後のアタック。それを受け止める熱と共に、冷静な思考によるどこか冷めた思いもありありと浮かんでいた──明らかに少ない。一撃目と二撃目に費やされたオーラからすれば現在ガールに搭載されているその量は、あまりに乏しい。本来なら最大最後の攻撃としてここにこそ過去最高量のオーラを注ぎ込まねばならないはずが、アキラにはそれができていなかった。
いや、そのことを馬鹿にしているわけではない。侮辱しているわけではないのだ。ただ少々、残念に感じているだけ。二撃目を放つ前からガス欠は起きていたのだ。そこから、その限界から存在しないはずの燃料をこれだけ絞り尽くせる人間が他にいようか。アキラは奇跡になど頼らないと言ったが、傍から見ればこれもまた彼だから起こせる奇跡のひとつ。十二分に偉業であり、エミルとてそれに感服する気持ちはあるのだ。
けれど勝ち切るというのなら。最後まで諦めない、ではなく、あくまで勝利を掴むつもりでいるのなら。生憎とその気概に、掲げる理想に地力が足りていないと──実力が追いついていないと評価せざるを得ない。そも、勝負が終わる前にガス欠を起こすなど論外。配分を誤って窮地に陥るなどとてもではないが理想のドミネイターのやっていいことではないだろう……『それ』はアキラの中にしかない理想像なので正確に知れはしないものの、少なくとも自爆で負けるドミネイターが彼の理想ではないことくらいエミルにもわかる。
で、あるならば。アキラがどこぞより振り絞ったなけなしのオーラを纏うガール。ここに表れているのはアキラの未来の可能性にして現時点での真の限界であり、要するに「まだ達せていない」という結論でもあった。何故ならこの程度の一撃であれば、これがファイナルアタックであるというのなら、エミルは余裕を持って防ぐことができるからだ──ファイナルアタックに届かせないことが可能であるからだ。
(これまでの二発とは訳が違う。重みも貫通力も雲泥の差。まさかこれを私が凌げないとは思っていなかろうね、アキラ君……仮にどんな幸運が君を助けようともそれだけはあり得ない)
引ける。確実に引いてみせる。
ライフコアを回復させるクイックカード。
を、ピンポイントで引き当ててくれよう。
そうエミルは決意しているし、実行の目途は充分に立っている。
ガス欠など論外。そう人に評を下せるだけのオーラ配分がエミルにはできていた。今回のファイトでは度重なるミス。『目』の思わぬ不備やそれに伴う予見のズレによっていつも以上に、必要以上にオーラを消耗させられてはいるが。しかしそれらの出費を踏まえてもまだ余裕がある。まだアキラの攻撃を受け止められるだけの備蓄は残されている──そこが既に息切れを起こしているアキラとの大きな差。オーラを活用したファイトにおいての絶対的な経験の差が、二人の現状をこうも引き離していた。
繰り返すがエミルにアキラを侮る気はなく、下に見てもいない。これだけファイト経験の差がありながら、覚えたてのオーラ操作でありながら、こうも食らいついてきたこと。ファイナルアタックにまで臨もうとしているのは、エミルからしても天晴れと言う他ない。この場合は経験の少なさがむしろ彼の才覚を証明している……伸び率を予感させている。今後、どれほどに成長するだろうか。オーラの使い方を経験で知った彼はどれだけ強いドミネイターになるだろうか。想像するだけでぶるりと震えるほどにその予想は甘美であり、リアリティがあった。ただし、今この時は。
(やはり君はまだ私に勝てない。それは才能の差ではない……『五年間』という身も蓋もないアドバンテージ。君と私の歳の差が生んだ前後だ)
聞けばアキラは長くドミネファイトから遠ざかっていた時期があるらしい。どういった事情からそうなったのかまでは存じないエミルだが、この話が本当ならば自分と彼との間にある期間差は五年程度では済まない。もっと長大で重大な格差がそこには横たわっていることになる──だというのに、決着は紙一重。まさにコインの裏表分の僅かな差しかない。ここでもしもアキラがあと一撃分、このアタックをファイナルアタックに仕上げられるだけのオーラを残していれば。高確率で勝利していたのは彼の方であるからして、だからエミルは手放しに称賛する。
(純粋なファイトではないとはいえ──九蓮華の常軌を逸した訓練の結果とはいえ。幼少の頃よりドミネイションズで戦い続けてきた私とでは、おそらく十年でも利かない経験値の開きがあろうに。それでも君は追い縋ってきた。私の首元へ確かに牙を届かせた。あと一歩のところまで……そこまでやってきた君を、心より尊敬する)
自分以外のドミネイターへ初めて抱き捧ぐ、畏敬の念。それをぎゅっと抱きしめて、大切に仕舞い込んで──エミルはここ一番の闘志を発露させる。
「……!」
「むべなるかな、アキラ君。君が君を最大限に魅せたように、私も私を魅せるのだ。既に腹の奥底まで曝け出されてしまった身とはいえ、けれどもまだ! 私は君に知らしめられることがある!」
最後の訓示を以てこのファイトの締めとす、と。エミルが何を行なおうとしているのかはアキラにもすぐにわかった。彼の身体に満ち満ちているオーラ。一見してただ見境なく溢れ出しているようにも思えるそれが、しかし明確に。まるでオーラそのものが自ずとエミルを守るように、その盾となる。壁となる。堅牢なる障壁となる──そうして出来上がった防御態勢は、どう控えめに表現しても。どんなに低く見繕っても否定のしようがないくらい、このターン中における最高硬度として構えられていた。
──破りようがない。
そう感じたのは、確信したのはアキラ当人かそれとも彼以外の全員か。いずれにせよこの土壇場で、消耗した身で最大級のオーラを発揮してみせたエミルの脅威に今一度講堂が揺れたのは間違いなく。このままでは通用しない。ガールの攻撃は今度こそエミルのオーラを貫けず、彼に逆転の一手を引かれてアキラは敗ける。それが確定してしまったこともまた間違いなく──。
「このままなら、な!」
「!?」
「まだだろエミル。俺はまだ魅せきれていない。一番見せたいものを! お前に打ち勝つドミネイターの姿を! お前の背中に追いつく『誰か』の姿を……! まだ見せてやれてない、からには! 俺の本気はここからだ!!」
「なんっ、だと……?!」
ガールに託したオーラは確かに限界一杯、いや、それ以上だ。しかしこれで終わりだとは、打ち止めだとはアキラは一言も言っていない。彼は再三再四繰り返しこう言っている──『まだ』だと。まだ出し切ってはいないのだと。それはエミルが見抜いた通りにただの強がりで、ただのハッタリで。強気な言葉で自分自身を鼓舞する自己暗示のようなものでしかないけれど。けれども自分を騙せるくらいには。騙そうと思えるくらいには、まだアキラの頭が回っており、心が折れていない証拠。奮い立っている証拠だ。
気持ちが燃えている。
それこそがアキラに残された最後の燃料。
「勝つのは俺だ、エミル!」
「っ……!」
ガールの爪が、三度ライフコアを砕いた。




