254.攻撃あるのみ、最後の攻勢!
高らかに。自身の意志と誇りを掲げるようにアキラが唱えたそのスペルから光が溢れ出し──それは彼のフィールドにいるガールを襲った。
「!?」
いや、違う。あまりの勢い故に、味方であるはずのユニットへ光が襲い掛かったようにしか見えず目を剥いたエミルだったが。どうやらそうではないようだった──光はガールを襲ったのではなく、むしろその逆。彼女に害をなしたのではなく「力を与えた」のだ。
それはまだスペルの効果を把握できていないエミルから見ても明らかだった。何故なら謎の光を纏っているガールは、どこからどう見ても。あるいはこうやってまじまじと眺めなくてもわかってしまうくらいには……凄まじくパワーアップしているのだから。
「こ、これは……? いったい《ビースト・オブ・ビヨンド》の効果とはなんなのだ、アキラ君!」
「見ての通りの強化だよ、エミル。こいつの効果は単純至極。俺の場の『ビースト』ユニットに新たな能力を授けるというもの!」
「ビースト専用の強化スペル……無論、君が最後に繰り出す奥の手のスペルカードともなればそういったものになるだろうと予想もついていたさ──それを願ってもいたくらいさ。だから嬉しいよ、ここで《ビースト・ガール》を進化させてくるその戦略は、まさに私が求めていたもの!」
不発になるにせよ、ならないにせよ。アキラ最後の切り札ならばそれは大層に劇的でなければならない。華やかにラストを飾るものでなければならない。そんな手前勝手な期待に、しかしアキラなら絶対に応えてくれる。その確信はやはり正しかったと証明されたが……問題は《ビースト・オブ・ビヨンド》によってガールがどう強化されたか。もう一体のドミネユニットの力と合わさってより強力になったルナ・アルセリアの如くに、あるいはエミルをしても脱帽するしかないほど著しい成長を遂げた主人たるアキラのように、どんな進化がもたらされたのか。そこにこそエミルの興味は強く引き付けられる。
「進化、なんて大袈裟なものじゃないけどな。言ったようにこのスペルは単純なものだ。ガールに与える強化の内容もそれは例外じゃない──墓地に眠る『ビースト』と名の付くユニットの種類の数だけ攻撃権を得て、パワーを1000ずつ上げる。ただそれだけさ」
「……! 攻撃権の増加と、文字通りのパワーアップ!」
《ビースト・ガール》
パワー4000→8000
なるほど、とエミルは納得する。光を纏っている点以外には外見に変化が見受けられないガールだが、それでも『明らかに強くなった』と感じた自分の感性は限りなく正しかったようである。元の数値に倍するだけのパワーを得たガールは、エミルに好戦的な目を向けてはいてもしかしひどく落ち着いている。とても静かな佇まいだ──それはグラバウを始めとした大型の『ビースト』ユニットたちとはかけ離れた理性的な気配。彼らと与するだけのパワーを有していながらそこまでガールが凪いでいること。奥底に研ぎ澄まされた戦意がある、その姿の更なる奥にエミルはアキラを視た。
やはり一心同体。先のデスキャバリーや、レギテウやガウラム同様に。今やアキラはユニットとの合体を──否、いっそ融合と称していいだけの奇跡のひとつを当たり前のように使いこなすに至っている。
ドミネイト召喚や、オーラ操作。それらに並ぶ『覚醒者』が起こすファイトの奇跡、そのひとつがユニットとの融合……またひとつアキラは準覚醒者としての段階を進めたのだと。急速なまでに自分のいるステージへ並び立たんとしている彼をエミルは祝福する。
(決してスペルの効果だけではない。《ビースト・ガール》が放つこの輝き、この力は、アキラ君と重なり合っているからこそ! これはもう、一日の長などとは言っていられない。私が持つアドバンテージなど根こそぎ無くなってしまった。そう断ずるに不足ないほどアキラ君は『覚醒者』に近づいている──!)
ぺろり、とアキラが唇を舐める。それと同時にガールも自身の爪を舐めた。それはまさしく舌なめずり。最後の一時を制するための、強敵を下すための、獲物にトドメを刺すための──獣の意欲、その現れたる動作。やはりアキラには、そしてそんな彼の操るユニットも、『勝利』しか見えていない。圧倒的な勝ち気、それをなんとしても捥ぎ取らんとする気概。それに負けじとエミルもまた一頭の獣の如くに吠えた。
「アタック回数の増加に、パワーアップ。ビーストを冠するスペルらしく大した攻撃性をガールに付与してくれたものだが……しかしその反面、防御性は疎かにも程があるようだなアキラ君!」
「!」
「その勝ち気さで。ユニットと轡を並べたこれ見よがしな強気で、隠し切れるとでも思ったかい? 私を相手にそんな算段は甘すぎると言わせてもらおう。このエミル、たとえ天凛を失おうと九蓮華の血を活かせなかろうと。それでドミネイターとしての瞳が閉じ切るほど蒙昧になった覚えはないぞ。カウンターの脅威は依然として健在。君がクイックカードに抗う術を持っていないのは先も今も変わらないのだから、私のすることにも変わりはない!」
即ちクイックチェックによる反撃を狙う。エミルの狙いはそのままであり、そしてそれだけでいい。それこそがアキラの首を切る致命の一手になる。
そう、《ビースト・オブ・ビヨンド》が与えるのはあくまで攻撃面への強化のみ。エミルの指摘通りに防御面には一切手が加えられておらず無防備もいいところである。そうでなければまだエミルのライフコアが三つも残っているこの場面、リーサル(※相手のライフコアをゼロにできるか否かの概算)も見えてこないのだから振り切る必要はある。半端に守りを見据えることで勝利が見えなくなってしまったら本末転倒なのだから──どのみちターンを跨げばアキラの敗北は確定的なのだから、この割り切りは決して悪手だとは言えない。
まず《ビースト・ガール》自体がそもそも攻撃性能に突出しているタイプのユニットであるからして、そこに破壊耐性なり効果耐性なりが付与されれば「良い感じ」に攻防一体の優れたユニットとなってくれただろう。が、言ったようにそんなバランスの良さではどうにもならない状況、むしろ尖っている部分を更に尖らせること……後先を考えずに攻撃のみに全力を注ぐことは正着な判断だろう。ただしそれが、エミルにとって大いに付け入る隙であるのも確かであり。いくらこれでリーサルにまで辿り着けたと言ってもその全てがガールのみに懸けられているのならば大した怖さもない。
ただユニットを一体潰せば終わり。そしてそれは、ここまで何度となくアキラの戦線を全滅させてきたエミルからすればあまりに容易いことだとしか言えなかった。
「最後の頼りとするにはあまりにギャンブルが過ぎるね──それも恐ろしく分の悪い、それだけ勝ち気でいられるのが信じられないくらいの大博打だ。あの日のファイトの最終局面においても君は《マザービースト・メーテール》によって大博打へ臨んだが、それとはまったく賭けの中身が違う。そのことに自覚はあるんだろうね?」
「……その質問は愚問ってやつだな」
「ほう……? つまり君はしかと認識できていると──」
「ああ、メーテールの時とはまったく違うんだ。あの時と違って、俺はこれを分の悪い賭けだとは思っていない。もっと言えば賭けであるとも思っちゃいない」
「……!?」
「算段も勝算も。甘いかどうかはすぐにハッキリする……! さあ、ダイレクトアタックだ!」
命じたアキラの気迫と、駆け出すガールの気迫が、一個となってエミルを目指した。




