253.向こう側へ!
《ビースト・ガール》
コスト4 パワー4000 【疾駆】
地を踏みしめて立つ、アキラの切り札。虎を思わせる毛並みと色味を持つ獣らしい部分と、艶やかな褐色肌のコントラストに眩しい美しき獣人少女──その堂々たる登場の仕方をつぶさに眺めて、エミルは静かに思う。
(ついにコストコアを使い切った。私に見えていない『何か』があるのだとしてもこれでアキラ君の手は一気に縮まる……このガールのアタックさえ凌いでしまえばもう恐れることもない)
もっと言えば、エミルに残されたライフはまだ三つあるのだ。前回のファイトでのガールの挙動を思えば彼女だけで奪えるライフコアは精々ひとつ。一度はダイレクトアタックが入ってしまうことは確実でも、他に何もなければアキラの攻め手はそれで終わり。ブレイクに際してのクイックチェックでまたぞろエミルが迎撃札を引けば、言わずもがな更に「終わり」だ。その時こそが真の終幕、この楽しい楽しい舞台が閉じてしまう。
今になってそれを残念がるような、忌避するような女々しい真似はすまい──しかし、とエミルはまるで一縷の望みに縋るようにアキラを見る。彼の全体を、彼を取り巻く全てを見つめる。生まれ持った異様の観察眼ではなく、彼本来の視点でそれらを見る。
(残りの手札一枚。墓地に眠るビーストたち。あるいはコストコアやデッキ内から発動される効果を持つカード……そういった、私からは覗けない意表を突くような方法による一手をアキラ君がまだ残している可能性……それは決して否定できるものじゃあない)
レギテウやガウラムにまだ隠された効果があるかもしれない──それこそ目の前にいるこのガールに、前回のファイトでは条件が満たせずに発揮できなかった脅威の能力があるかもしれない。……いや、ガールのコストは4。確かに『ビースト』はユニットもスペルも押し並べて強力で、ひとたびプレイされればコスト以上の活躍を見せるけれども、だからと言ってコストが極端に低いというわけでもない。戦闘能力に見合った重たさが設定されており、自己コスト軽減の能力があってもそちらだっていつでも使えるものではない。
レギテウは手札を捨てねばならず、ガウラムはフィールドでユニットが破壊されなければならない。ファイトの土台を支えるリソースと戦線を切り崩すことでようやくコストを浮かせるとなれば、よほど召喚の必要に迫られた場面でもない限りは普通に本来のコストを支払った方がずっと出費を抑えられる。そういう意味では軽減と言いつつも決して軽くなったわけでもなく、むしろ一枚の重みは増していると評して然るべき。つまるところ総括すれば『ビースト』には相応のコストがかけられているということだ──そこにミキシングのようなあからさまなまでの費用対効果、文字通りのコストパフォーマンスは存在していない。
であるなら。軽減するまでもなく元から4コストと中型相当の費用しか要求しない《ビースト・ガール》は逆算、持ち得る能力が他ビーストより突出していることなどあり得ない。絶対にない、とは言い切れずとも確率的にはゼロと言って差し支えないほどに低い。故についさっきまでのエミルは、コスト帯からしてガールは戦闘力よりも補助力。グラバウやガウラムといった大型よりも、イノセントやベイビィといった小型のビーストに近しいサポート向けユニットである可能性も視野に入れていたのだが……しかしそれはどうやら間違いであったらしい。
コスト論の推測は的を外していない自負がある。けれど、そちらが正しくともガールの見方については誤っていた──侮っていた。中型相当、であれど。単体でこの状況を覆す力など彼女には確実にない、だけども。
ガールは間違いなくアキラが頼るエースの一体。サポート役などではなくその手で、その爪で戦端を切り拓く勇猛果敢なるユニットであると、今なら確信を持ってそう言い切れる。
そうでなければこの局面、こうも自信に満ちた表情で呼び出すはずもない……アキラの瞳。そして重たい前髪に隠れがちなガールの瞳が、共に放つ光。あまりに瓜二つなその輝きにエミルは一瞬、自身が気圧されたことを悟り。圧倒的な優位を築いたというのに、とてもそうは思えない。そう思わせてくれない彼らの強き意志に胸を打たれ、自身もまた意気を上げる。
「侮り。強者の余裕のつもりだったそれに足を掬われて、私は未だ君に勝てていない。無論、こうまで苦戦させられている理由は他にもある。数えきれないくらいに思い当たる節もあるが、一番はやはり『目』に惑わされて君のことも自分のことも正しく見られていなかった。測ることができていなかった、その計算違いが挙げられるだろう。それだけ私は不完全でありながら完全を謳っていた……まったく恥ずかしい限りだが。しかし羞恥に悶えて目を塞いでしまう前に、ひとまず。この勝負が終わるまではしっかりと君を見ていたい。君と、君のカードが織りなす戦いを、啓いた両目で見治めたい。正しく見て、そして勝つ。そのためにもう侮りはしない。かと言って過度に恐れることもしない。私は等身大の君を想うよ」
想い、信じる。ここから踏み込むアキラの一歩が、エミルには遠く見えるこの距離を。高い壁を乗り越えて。決めきれないはずの最後の一撃を、決めてしまう。そんな奇跡のようなプレイを彼が実現できると、そう願う。
その上でエミルもまた戦う。「そうはさせじ」と返しにアキラの息の根を断つ、そのつもりで待ち構える。
「来るがいい! 全力で、全霊で、全開で食らい付いてこい! 君の最後の一手を私に魅せてみろ……!」
「ああ、遠慮なく行かせてもらうぜ……確かにこれが最後。勝敗を分かつ、運命を越えていく一手を!」
手札の最後の一枚。エミルにも唯一の『目に見える未知』をアキラはプレイする。カッと眩く輝いたそのカードは、呪文であった。
「っ、スペルカード──それが君の奥の手か、アキラ君!」
「そうだエミル! こいつは詠唱に6コストかかるスペル。だが自分の場から『ビースト』と名の付くユニットが三体以上離れたターンにのみ、無コストでプレイすることができる。よってコストコアが残されていなくても問題なく使える!」
「場を離れた『ビースト』の数を参照する……ということは」
ということは、このためだったのだ。エミルには合点がいった──このターン中のアキラの行動の全てがひとつの線で結ばれた。
グラバウを残して他ユニットに先んじてアタックさせたのも。レギテウを召喚すると同時に突っ込ませたのも。これみよがしにガウラムを呼んだのも、全てはスペルの無コスト詠唱の条件を満たすため。ライフコアを確実に削りながらもまさに今、この局面へ持っていくための誘い──否、導きであったのだ。
アキラの決断の一個一個は、その都度に納得できるものだった。算段の読めるものだった。だというのにそれらが繋がった先にはエミルにもまるで読めぬ真意が、本当の狙いが隠されていた。そのことに気付き、ぶるりと背筋が。骨の髄が震える。それは紛うことなき武者震い。アキラの才気煥発にヒヤリとさせられると同時に、そんな相手と切り結ぶこと。まさにどちらが斃れるか決定されるこの瞬間の熱さに、エミルの感情は爆発的に波打った。
その闘志もまた同様に。
「俺が発動したスペルの名は《ビースト・オブ・ビヨンド》。ただ終わるだけじゃない、終わった先の向こうへお前を連れていくための。共に向かうためのスペルだ!!」




