250.それでも
それはまさに『門』としか言いようがなかった。前後の区別がない、左右も完全に対称となっている簡素だが重厚な造りの門。何故こんなものが突如としてフィールドに現れたのか? 疑問の答えはすぐにエミルから明かされた。
「戸惑うことはない、これも一連の処理さ。《位相ずらし》は全ユニットを墓地へ送るだけでなく、その内から互いのフィールドへ一体ずつ! 蘇生させるところまでが効果なのでね」
蘇生。つまりこの門を通じてユニットが帰還を果たすということか。そう理解を示したアキラだったが、エミルの説明はまだ終わっておらず。
「このスペルの便利なところは互いのフィールドに何を戻すかを私が決められる、という点だ。登場時効果などを思えば当然に蘇生させたくないユニットというのはいるし、その逆もまた然りだからね……まあ、君の場で退場した二体はどちらも蘇ったところで即座に何ができるわけでもなく、私の方はミュールティスしかいなかったのだから復活もそれ一択。せっかくの《位相ずらし》の面白さを活かせないわけだが」
少々残念だけれど贅沢は言うまい、とエミルはまず自身の門を開く。
「というわけだ、私は自身の場にミュールティスを蘇生! そして君の場にはデスキャバリーを蘇生させる!」
「!」
《神秘の氾濫ミュールティス》
コスト6 パワー6000 QMC 【守護】
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】
別位相へと飛ばされたばかりの両ユニットがフィールドへ戻ってくる。再び見られたデスキャバリーの背中に反射的に頼もしさを覚えるアキラだったが、このあと何が起こるかを彼はきちんとわかっていた。
「ミュールティスがまた登場した、からには──」
「その通り、登場時効果が再発動する! 私が宣言した陣営のユニットを君はコストコアへと変換しなければならず、またそれはレスト状態でコアゾーンへと置かれる! 先ほどのグラバウと同じだ、詳しく説明する必要もないね? 私は当然に『黒』を選択させてもらうよ!」
蘇生候補の二体の内、ディモアは場に黒以外のユニットがいなければ蘇生効果が使えず、デスキャバリーに至っては登場時に発動できる効果などない。つまりどちらを帰還させようとも結果は変わらなかったことになるが、そこでエミルがデスキャバリーを選んだのはどんな思惑あってのことか。アキラが一層に守りの要として信を寄せているユニットを再び除去してみせたかったからか、それともコアゾーンに送ることで墓地以上に再利用の難しい状況にさせようという真っ当なプレイングか。
種族『ダークナイト』には墓地から仲間を呼ぶユニットも多数いる。それをアキラが採用していないとも限らない。だがそれを言うならディモアとて連続蘇生の呼び水にもなり得る──実際にアキラはディモアからオリヴィエ、ルゥルゥに繋いでいく戦術を披露したばかりだ──危険度の高いユニット。再利用されてより厄介なのは、余程に『ダークナイト』の種族シナジーを厚く搭載させているデッキでもなければディモアの方だと判断できる。そしてアキラのデッキは黒もそれなりに採用されているとはいえメインはあくまで緑であり、『アニマルズ』……もっと言えばビーストカードこそが主軸である。
デスロットといった種族サポートの能力を持つユニットがいるといっても、所詮はそこ止まり。それ以上『ダークナイト』の補助に力を入れている可能性は極めて低い、どころかここまでのファイト傾向を見るにほぼゼロと言って差し支えない。と、エミルだってその程度のことは改めて考えるまでもなくわかりきっていることであろうに、それでも彼が蘇生対象にデスキャバリーを選んだのには。
今し方のダイレクトアタック。アキラとデスキャバリーが完璧に一体となって行われたその攻撃を受けたことが関係していないとは、言い切れない。
恣意の選択、定石の放棄。ただしそれはほんの些細なこと。必ずしも正解不正解と判じられるものではないが、しかし気付く者は気付いた。ムラクモを始めとした本気でエミルの矯正を願う大人たち、普段のエミルを誰よりも近くで見てきたイオリ、数少ないエミルの全力の片鱗を直に味わった上級生の幾人──そして今、全力を越えた先でカードを操るエミルと対峙しているアキラこそが。
如実に起こっている彼の変化。先の変貌ともまた違う、何かしらの殻が。皮が剥けていくような、真っ新な変異というものを感じ取った。
「デスキャバリーをコアゾーンへ!」
ミュールティスのページから飛び出た触腕が騎士へと伸びる。迎撃せんと槍を振るうも黒水の腕には物理攻撃が通用せず、空を切るように通り抜けるばかり。反対に触腕はデスキャバリーの全身を余さず掴み、包み込み、グラバウがそうなったようにどこかへ引きずり込んでいった。《位相ずらし》のそれよりも余程に不気味な処理の仕方。その対価としてアキラはまたひとつコストコアを得たが、言うまでもなく疲労状態で置かれたそれはこのターンにおいて彼の助けとはなってくれない。
「はは、コアゾーンが潤ってもそれでは意味がないね。全体量が増えても君が使える残りコストは変わらず9! 決して少なくはない、だがその九個と手札の三枚で果たして私から全てのライフコアを奪えるかな……?」
クイックスペルとミュールティスの効果処理も終わり、エミルはまたアキラのプレイを、攻撃を待つばかり。受け身なのはアキラの手番である以上当然だが、だとしても限りなく能動的であると。現在の自分をエミルはそう見做していた──順調も順調、いっそ呆気なさすら感じるほどに万全だ。
アキラの攻撃手段は消費されていっている上、戦線すら全滅してしまった。対する自分は、ライフこそ減らされているとはいえまだ三度のクイックチェックの機会があり、フィールドには起動状態の守護者までいる。アキラの手札からしてここからまたビーストユニットが出てくることは間違いなく、生憎とミュールティスの破壊耐性が緑陣営には無力であることを思えばそう長く生き残れはしないだろうが。しかしレストしたはずの守護者が再び壁になってくれるのならば、それだけで御の字もいいところ。あと一度は確実にアタックを防げるのだから充分だろう。
正しく『万全』。未だ身を守るに不足ないオーラを維持できているという自認も加えて、ここからアキラが勝利まで漕ぎつける道筋などまったく見えない──逆の立場であれば自分だって諦めることはしないだろうが、しかし心の片隅には。頭のどこかでは敗北の二文字がちらつくこと必至の、どうしようもない状況であると。自分も相手も客観的に分析してエミルは自身の優位を確信している。
それと同時に。
それでもアキラならば、という思いも拭い切れずにいるのが今のエミルであった。
「絶対であるエターナルを倒してみせた君だ……けれどそれはルナマリアとアルセリア、二体のドミネユニットがいたからできたこと。可能性と、その翼を、失ってなおも。絶対的な不利を君は撥ね退けられるのかな──アキラ君」
「……見解の相違ってやつだな」
「なんだって?」
「確かにアルセリアもルナマリアも、お前のエターナルを倒すために共倒れになったが。だけどだからって俺は『失くした』とは思っちゃいない。翼を持った可能性! どこまでも高く飛んでいけるその力は──今も俺の中にある! それを教えてやるよ、エミル!!」




