25.獄炎の悪魔
「使えるコストコアは八個。まずは五つ使って、こいつを召喚! 《獣軍大隊長グリズベッグ》!」
《獣軍大隊長グリズベッグ》
コスト5 パワー5000 【好戦】
「グリズベッグは戦闘意欲旺盛な部隊の大隊長。部下に任せるだけじゃなく自分でも戦うんだ。その意気込みの強さで召喚したターンにも相手ユニットへアタックできる!」
「ほー、【好戦】持ちの中型ユニットか。そこまでがっつりとデッキ内のユニットを入れ替えてるとは予想外だな」
以前のアキラのデッキには、ビーストと名の付くカード以外にこんなパワフルなユニットはいなかった。それこそ切り札の一部を除けば全てが小型ユニットの軽量デッキだったと言っていい──しかしその傾向は大きく変わったようだと、隊長であったレコマンドよりも遥かにムキムキで厳めしい熊の大隊長を見ながらコウヤはそう思った。
「『獣軍』カードは戦線維持のために選んだんだ。攻めの主線がビーストだけっていう、前までの数枚のユニットに頼り切りだった戦い方を変えるためにね」
「……!」
頼り切り、という言葉へ少女の眉が思わしげにピクリと反応したことにアキラは気付かない。今はグリズベッグの背中を熱く眺めている彼に、努めて気付かせまいとコウヤは声を張り上げた。
「だがせっかくのパワフルさもてんで形無しだぜ、大隊長だろうとエリアカードの洗礼からは逃れられない!」
パワー5000→3000
レコマンドのようにわたわたと慌てるような真似こそしないが、しかし地面から立ち昇る尋常ならざる熱気にグリズベッグも表情が歪む。足裏を通じて体内に籠る熱は彼からいつものパフォーマンスを奪い、本領を発揮させないだろう。結果として小型ユニット相当のパワーにまで落ちてしまったが──彼が大隊長たる所以とは何もその戦闘力だけでなく。
「パワーは落ちても効果は発動できる! グリズベッグの起動型効果を発動、次に召喚するユニットのコストを自軍の『獣軍』と名の付いたカード一枚につき1下げる! 俺の場にはグリズベッグがいるから、本来はコスト4のこいつをコスト3として召喚できる! 来いっ、《獣軍守衛ケイブリー》!」
「コスト軽減の効果……!」
もし今もアキラの場にレコマンドとベアールが残っていれば更に2コストも軽く呼び出されていた。コスト4のユニットをコスト1で呼び出されては堪ったものではない──などと言えば《ヘイトスペンサー》の呼び出し効果で計5コスト分も踏み倒したコウヤが言うな、とアキラは納得しないだろうが。とにかく先ほど撃った《大噴火》は使用自体もタイミングも正しかったのだと改めてコウヤは実感した──が、しかし。
(嫌な予感ってのがひしひしとしやがる。このケイブリーっていうユニットはまさか……!?)
両手に小型の盾を装備したアナグマが、むんと敵陣へ見せつけるように独自の構えを取る様をじっと見つめるコウヤ。そんな彼女にアキラは言った。
「その顔、やっぱりコウヤは説明されなくたってわかるんだな。ユニットが持つ力ってものを──獣軍は緑の特色『連携』を体現したカードたち! 互いが互いを支え合って彼らは強靭な部隊となる! ケイブリーは【守護】持ち、かつ自軍の獣軍ユニット一体につきパワーを1000上げる。対象は自身だけでなく獣軍ユニット全てだ!」
「なにっ……!?」
《獣軍守衛ケイブリー》
コスト4 パワー2000 【守護】
グリズベッグのように《灼熱領域》の熱量に耐えられる立派な肉体は持っていないケイブリー。本当なら召喚と同時に墓地へ置かれるはずの彼だが、しかし彼には守るべき戦友が横にいる時こそ輝く不屈の精神があった。たとえ上司の大隊長であってもケイブリーにとっては守る対象であり、同時に心強い味方でもある。その戦意の高揚は味方全体に伝わり、部隊の士気を際限なく高めていく──。
《獣軍大隊長グリズベッグ》
パワー3000→5000
《獣軍守衛ケイブリー》
パワー2000→4000→2000
グリズベッグは本来のパワーを取り戻し、ケイブリーもエリアカードのデバフを耐え切った。今は二体しか仲間がいないために上げ幅も落ち着いているが、場に隊員が増えれば増えるほど全体の強化幅はとんでもないことになっていく。それが明らかなだけにつくづく先んじてレコマンドとベアールを排除しておいて良かったと安堵するコウヤだったが、しかし現時点でも既にアキラの場には高パワーのユニットが出てきてしまっている。
「だが、いくらパワーを戻そうがグリズベッグだけじゃ破壊できるユニットは一体だけ──」
「とは、ならない! グリズベッグは自軍の獣軍カードの種類だけ相手ユニットへアタックできるんだ」
「ちっ……そんなこったろうと思ったぜ。マジで厄介だな、そいつらの互いを参照にして強くなってく効果!」
「それが持ち味だからね──いけ、グリズベッグ! 大隊長の威厳を見せつけてやれ! まずは《フレアランサー》からだ!」
ひとつ頷いた熊の大隊長は、そのムキムキの巨体からは想像もつかぬ素早さで敵へと肉迫。相手がまごついている内に剛腕一閃。爪で切り裂かれる、だけでなく大きく撥ね飛ばされた槍兵は空中で爆発四散。その派手な倒され方を、やった当人は確かめようともせずに首を動かした──彼の目が向いた先にいる炎の紳士は、その視線にギクリと体を強張らせる。
「場にケイブリーもいるためグリズベッグはもう一度ユニットを攻撃できる。再アタックだ! 《ドンタッチ・U》を破壊しろ、グリズベッグ!」
「ちぃっ……!」
続けて振るわれた大隊長の一撃。仲間の喪失でパワーの下がっている紳士はなす術もなくそれを食らい、散る。あっという間に《ヘイトスペンサー》のみになった自分のフィールドにコウヤは舌を鳴らす。──しかし、彼女よりも断然に胸中がざわついているのはアキラの方である。その理由の大方は、ヒリつくような不安というものにあった。
(ユニットを二体展開した上でコウヤのユニットを二体減らした。間違いなく今打てる最善の手を打ったはずだ──けど)
やれるだけのことをやった自負はある。だが、それでもコウヤにはユニットが残されているのだ。たった一体、されど一体。何せアキラのライフコアは残り二個。いくら守護者ユニットに守られているとしても、はっきり言ってコウヤを相手には非常に心許ない数である。
「ターンエンドだ」
「アタシのターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」
ごくり、とスタートフェイズを進めアクティブフェイズに入るコウヤの姿を固唾を飲んで見つめるアキラ。もしも彼女のあの五枚の手札の中に──。
「安心しろよ」
「!」
「お前が何を恐れてるのかはよくわかるぜ。何せこの手札に【疾駆】持ちのユニットカードが二枚あればそれでファイトが終わっちまうんだから。お前のクイックチェックのチャンスはあと一回のみ……さすがにそれだけじゃクイックカードでの挽回にも期待は持てねえもんな。だから安心しろっつったんだ。アタシにとっちゃ残念だが、このターン中に勝負が決まることはねえ」
そもそもアタシのデッキ内の【疾駆】の割合はそう多くねえから当然っちゃ当然だが、とコウヤは肩をすくめながら言った。どうやら本当に手札に【疾駆】はいない、あるいは不足しているらしい。そのことに首の皮が一枚繋がった、とホッとするアキラだったが……彼の安堵はすぐに吹き飛ぶことになる。
「その代わり! 大詰めに向けてお前の場を盛大に荒らすことはさせてもらうぜ──アタシのエースカードでな!」
「っ! ま、まさか……!」
「そのまさかだ! 【疾駆】はいなくともアタシにはこいつがいる! 来いよ、獄炎纏いし憤怒の悪鬼! 《フレイムデーモン》を召喚だ!」
《フレイムデーモン》
コスト6 パワー7000
「うっ……、」
筋骨が剥き出しの、全身の随所にドロドロとした粘度の高い炎を纏った悪魔。その激情に満ちた双眸に射貫かれてアキラは思わず半歩下がる。
ついに来てしまった、コウヤの切り札である《フレイムデーモン》。その恐ろしくも威厳を感じさせる佇まいには、まさしく《灼熱領域》の主に相応しいと思わせるだけのものがあった。
「デーモンの登場時効果発動! このカードを含めたアタシの場と墓地の赤ユニットの総数×1000のダメージを! 相手ユニット全てへ与える!」
コウヤの場には二体、そして墓地には三体の赤ユニットがいる──合計五体。よって5000のダメージがアキラのユニットを襲うことになる。
体の前で腕を交差させ、勢いよく開く獄炎の悪魔。その動作によって彼の身を覆うドロドロの業火が激しく猛り、奔流し、そして津波の如くにアキラのフィールドへと押しよせて地表を浚っていく。当然、そこにいた熊の兵隊たちはその被害を免れない。グリズベッグもケイブリーも炎の波に飲まれ見えなくなってしまった。
「そんな……」
「さあて、邪魔な【守護】持ちも消えたことだし。やれっ、《ヘイトスペンサー》! アキラへダイレクトアタックだ!」
飛びかかり、その棘上の脚部を突き出してアキラのライフコア二個の内のひとつを削る。命じられた任務を終えた《ヘイトスペンサー》は自慢げにコウヤの下へと戻ったが、彼女の様子がおかしいことに気付く。
「……マジかよ、アキラ。たった一度のクイックチェックで引き当てたっていうのか……!」
「──ああ、来てくれたよ。第二の除去クイックスペル、《大自然の掟》を発動する!」




