247.選択の連続、岐路に立つファイト!
選ぶべきは果たして緑か、黒か。緑を選べば、アキラの戦線の支柱を担う《キングビースト・グラバウ》を除去できる。それ自体は論を待たずエミルにとって「良いこと」だ──何せグラバウのパワーは自己強化により現在8000となっており、それは相手ターンのバトル時のみ自身のパワーを8000にまで引き上げることのできるミュールティスとちょうど拮抗する数字。彼らがぶつかり合えば共倒れの結果となってしまう……緑を選び先んじてグラバウを排除しておけばその事態は回避できる。
ただし当然ながら、より多くのユニットを処理できるのは黒を選んだ場合であることを忘れてはならない。緑のユニットがグラバウ一体なのに対し、黒のユニットはアキラのフィールドに四体もいるのだ。ディモア、デスロット、ブルームス、デスキャバリー。これだけの数を一斉に片付けられるのは大きな魅力であり、特にデスキャバリーにおいては攻撃制限を持たない守護者にして【復讐】まで持つ厄介なユニット。グラバウにも劣らず生かしておくには危険な存在だ。
(──という考え方は、ミュールティスには当てはまらないがね)
強化とコストコア送り以外にももうひとつ、ミュールティスには能力がある。それが自身の持つ色である青・黒・白のユニットの効果では破壊されないという耐性だ。純粋な破壊耐性に比べれば些かニッチで活躍の機会を選ぶ効果ではあるが。けれど【復讐】持ちの多い黒などにはよく刺さる力であり、現にこうしてデスキャバリーが大した脅威にならないという意味で大いに役に立っているところだ。つまり、正しい考え方としてはこうになる。
(ミュールティスを残すか、犠牲にしてでも戦線の壊滅を狙うか、か)
黒を選べばユニットはグラバウのみとなり、そのワンアタックさえ防げば少なくとも現状のアキラのフィールドはもぬけの殻となる。代償としてエミルもミュールティスを失うことにはなるが……それとは反対に、緑を選べばミュールティスが死ぬことはない。しかし戦線は支柱こそ失えど崩壊とは至らず、この後のアキラのプレイ次第ではそれが大きな裏目になることもあり得る。
デスロットの破壊耐性付与を潜り抜けてまとめてコアゾーンに送るか。はたまた騎士団+αには目もくれずエースこそを屠るか。どちらにも利点と欠点があり、人によって正解の別れるところではあるだろうが──ここでのエミルの『答え』は。
「まだ私のライフには幾ばくかの余裕がある。猶予、と言うべきかもしれないが。なんにせよそれを有効活用させてもらおうじゃないか」
「ライフを有効活用?」
「目先の敵数が多くなっても構わない──構うべきではない、ということさ。なんと言っても君の手札には三枚ものビーストカードが眠っているんだ。それがグラバウとどんなシナジーを発揮するか読めたものではない以上、私が選ぶべきはひとつだけだ」
そう、エミルは知らないのだ。アキラの手札に控える三体の『ビースト』ユニット。前回のファイト時にはまだ採用されていなかった《ドーンビースト・ガウラム》はもちろんのこと、メーテールの効果で呼び出されただアタックをしただけの《バーンビースト・レギテウ》と《ビースト・ガール》についても。確認済みの【疾駆】以外にどんな能力を秘めているのか、その詳細をまったく把握できていないのである。
無論、グラバウやアルセリアといった他の大型ビーストを参考にすれば、ガウラムやレギテウもまた例に漏れずの非常に攻撃的な……『攻め』にこそ向いたユニットであろうことは想像に難くない。ガールだけは見えたコスト帯的にひょっとすれば、イノセントやベイビィのように補助型のビーストである可能性も拭えないが、いずれにしろこの三体がこれより高確率で召喚されることを思えば場にグラバウを残しておく選択は危険極まりない。
どういったコンボに繋がるかわからず、その脅威度も不明であるからには、せめて一体だけでもアキラのフィールドからビーストを取り除いておくのは適切な判断であると言えよう。そう結論付けたエミルは。
「陣営選択、緑! ミュールティスの効果を適用し、君の場の緑ユニットを全てコストコアへと変換する!」
「っく……、」
ミュールティスに命じ、問答無用の全体コア送りという強力な除去を実行。それでいて四体という数の誘惑に負けずグラバウだけに狙いを絞った彼の選択は、彼以外の者たちから見ても理に適ったものだと認められるだけの正しさがあった──正解と称せるだけの見事な答えだった。けれども。
「止まりはしないのだろう? 攻撃前からエースを失ってしまった、からといって。その程度で君は立ち止まったりしない」
「当たり前だ!」
黒い水の触手に絡みつかれ、どことも知れぬ異空間に引きずり込まれて消えていったグラバウ。そんな絶対的エースの痛ましい姿を見てもアキラは消沈することなく、さりとて必要以上に血を頭に上らせることもなくプレイを再開させる。
「手札を一枚捨てて、コストを1軽減し! 5コストで《バーンビースト・レギテウ》を召喚!」
「! 手札をコスト代わりに召喚できる『ビースト』……!」
《バーンビースト・レギテウ》
コスト6 パワー5000 【疾駆】
黒鉄の如き毛色を持つ巨体の狼。折り畳まれたままの棘上の翼を背中に沿わせて騎士団の合間へ降り立ったレギテウに、エミルは目を細める。
コスト軽減、以外にも何かあると見るべきだ。捨てられたカードは緑のスペル《昂進作用》、それに手札コスト以上の意味はないだろう。しかし一旦ディモアやデスキャバリーで攻めずに召喚を優先したからにはそうすることで何かしら得るものがアキラにあるはず──エミルの脳内を瞬間的かつ同時にいくつもの思考が流れていく。それらを統合し、勘案し、アキラの思惑を予想した上で対応を取らねば。
負けるのは自分。
「レギテウには【疾駆】がある! 召喚酔いには縛られない──よってすぐさま攻撃だ! エミルへダイレクトアタック!」
「ッ!」
「さあ、また選ばなくちゃなエミル! ミュールティスでガードするのか、しないのか!」
即座の攻撃命令に顔付きを険しくさせたエミルにアキラは誘い文句のように言葉を紡ぐ──確かにこれは、またまたの二者択一。レギテウが召喚される前にダイレクトアタックが敢行されていれば迷う余地などなかった。【復讐】を無力化できるのをいいことにデスキャバリーのアタックを止める。逡巡もなくそう決めてガードすればよかった、のだが。わざとらしくも『ビースト』の一枚に先陣を切らせたアキラの行動にエミルは否応なしに多数の「誘い」を感じてしまう。
(レギテウのパワーは5000。ガードすれば問題なく破壊できる数値……それが余計に難しくさせる)
ミュールティスを生かすべきか否か、から、レギテウを生かすべきか否かに解くべき問いが変わった。次に出てくるガウラムやガールを思えば、グラバウ同様に処理しておくべき。しかし此度は『コアへの変換』ではなく『戦闘を介しての破壊』という、如何にも緑陣営のユニットが──なかんずく『ビースト』ユニットが反応を示しそうな方法になるのがひとつの重大な懸念であった。
レギテウが戦闘破壊されることを、アキラは狙っているのではないか? それをトリガーに発動する能力を手札のビーストたちが持っているのかもしれない──いやいや、そう思わせてアタックを素通りさせ、レギテウでライフコアをブレイクすることが真の狙いである可能性もある。つまりはそのブレイクを切っ掛けに発動する能力があるのでは……そう疑うのは他ならぬエミル自身が、自他の差こそあれどブレイクが条件で場に飛び出す《神器絶殺アンドルレギオ》という強力なミキシングユニットを採用しているが故の当然の用心だった。
「私は──」
迫る黒い巨狼を目前に、エミルは。




