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246.エミルのカウンター!

「──引いたな、エミル」


 引いた本人が何を言う前に、アキラの口からそんな言葉が漏れた。そこには興奮もなければ諦観もない、エミルならばそれができて当然だという、一種異様なまでの厚い信頼。そればかりを感じさせる、平坦ながらに実感の込められた口調であった。


「──引いたとも、アキラ君」


 それに応じるエミルもまた、冷静そのもの。しかしてその口元には笑みがあった。常々に処刑のつもりで行ってきたファイト、繰り返された作業によって生まれた癖。いつものエミルらしい冷笑とはまるで異なる、過度の熱を感じさせる真っ赤な笑み。薄紅色の唇に浮かぶその鮮烈さは、端的かつ鮮やかに現在のエミルに宿る『色』を教えている。


 無色透明。ファイトの只中で、ただ力を振るうことだけに集中することを解放と宣った彼らしからぬ、鮮明な色味。そこに透き通った少年の姿はなかった──舞台に立っているのは。アキラの前にいるのは、誰よりも激しく輝く美しいドミネイターの九蓮華エミルであった。


 天衣にして天意、無縫にして無法、神子にして忌み子。悲しき怪物など、もうどこにもいなかった。


「ここで引けずして何が才者か。何が最強か──何が、君と並べるものかよ。そうだろう」


「九蓮華エミル……お前は」


「若葉アキラ。もう一人の時代の寵児。私の目を啓きに来た一方の天意……ああ、恥ずかしいことだけど。恥を忍んで言いたい」


「聞こう。隠さずに言ってくれよ、エミル。俺はもう、お前に言いたいことは全て言った。全部聞かせたつもりだ──だから今度は、俺の方がお前の『本心』を聞く番だ」


「……、」


 ありがとう。と、何度目になるかわからない感謝の言葉を。しかして此度は本当に感謝以外の意味を一切含まない、純心の礼を述べて。艶やかなまでの笑みを携えたままエミルは言葉を、吐露を続けた。


「なに、そう長々と語りたいわけじゃない。ファイトは雄弁で、オーラは素顔だ。さっきまでの私の想いも、今の私の想いも。きっと君には伝わっていると思う……そこに隠し立てられるものなんてないと、思う。今更こんな返事・・をするまでもないことはわかっているが」


 それでも言わずにはおれない。改めて、口にせずにはいられない。自らの意志でそれを届けたいと、そう搔き立てられる。そう駆り立てられる。とてもではないが恥を理由に黙ってなどいられない、だから。


「勝ちたいよ」


「!」


「負けたくないよ、アキラ君」


「…………」


「初めてファイトをしたあの日よりも。お兄ちゃんやお姉ちゃんに挑んだあの日よりも。腕試しという名の最終試験でお父さんと戦ったあの日よりも。アカデミアの受験に臨んだあの日よりも。──初めて君と戦った、あの日よりも。これまでのどんなファイトよりも、私は今! 君との決着となるこのファイトにこそ、勝ちたい!!」


 こんなにも勝ちが欲しいのは。心の底から勝利に焦がれるのは。何度となくファイトをしてきながら、ドミネイションズを戦いの道具と定めておきながら。しかして彼が一度として『戦っていなかった』ことの証左。


 処刑を戦いとは言わない。作業を勝負とは称さない。ただ一方的に相手を屠ることを、間違ってもファイトなどと表してはいけない──これまでエミルが幾千としてきたことは全て、ただの一人遊び。壁に向かってカードを繰り出しているのとなんら変わりないものだった。それでいて自分は最強だと、全てを見通す神の如き存在だと。そうなるべき天凛の才者であると、驕っていたのがこれまでの自分だった。


 何よりもこの『目』に見えていなかったのは、自分自身だった。


 そう教えられた。気付かされた。鏡映しのように自分そっくりの才能を持つアキラを見ることで、初めてそれが映ったのだ。そこに深く押し込められていた、光の当たってこなかった……当たらぬようにと自ら埋没させた本心というものが、ようやくエミルの目にも。


 そして湧き立つ衝動と渇望は、未だ知らぬ『勝利の味』を知りたいと叫ぶ。


「勝たせてくれなどとは言わない。むしろ勝たせないでくれ。私の頭を抑えつけ、四肢を掴み、この首を断て! 全力で殺しにこい! そんな君を乗り越えて手にする勝利にこそ意味がある──求めてやまぬ初めての栄光がある!」


「それがお前の剥き出しの想い。本心だっていうなら、俺もまたこう返そう──頼まれるまでもないぜ、エミル! 俺は最初から最後まで! お前とのファイトを楽しんで楽しんで楽しみ抜いて、そんでもって勝利まで掻っ攫って! 最高に気持ちのいい想いのままに終わらせるつもりなんだからな!」


「ならば善哉、是非も無し! 間際まで大言を実行してみせろ──私はたった今引いたこのクイックカードをプレイする!」


 掴み取った一枚の可能性。引けないかもしれない、という一抹の恐怖と、それに打ち勝つ喜びを。どちらも大切に味わったエミルは胸中を満たす感情そのままに、勢いよく右手のカードをファイトボードへと置いた。


「クイックユニット、かつ青黒白のトリプルミキシングユニット! 《神秘の氾濫ミュールティス》を無コストで召喚する! 《円理の精霊アリアン》が場に不在なので白のコストコアを用意できない私だが、言うまでもなくクイックプレイに色の制限などない! 問題なく召喚可能だ!」


「……! よりにもよってトリプルミキシングを呼んだか!」


「『駆け付けてくれた』、と君流に言ってもいいけれどね──出でよミュールティス!」


 《神秘の氾濫ミュールティス》

 コスト6 パワー6000 QMC 【守護】


 巨大な書物。とでも表現すべき造詣をしている天使。開かれたページから闇を芯として水を纏わせた幾本もの触手が溢れ出しているその様は、神秘という単語に似つかわしくないぎょっとするような無辜の邪悪さを見る者に感じさせる。言葉にならないざわつきでアキラのドミネイターとしての本能が鳴らした警告の音は、実に的を射たもので。


「ミュールティスの恐るべき効果を発動しよう。この子の登場時に私は陣営をひとつ選ぶ。そして君は、選ばれた陣営に所属するユニットを全てコアゾーンへと置かねばならない」


「なっ……複数のユニットを強制的にコストコアへ変換する能力!?」


 墓地送りと同じく、破壊を介さない故に対処の難しい除去能力。それを相手のフィールド状況にも左右されるとはいえ理論的には強制の全体除去として行えるユニット……三色トリプルミキシングだけあってこれもまたとんでもない存在だ。と言っても、除去する数が多ければ多いだけ相手にコストコアという新たな力を与えてしまうという一応の弱点らしきものもその力にはありはするのだが──しかし。


「ミュールティスの力で増えたコストコアはレスト状態でコアゾーンへ置かれる。増えたコストを活かせるのは次のターンからだ……つまり、『次のターン』なんてない君にはなんのアドバンテージにもならないということ。このタイミングであればミュールティスの効果は一方的にユニットを失わせるだけの、究極の除去となる」


「やってくれるぜ、エミル。何か引いてくるにしてもまさかここまで厄介なものを呼ぶなんて……おかげで俺の遅れは二手どころじゃあなくなった。でもそれはいいんだ、起きたことなんだから受け入れなくちゃな」


 それで、どうする? とアキラは不敵に問いかける。


「ミュールティスで除去する陣営を選ぶのはお前なんだろ? 俺の場には黒と緑のユニットがいる。さあ、どっちを選択する?」


「……ふふ」


 二者択一。ドミネファイトをしていれば往々にして訪れる分かれ道、その岐路に立ってエミルもまた不敵な笑みをアキラへ返した。



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