244.ファイナルターン!?
(ガール、レギテウ、ガウラム。俺の手札には【疾駆】持ちが三体いる。この内の二体を召喚すればエミルの言う『二手』は埋まる……あいつのライフコアの全てを削り切ることが、できる)
ただしそれは、『エミルによる妨害が行われなければ』という仮定の下にしか成り立たない計算だ。アルセリアやルナマリアのようなドミネユニットとは違い、純正のビーストたちに除去耐性などという便利なものは付いていない。つまりは火力スペルの一枚でも唱えられてしまえばその時点でアキラの勝ちはなくなることになる。
クイックチェック。アキラが今し方エミルの抑制を撥ね退けて必要なカードを手にしたように、エミルの方も当然にそれと同じことをしようとするだろう。そんなことさせない、許さない。と、そう言い切れたら、そう実行できたならそれでアキラの勝利だが。けれど九蓮華エミルを相手に、五つものライフコアがゼロになる前にただの一度もクイックカードを引かせない、などと。やろうと思ってそれができるならこのファイトはこんなに長引いていない──こんなに楽しめていない。
(『果たしてできるかな』と。そう言ったエミルの試すような目はそれも含めての問い。最低減の手数を補うことはできても『それ以上』がなければ結局手が足りなくなるという忠告……いや、単なる事実の宣告なのかな。俺にできるか、できないかで言えば──)
できる。などとは間違っても簡単に言わない方がいい。できなかった時点で負けが決まってしまうのだから尚更に、安易な攻め方はすべきではないだろう。特にクイックでプレイされるカードはコストを要求しない……即ち多色を要求するミキシングカードであっても、クイックチェックで引けたならコストコアの色合わせなど気にすることもなく即座に使える。このことはミキシングだらけで構成されているデッキを使うエミルを大いに手助けするものだ。彼の戦法の要たる《円理の精霊アリアン》。現在は場に不在の色操りのユニットを呼び出さずとも、少なくともクイックチェックで引いてくる分にはエミルは何ひとつ阻害されず、強力なミキシングを好きに使用できるのだから。
(このスタートフェイズのチャージで使えるコストコアは計十四個になる……俺がすべきなのはそれら全部を使ってレギテウとガウラムを召喚する、なんて相手の引きの悪さに縋ったやり方じゃあなく。エミルの妨害を、エミルの運命力を踏み越えるためのプレイング!)
道筋は定まった。元より歩むつもりではあったが、改めて。そこを進むになんの迷いも躊躇も持たぬよう意識を定めたのだ。どのみちエミルと再び「押し合い」を演じることは必至、であるならば、アキラは少しでも自分の信じられる気持ちのいい道を行きたかった。それはきっとエミルの側も同じだと思うから──だから弱気や妥協など、一切いらない。今この瞬間、自分と彼を含むこの場の全てには『最高』しかない。へとへとの体で、摩耗した心で、だけどもアキラは絶好調だと。強がりではなく本心からそう思えた。
「ああ、やはり。君の覚悟はとっくに決まっていたのだね。エターナルが破られるまで私をそれを信じられなかった──君を信じたいと願いながら、どうしてもどこかで疑ってしまっていたのだ。だが、今なら真っ新に信じられるよ。君という一人のドミネイターの『無限の可能性』を」
「……ありがとう、エミル。お前にそう言ってもらえるなら、俺ももっと信じられる。人が持つ可能性。ドミネイションズカードが持つ可能性。俺たちの歩む道がどこまでもどこまでも続いているってことが」
ふ、とエミルはアキラの言葉に小さく温かく微笑んで。
「それなら、重畳。私はターンエンドだ」
「──俺のターン。スタンド&チャージ、ドロー!!」
これが最後。そのつもりで行ったドローには万感の想いが込められていた。力強く、それでいて流麗に。引いたカードを手札に加えたアキラは、すぐにアクティブフェイズへと入って。
「アタックをさせてもらう! 俺の場にいる直接攻撃が可能なユニットは、お前の言う通りに三体! まずは三つのコアを貰うぞ、エミル!」
《キングビースト・グラバウ》
コスト7 パワー7000 【好戦】
《闇重騎士デスキャバリー》
コスト5 パワー4000 QC 【守護】 【復讐】
《呼戻師のディモア》
コスト4 パワー2000
アキラのフィールドで、デスロットとブルームスを除く三体が攻撃態勢を取る。先陣を切るのはどのユニットになるのかエミルはとアキラの命令を待って、一瞬の静寂。その後に。
「行けっ、ディモア! エミルへダイレクトアタックだ!」
「最もパワーの低いユニットから来たか。まあ、定石通りと言ったところかな」
こういったどのユニットから攻めさせるかを選ぶ場面において、火力スペル等を筆頭に様々な手段で除去されやすい小型のユニットから動かすか、あるいは少しでも大型ユニットへ向けられる照準を逸らすために小型ユニットを後に残すかは人によって好みの別れるところだろう。時と場合によってどちらが好手にも悪手にもなる、正しい答えのない選択。だからこそ、そこでその場限りの『正解』を導けるかどうかはドミネイターとしての資質にも深くかかわってくるものだが、しかしここで確実にトドメまで持って行こうと。必ず勝ち切らんとしているアキラからすればより小型の、飾らずに言えば『より重要度の低い』ディモアから攻め入らせるのは当然の判断であった。
何せ一手が非常に重いこの状況、一体でも除去されればその時点でアキラは攻め手を欠くことになり、ならば少しでも。エミルが高確率で引き当てるであろうカウンターの札に幅広く対応できるユニットを後に控えさせるのは、エミル当人から見ても理に適った選択だと言える。
(火力スペルよりもよっぽどアキラ君が警戒しなければならないのは、サイレンスのようなクイックミキシングユニット! であることを、ここまでのファイトで彼はよく理解できているはず)
考えるともなくアキラがその予感を抱いているように、まさにエミルのデッキにはサイレンス以外にもクイックミキシングが採用されており、しかもそれはチャージでコアゾーンへ消えたりせずに未だデッキ内に眠ったままである。残り枚数も少なくなってきている今、これよりの連続クイックチェックでそれが引き当てられる確率は決して小さいとは言えない──それはアキラがどれだけアタックに渾身のオーラを注いだとて変わらない事実であり、現実だ。
サイレンスが四色であったのに対し、デッキ内のクイックミキシングは従来通りの二色。カードパワーを比べてしまえばサイレンスには大きく劣るものの、アキラの攻勢を邪魔する壁役として充分に過ぎる。
「再び強く祈り、そして念じるといい。選択がどうであれ君の『正解』は私に引かせないこと……! それこそが最善にして唯一の答えなのだから!」
「──それはどうかな?」
「何──、」
「ディモアの攻撃! 恩讐の一撃!」
足音を立てずに迫ってきたディモアが、いつもはハンドベルを振るうその細腕で思いの外に鋭い一撃を繰り出し、エミルを守らんと前に出たライフコアのひとつを粉々に打ち砕く。飛び散った破片がより細かく粒となり、粒子となり、ライフを失ったプレイヤーへ新たな力を授けんとその身に宿る。
「やはり君の考えていることが、君に見えているものがさっぱり私にはわからないが。とにかく与えられたチャンスを掴んでみせよう──このターンでファイトが終わってしまわぬよう! こちらも全力で引かせてもらうよ!」
そう言ってデッキにかけられたエミルの手には、アキラにも負けないだけの力が込められていた。




