242.獣の呼び声、ビーストコール!
「残った二個の片方をブレイクだ! 次の一撃で本当に終わりだね、アキラ君!」
「ッ……だが! ライフコアが相手によってブレイクされたことで、俺にはクイックチェックのチャンスが訪れる! 次の一撃が決まるかどうかはそれ次第だ!」
ポリテクスやエターナルが持つ『クイックチェック封じ』の能力によって、ここまでブレイクされた数の割にはその機会が極端に少なかったアキラだが。今回はなんの邪魔立てもなくドローを行なえる。そこにこそ一縷の勝機があった。
「エミル、お前が俺の盤面に対する最適解を引いてきたように! 俺もまたここで絶体絶命のピンチへの解答を引く! そうすればまだ終わりにはならない!」
「そんなことがやれるのかいアキラ君。流れは今、確実に、私の手の中にある! 多少引き戻した程度では制することなど不可能だ──私の運命力の全てを断ち切るくらいでなくてはそんなもの掴めやしまい!」
「やってみせる! どんな窮地だって笑って乗り越えて逆転する! それが俺の目指すドミネイターなんだから──クイックチェック、ドロー!!」
その時、観客席は騒然となった。アキラを抑えつけんとするエミルのオーラ。それを撥ね退けんとするアキラのオーラ。ここにきて、ドミネユニット同士の激突という決戦を越えてなお、より激しく食らい合う両者の可視化された闘志。まるでオーラそのものが生き物であるかのように蠢くその様は、そこまでのレベルにない者たちからすれば異世界を覗いている気分になるのは当然のことで──しかし、エミルの寒々しい気配が充満していた先ほどまでとの決定的な違いがそこにはあった。
そこへ行きたい、と。近づきたくもなかった心境から、逃げ出したかった心持ちから一転、自分もその高みへ達したいと。彼らと戦えるレベルにまで登り詰めたいと、この時の生徒らは自然とそう思えた。この差はどこからくるものか? エミルの僅かな心変わりが原因か、あるいは異様な光景に何度となく出くわしたことで感覚がマヒし、慣れてしまったからか。いやひょっとすると──自分も、そして相手にも、本気を引き出させる。本気以上の力を発揮させるファイトをするアキラの性質に、今日ばかりは観戦者まで引っ張られたが故の変化なのかもしれない。
いずれにしろここまでの戦いをつぶさに眺め、目が肥えている生徒諸君にはもうわかっていた……クライマックスを乗り越えた先でもやはり不利なのはアキラだと、正確に戦況が理解できていた。
何せ元々、オーラの質ではまだしも互角と言えても多寡では圧倒的にエミルが勝っていたのだ。エターナルが破壊されたことでのショック故か最大値と比べて少なからずの目減りもあったとはいえ、そのマイナスがあっても絶対量では上回っている。それが今まで以上に直接的に、なりふり構わずにアキラの運命力を抑制せんと押し寄せているのだから彼には苦しい。消耗の度合いで言えばアキラの方が深刻。ブレイクで蓄積したダメージも合わせて今の彼はもはやどうして立っていられるのか、どうして戦っていられるのか不思議なほどにボロボロである。
耐えられるわけがない。覆せるわけが、撥ね退けられるわけがない。疲れ切った体と心で、絡みつくエミルのオーラを御せるはずがない──そう思ってしまう。逆転の一手になるカードなど、窮地を脱せられるカードなど、この状況で引けるはずがないと確信してしまう。繰り返すがこれは至極真っ当な、実に正確な戦況分析のもとに導き出された答えだった。
ただしそれはアキラが出した答えとは違う。そして彼は、ここまで何度も敗北を幻視した観客たちの予想を裏切り、未だエミルという巨星に立ち向かっている一等の綺羅星でもあって。
「──来たぜ、エミル! 俺の『クイックスペルの切り札』が!」
「……!? 引いたというのか──本当に掴んでみせたというのか、絶体絶命を凌ぐカードを!?」
「お前に勝つためには、どれだけ苦しい状況だろうとも運命力を保つことが必須だってわかっていたからな。この一ヵ月は先生たちにも手伝ってもらってそこを重点的に鍛えてきた──かなり過酷な修行だったけど、おかげで助かったぜ。その成果がなかったらとっくに負けていた。今だってこいつを引くことはできなかったろう」
そう言って、掲げる一枚のカード。今し方引いたばかりのそれの裏面を見せてくるアキラに、エミルは笑いながら問うた。
「ただのクイックスペル、ではなくて。切り札のクイックスペルと豪語するくらいだ。それはつまり、単に窮地を凌ぐだけには飽き足らない、さぞかし私を驚かせてくれるカードなのだろうね?」
「もちろん。俺が引いたのはこのスペル──《ビーストコール》だ!」
「っ!」
『ビースト』名称のスペル。それもクイックカードともなればなるほど、アキラにとっては切り札の一枚と称すに相応しいカードであろう。効果も不明の内からエミルには察せられた。その眼力を頼りにせずとも明らかだった──このターンでの決着は、既にない。アキラは確実にこちらのファイナルアタックを阻止するだろうと、まるで知っているかのようにここから先の展開を推察できた。
「《ビーストコール》を無コストで詠唱! その効果により俺は自分の墓地から『ビースト』と名の付くユニット一体を蘇らせ、そして相手ユニットとバトルさせることができる!」
「蘇生に加え、相手ターンだろうとお構いなしのバトルだって? はは、それはまた随分と怖い効果だ」
アキラの操る『ビースト』ユニットの大半は戦闘に特化した能力を有している。それが急に墓地から出てきてバトルを強制してくるとあってはたまらない。そんなことをされてはフィールドも戦術もぐちゃぐちゃに荒されてしまう──無論、それこそが『ビースト』の本領であり、《ビーストコール》というスペルの望むところであるというのは理解できているが。
「だとしても痛いな。ここでそのカードを引かれてしまったのは、本当に手痛いことだ」
「だけど、お前の使うスペルとは違って混色でもないからには俺にも当然リスクがある。それはこの効果で蘇らせる『ビースト』ユニットのコスト以上の合計コストになるよう、自分のフィールド上にいる緑陣営ユニットを墓地へ送らなければならないというもの」
「ほう。つまりは既に召喚されているユニットのコストでコストコアを肩代わりするということか──しかも捧げられるのが緑陣営ユニットのみに限定されているということは、だ」
アキラの墓地に眠っている『ビースト』ユニットで、この局面で呼び出して意義のあるユニットはただ一体。それを前提に考えれば確かに、アキラとしても支払うものは大きいと言えた。瞬間的にそこまで解したエミルに、アキラはその通りだと肯定を返す。
「蘇生対象に指定するのは、《キングビースト・グラバウ》! その7コストを捻出するために俺が墓地へ送るのはティティ、リィリィ、ルゥルゥ! 三体の妖精ユニットの合計コストは9、これで蘇生条件はクリアされた!」
「一体を蘇らせるために三体を犠牲にする。大きな損のようだがそうせざるを得ないのだから仕方がないね。それに、妖精三体にも劣らないだけの価値がグラバウにはあるのだから」
たとえその三体が【守護】持ちであったとしても、しかしここでアキラを守れるのは守護者ではなく攻撃的な巨獣を置いて他にはない──光となって消えていく妖精と入れ替わり姿を現わしたグラバウを見上げ、エミルはその復活を歓迎する気持ちでいた。




