241.エミルの支配、アキラの支配
「《リキッドブースター》……? まさか」
アキラはそのカードの存在や効果を寡聞にして知らなかったが、しかし名称やエミルの口にした『攻め入る』という文言からそれがどういったスペルであるかはおおよその方向性が察せられた──これより何が起きるかの予想は、ある程度ついた。その素早い察知をエミルは肯定する。
「君の思う通りだろうね。《リキッドブースター》は君が使った《フェアリーズ・フォーチュン》と同じく、種族専用のスペル! 私の場にいる種族『アクアメイツ』にのみ効果を及ぼすサポートカードさ!」
「っ……お前のデッキにもそんなカードが入っていたのか」
無色+五色を全て詰め込んだデッキに、種族サポートまで組み込んでいる。いよいよもって正気の沙汰の構築ではない、とは思うが。しかし考えてみれば前回のファイトからも一貫してエミルが使う青のユニットは──青入りのミキシングユニットも含め──アキラが知る限り種族は『アクアメイツ』で全て統一されている。そして全色のごった煮デッキといっても彼の主軸が青と黒であり、特に盤面を作る際に用いるのが青の方である以上、『アクアメイツ』専用のサポートがあっても何もおかしくないと言えるだろう。
……いや、その点を踏まえたとしてもコンセプトとして「ギリギリ破綻していない」といったレベルであって、やはりアキラから見てエミルのデッキはまともな構築であるとは逆立ちしたって言えたものではないが──。
「ふふ、何をそんなに意外そうな顔をすることがあるのかな。人のことを言えた義理じゃあないだろう? 君だってこちらに負けず劣らず構成はとんでもないものだろうに……私のデッキがそうであるように、君のデッキだってとても常人には扱えやしない、『まともではない』類いの代物だ」
「……!」
「無論、それくらい気付くさ。これだけファイトが続けば当然に勘違いを自覚する。アキラ君。君のデッキは『ハイランダー』。ユニットもスペルも同じ種類のカードは二枚と入れない、全てがピン差しの──一枚採用の構築だね?」
これまでにアキラが使ったカードは、スタートフェイズのチャージでコストコアへ変換されたものも含めて軒並み一枚ずつしか確認できていない。二枚目が、見つからない。最大投入されているに違いないと読んだ《ワイルドボンキャット》でさえも一枚のみ、ボンキャットが担う役割の水増し要員と睨んだ《ベイルウルフ》もまた一枚。長丁場のファイトになって互いの採用カードやデッキの底というものも見えてきたというのに、ここまで徹底的に『二枚目』の存在が見えない。ということは、だ。
「やはりあの時。私が壇上に上がるまでの間……イオリやムラクモ先生と言葉を交わしていた僅かな間に、君はデッキの中身を入れ替えていたんだね。もしやとは思っていたが、いやはや。あんなタイミングでよくもそう思い切ったことをするものだ」
イオリとのファイトでアキラは初ターンに《ワイルドボンキャット》を二体並べて召喚していた。その時点では、彼のデッキにも重複カードはあったのだ。しかし今はそうじゃなくなっている、ならば、あのひと時に構築を変えた。そうとしか考えられず──それがどんなに無謀なことかはドミネイターであれば誰しもが理解できる、まったくもって理解しがたい行為である。
「……イオリと戦った時の構築が、お前に挑むために練った構築だった。安定感と爆発力を両立させた最高の出来だと思っていたよ。でも、ふとした拍子に違うって感じたんだ。一戦を制して、いよいよお前との再戦だってなったあの瞬間に、俺の手は自然と動いていた。カードを入れ替えていた。あんなに悩まずに構築が決まったのは初めてだったな」
「その答えがハイランダーなのかい?」
問いかければ「ああ」とアキラは頷き、それにエミルは肩をすくめてみせる。
「それこそ正気じゃあないね。全てピン差しのデッキなんて安定感とも爆発力とも縁遠い代物。余程に練って調整を繰り返さないことにはバランスなんて取れない。ぶっつけ本番で試すにはリスキーが過ぎるだろうに、なのに君はよりにもよって私とのファイトを前に躊躇いなくその選択をした……狂気の道へと飛び込んだわけだ。その行為に君を応援してくれている皆だって口を揃えてこう言うだろう。『異常だ』ってね」
「確かに、全部が一枚きりとなると決まった戦法は取れないし各コスト帯の枚数の調節も難しくなる。そこは洗練しきれてないと自分でも思うし、直前でそんな構築にしてお前っていう強敵に挑むなんてあり得ないくらい馬鹿なことをしたとも思う。……でも、なんとかなっている。いやむしろ、ハイランダーにしたからこそここまで戦えているんだ。ひらめきに任せたことを俺は後悔していない。そのおかげでこうして賑やかなデッキでお前に対抗できているんだからな」
「……賑やかなデッキ、か。実に君らしい表現だね」
四十枚四十種という限度いっぱい。限られた数の中で最も多種のカードを採用できるのがハイランダーであるからして、カードとの絆を殊更に大切にするアキラからすればなるほど、賑やかという言葉にも納得がいく。つまるところ彼は楽しんでいるのだ。重大な責務を負ったファイトに挑むことも、その準備も。アキラは徹頭徹尾楽しんでいる──ワクワクしている。そのことが、デッキ構築から。そして彼のオーラから察せられた。
ドミネユニットの喪失を乗り越えてなお一層に輝くアキラの闘志は、つまりそういうことなのだろう。
「私とはまったく違う『支配』の在り方。従わせるのではなくカードが自発的に従うような……そういう流れが、君と君のデッキにはある。主義主張こそ異なれど互いにドミネイターとしてあるべき姿を体現できていることを、素直に喜んでもいいのかな。それとも新世界を目指す私はそれを嘆くべきなのか……はは、もうごちゃごちゃだ。わからないよ。わからないというのが、こんなにも怖くて。こんなにも楽しいものだとは知らなかった」
教えてくれてありがとう、と。気負わない、背負わない声でそう言ったエミルの表情は清々しく、それでいて明らかに。
明らかに勝利に飢えていた。
「感謝を示す、故に君に勝つ! 《リキッドブースター》の効果を適用! 私の場の『アクアメイツ』ユニットに【疾駆】を与える! 適用ユニットにはアタック後に自壊するというデメリットも付与されるが、これで終わるのだから関係ない!」
「【疾駆】だって──やっぱりそいつは召喚酔いを取っ払うスペルだったか!」
青陣営の【疾駆】付与という珍しい効果に瞠目するアキラの視線の先で、スペルの恩恵を受けた二体の『アクアメイツ』がその水で出来たボディをメキメキと流線形に尖らせていく。速攻能力を得た彼らの出で立ちは、主人たるエミルの闘志に応じるように戦意を高く募らせていた。
「《スリムリーパー》にダイレクトアタックを命じる! 【潜行】により君の場にいる六体の守護者はどれも動けず、この攻撃を防ぐこと能わない!」
「ッ……!」
アキラを守るために陣形を取っている騎士と妖精の集団、その隙間をするりと抜けてスリムは敵本陣の奥地へと難なく侵入。見事本丸であるアキラの下へと辿り着き、そして。
「まずは一撃目だ!」
「っぐぅ!」
スリムの振るった腕、そこに生えたヒレのような刃がアキラのライフコアを切り裂き、壊す。これでアキラのライフは残り一。あと一撃でもダイレクトアタックを受けてしまえばその時点で敗北が決定する、本当の瀬戸際にまで追い詰められてしまった──。




