236.終わり
最後の瞬間は、壊れる、というよりも、混ざり合うようだった。
体積の差など微塵も考慮に入れず突っ込むアルセリアと、そんな彼女を打ち落とすべく弱体化されながらも砲撃を放ったエターナルの攻撃は、同時に互いを世界から追い出さんとしていく──その果ての、対消滅。力の衝突によって生じた光とも音とも渦とも取れぬ何かが臨界点に達し、そして二体のドミネユニットは弾けた。瞳を焼くような閃光、一瞬の静寂。時間と空間に空白が差し込まれた、その次の瞬間にはフィールドは空っぽになっていた。
「相打ち──だと。私の、我が天意の。絶対の強さの象徴たるエターナルが……やられてしまったというのか」
あり得ない。あり得ていいわけもない。そんな事態は起こってはならない──《天凛の深層エターナル》は九蓮華エミルの片割れであり、新世界創造の任を遂行する決意を固めた一端でもある。彼という存在がいてくれたからエミルはまだしも希望が持てた。誰ともわかりあえないこの世界で、理解も共感も得られない窮屈な世界で、されど自分と同じ存在はいると。天よりの才を与えられた者同士であれば、きっと通じ合えると……そう夢を見ることができた。
だからこそエミルには必要だった。新しい世界が、自分のような異端でなければ導けない世界が。そこにこそ自分と同じ本物の才を持ちながら世界に絶望している数少ない者たちの──きっとどこかにはいるはずの皆の、幸福に暮らせる場所がある。そういう場所を自分が作るのだと夢を持てた。
先導者として孤独にはなろう。頂点に立つからには本当の意味で対等の仲間を得られる機会はきっと二度と訪れない。それでも同類を集めて作った世界であれば、今よりもずっと自分らしく生きていけるだろう。……それは間違いではなかったはずだが。そこにエミルの計算違い。『目』を以てしても、否、見抜くともなく多くのことを見抜いてしまう、見限ってしまう特異な眼力があったからこそ。彼には見えないものもあった。
即ち、ようやく見つけた同類が必ずしも自分と同じ苦悩を味わっているとは限らず。また、これまで見てこなかった──目を逸らしてきた己の弱さを、逆に見抜かれてしまったこと。これらはエミルの数少ない、そして最大級の誤算となった。
人は常にひとり。後悔はないのかと引き留めるムラクモに、寂しさを指摘するアキラに、そう返したが。なんてことはない、その信条の如き言葉もただの予防線。自身が創造した理想の世界でさえ「あぶれてしまう」ことを憂いた彼なりの自己弁護だったのか。二度目のファイトの佳境に差し掛かっていながら、未だアキラ一人ともわかりあえない、同志とできない。それが先行きを暗くさせて、嫌でも自覚させられる。
九蓮華エミルの才能は、ドミネファイトの強さは本物だ。ただし、だからとて、ただ強いだけで新しい世界など創れるものか? 目指した理想の先で本当に人々を導けるものか──エターナルという『絶対』の崩壊によって、エミルにはそのことがわからなくなりかけている。根幹が、揺れている。
なんとしてでも従え、手に入れる。そのつもりで歓迎したアキラに、狙い通りに初対面時よりもずっと強くなってくれた彼に──自分はこうも苦戦している。
これが果たして創造主のあるべき姿なのか……?
「ただやられたってわけじゃないだろ?」
「!」
「お前の『絶対』シン・エターナルは俺の『最強』ルナ・アルセリアを討ち取った。やられはしたけど、やっつけもした。それをまるでなんの戦果も挙げなかったみたいな言い方をされちゃあ、俺の方こそ納得がいかないぜ」
「ルナ・アルセリア……ルナマリアより力を授かったアルセリア、か。なるほど……ふ、ふふ」
サイレント・ナイト、だったか。夜を照らす月光の如き静かなりし力──『能力封じ』の能力。確かに、元々が反則めいた力を持つドミネユニットにそんな超反則まで備わったからには、最強だ。ユニットの能力を消し去るという効果の希少性と奇襲性は言うに及ばず、完全体にこそなれていなかったがアルセリアの強さもまた本物であった。そしてその強さこそが重要だった。
相手の効果を受け付けない、という耐性においても最上位に近しいものを発揮するシン・アルセリアでも強度という観点では能力封じに劣らないだろうが、しかしそれではシン・エターナルに手も足も出なかった。【復讐】による破壊こそ撥ね退けられはしても無限ガードが行えるエターナルを突破することはできず、逆に彼のパワーに押し潰される形で耐性も無意味に破壊されるだけだった──その運命を変えたのが、ルナマリア。彼女の授けた力。完全体では勝てずとも翼ならば相打てる。二体の『ビースト』ドミネユニットの結束にエターナルは破れた。エミルの孤独に、アキラの結束が打ち勝ったのだと。そう言い換えることもできそうだった。
「可能性を飛躍させるための翼とは言い得て妙だね。君の最強は、比類なき最強だ。そんなものと能力の大半を封じられながらも相打てただけ、エターナルを褒めてやるべきなのだろうな……だが」
だがエターナルはもう、『絶対』ではない。敵も道連れにしたとはいえこればかりは誤魔化せない。目の逸らしようがない。完全体のエターナルがフィールドから除去された。それはエミルにとって敗北以外の何物でもないのだから。
彼を導いてきた天の意志が、ここに潰えた。
「だからもう……」
「終わりだ、なんて言わないよな?」
「……君以外に私が信じられたものは、私自身だけだった。その半身が打ち砕かれたのだ」
「だけどまだ半分、残っている。天意なんてよくわからないものとは関係の無い、本当のお前自身の部分が。まだそこにあるんだろ?」
「あるいは、そうなのかもしれない。これが本当の私なのか……しかしだとすれば、ここにあるのはとんだ抜け殻だ。天意を失った私には何もない。それこそこれまでに私が切り捨ててきたあらゆる物よりも一層に価値のない代物だよ」
空っぽなのはフィールドではなく、己だと。絶対の指針を失くした九蓮華エミルであると彼は自嘲する。薄々とそれがわかっていたからこそ多くを捨ててきたのか。恐れの裏返しが苛烈な手段に走らせたのか──そこに至ってしまったからもう止まれなくなったのか。
是とも非とも言い切れない。どちらであっても大差はないが。ともかく確かなことはただひとつ。
「そうとも、終わっているのだ。私の全ては今ここに終わった。終止符を打たれたのは私の方だ──」
「そんなことは、ない!!」
「ッ!」
鋭い否定に、いつの間にか落としていた視線を上げて目を合わせる。こちらを見つめるアキラの眼差しは、ファイト開始時から何も変わらず。相も変わらずにどこまでも真っ直ぐだった。
「終わってなんかいない。お前も、そしてこのファイトも。まだお互いにライフは残っている。ライフコアより先に想いを失くしてどうする! それでもお前はこの学園最強のドミネイターなのか、エミル!」
ドミネイションズ・アカデミアで最強ということは、アマチュアとしては日本一のドミネイターだと言っても過言ではない。プロと違ってランキングで比べられるような指標こそないが、エミルの戦績は最強の生徒の名を欲しいままにしていいだけの価値がある。乱暴な手段で培ったものだとしても、しかし勝利を積み重ねてきた事実に変わりはない──そんな凄いドミネイターが、勝負を途中で投げ出すなどあってはならないとアキラは叱咤する。
「さあ、続けるぞ。俺たちのファイトはこれからだ!!」




