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234.静寂のアルセリア!

 あたかも振り落ちた月光が、空へと還っていくように。イノセントを連れて昇っていったルナマリアの姿がある地点で消失し、そしてその代わりと言わんばかりにそこに走る亀裂。それはすぐにから破られた。


 《エデンビースト・アルセリア》

 Dコスト パワー3000 【重撃】 【疾駆】


 強引に、だが力強さという美しさをその身に乗せて彼女は次元の彼方より現れる。砕けた境界がガラス片の如くフィールドへ降り注ぎ地に接する直前にふっと消えていく。そんな短い煌めきの中を巨大な獣少女は悠然と進み、アキラの場へと君臨した。


 アルセリア。アキラというドミネイターの化身であるそのユニットは今の彼を体現するように静かだった。とても静かに、研ぎ澄まされていた。だが荒々しさは決して鳴りを潜めてなどおらず、彼女の内側にぎゅっと凝縮されている。相対するエミルにはそれがわかった──感じようとせずとも、見抜こうとせずとも、否が応でも伝わってくる。ビリビリと強烈に肌を叩く、この力の躍動を前にすればそれは当たり前のことでしかなかった。


「ついにご登場か。君のエースにして最終到達地点。アルセリア……!」


 アルセリアが現われた亀裂よりも深く、黒々とした裂け目がエミルの口元に生じる。何かを引き裂いたような彼の笑みもまた、満を持してアルセリアを呼び出したアキラにも劣らぬ戦意の象徴であったが。しかしその性質は、本質は随分と異なっているようで。


「私もそう思っていたよ。アルセリアという君を象徴するモノを踏み潰さずして、真に君を屈服させたと言えるのか、と。そこは少なからずの疑問ではあった──君がドミネイト召喚を行なえない内から勝ってしまっては、今後に支障が出るかもしれないとね」


「……! なるほどな。前回のファイトでもそうだったように、今回もまた序盤のお前が妙にスローペースだったのは。俺とのファイトを楽しむ目的以上に、展開の調整をしていたんだな。つまりはに持ち込みたかったと」


 エターナルVSアルセリア。という、エミル対アキラの全てを表していると言っても過言ではない、ドミネユニット同士の対決へ。それをアキラは残念に思った──ファイトの開始時にエミルと繰り返した攻防は、そこで交わした想いなら、もっと互いに純粋に。ただ勝負を楽しめているはずだった。アキラはそのつもりだったが、けれども。エミルにはやはりそこでも執着を第一にしていたらしい。戦いそのものよりも勝ち方ばかりに意識を向けていた。そう知って、少しだけ寂しくなる。


 だがアキラはこの時、もっと別のことにも気が付いていた。

 エミルの未来予知は彼の巧みな誘導があってこそ驚異の的中率となる。これもまたその一環、というのは間違いないが。けれど先ほどのことを思い返せばそこには大きな矛盾が生じる。エミルという男の「手落ち」が窺える。


「一度はそれを諦めた、ってことだよな。そもそもお前の方が後出しじゃなきゃ必ずしもエターナルVSアルセリアって図は成立しない……なのにお前は、その未来を思い描きながら。だけど先にエターナルを呼び出して、勝負を終わらせようとした。アルセリアを踏み潰して勝つ。その目標を破棄してまで俺に勝ってしまおうとした。そうだな?」


「…………」


 前のターン、エミルは確実にファイトを終わらせる気だった。そのつもりでエターナルを呼び出し、攻撃し、アキラへトドメを刺そうとしていた。そこに虚偽や欺瞞はない。エミルお得意の嘘か本当かわからないような惑わしの数々も役を終え、彼は本気で勝利を奪い取らんとしていた──そうでなければルナマリアによってそれが防がれた時、ああまで動揺はしない。己が『目』の不調を感じ取ったりはしない。あそこでのはアキラにもしっかりと把握できており、エミルが予想を違えた根拠となった。そして今、確信に変わったそれをアキラより突き付けられて。短くない無言の時を挟んで後、エミルは言った。


「その通りだ」


「!」


 素直に認めるのか、と驚く。自身の読み違い、見識違いをよもやエミルほどのプライドの塊が。新世界の創造主になると──「ならなければいけない」と。そんなことをなんの冗談でもなく、なんの躊躇いもなく言い切ってしまえる彼だ。その在り様に力不足は決してあってはならない。体裁のためにも何かしらの詭弁や屁理屈を用いてうやむやに誤魔化すだろう、取り繕うだろう……そう見越していたアキラの予想を大きく裏切って。


 エミルは素直に率直に、明け透けなまでに己の不足を肯定した。


「自ら未来を手放した。アルセリアを待たずして決着をつけようとしたのは、つまりそういうことだ。君の疑惑は正しく、私は私の矜持に自ら傷をつけたのだ」


「……、」


「そうまでして打つはずだった、打てるはずだった終止符を私は打ち損ねた。ルナマリアという新たなドミネユニットを私のターンに呼び出す、という君の仰天の戦法によってそれが防がれた……要は私は、自身と君とで二度も決着を読み違えていることになる。まだ君がそこに立っていて、アルセリアを召喚した。これはとんだ誤算でありそれでいて──願うべくもない最善でもある。これを予見の到来。描かれた運命を辿ったのだと結論付けるのは、些か恣意が過ぎるというものかな?」


 二重の読み違い。エミルが見せた先の動揺は、自分だけでなく、アキラだけでもなく、訪れるはずだった未来を互いに書き換えていたからこそのものだった。その点の過失。創造主にして先導者たらんとするエミルにとっての決定的なまでの失敗。認め難いそれを認め、そして更なる未来へと目を向ける。書き換わった先が最初に見た光景をなぞったことでエミルは再び予感を受けた。


 運命のレールは、やはり自分の望んだ通りに形を変えていくのだと。


「当初は私がアルセリアにエターナルをぶつけるつもりでいたように。君がエターナルへアルセリアをぶつけてくれた。私たちの考えることは、望むことは同じだった。それが今という終着を形作った。運命は順調に、順当に転がっている。私の想うがままに!」


「そうか──お前にとっては、そうなんだな。誘導した通りにでなくても、描いた通りでさえあれば。一度は自分から捨てた未来でも、向こうからやってきてくれたらそれでいいのか。……良かったよエミル」


「──良かった?」


 耳に届いた思わぬ言葉を、吐息のような声量で反復するエミルに。アキラもまたごく落ち着いた声音で続けた。


「自分が手放したことだろうと結果さえ同じなら。『同じに見える』なら、お前はそれを都合よく運命だと言うんだな。そういうがあるって知れて、良かった。ファイトが終わってしまう前にそれに気付けて本当に良かった──エミル。お前の『目』は。お前や俺が思うほど優れたものじゃない。お前はまだ人の手の届くところにいる。頂点でもなければ孤高でもない……どうしようもない強さだけを持った人でなしなんかじゃあ、ないんだ」


「私の、弱さ。それが見られて良かった、だって? ……ふふ。いったいどこまで私を掻き乱せば気が済むのだ、君は」


 渇いた笑いは、誰に向けてのものか。アキラの解釈こそ都合のいい夢想であると切って捨てられないのは、何故か。……いや、そこに答えを見出す必要はない。そんなことをせずとも既に運命は、アキラの命運は決しているのだから。


「君を相手には『目』が十全に機能しない、それは確かだ。だが私はそれでも求めた通りの盤面へファイトを導いた! 結果的のことだろうと、世界もファイトも! 全てのことは結果こそが全てだ!」


 正しさは自分の側にこそある。そう断言するエミルの、惑いを振り払った言葉に──アルセリアの叫びが返答となった。



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