232.見えるからこそ見えぬもの
「俺のターン! スタンド&チャージ、ドロー!」
力を込めてカードを引く。デッキから手札に加わった新たな一枚を一瞥して確認し、それからアキラはエミルのフィールドへ視線をやった。相手の場には、ユニットが一体のみ。トリプルミキシングユニットがアリアンを守っていた先ほどまでの状況と比べれば数の上では劣る布陣。だが本来なら大きいはずの頭数の差をまるで感じさせない──否、むしろ他のユニットがどれだけいようとその一体には並べないと、敵わないのだと。そう思わせるだけの圧がエターナルにはある。
《天凛の深層エターナル》(完全体)
Dコスト パワー8000+ 【疾駆】 【重撃】 【守護】 【好戦】 【復讐】
このユニットはフィールドを離れない
……何度確かめてもエターナルの能力は圧巻であり、圧倒的である。キーワード能力を五つも備えている上に、破壊効果や自己起動効果、自己強化効果にガードのすり抜けといったひとつひとつが主役級の能力も持ち合わせ。更にはそこに最も反則めいた『場を離れない』という究極的な耐性まで付随しているのだからとんでもない。エミルは自身を欲張りと称したがこれ以上なく納得できる──アキラはここまで欲張りなユニットを他に知らない。おそらくアキラ以上のカード知識を持つミオや、DAの教師陣だってそれは同じだろう。
エミルの意志の体現であり、本質を表すドミネユニットたるエターナル。なるほど確かに、彼を表す存在としてここまで適切なものはない。あまりにも力のみを欲するこの在り方は、やはりアキラの目には寂しさの裏返し。本当に欲しいものが手に入らない故の誤魔化しに思えてならなかった。
(負けられないな)
様々な思いを込めて改めて勝利を決意したアキラは、相手の次に自分の状況を確かめる。コストコアは今回のチャージで十二個となった。手札は五枚。そしてフィールドには、エミルと同じくユニットが一体。こちらもドミネユニットのルナマリアである。
《エデンビースト・ルナマリア》
Dコスト パワー5000
エターナルと比べればいっそ清々しいまでに「戦うための力」を持たないルナマリアではあるが、戦意の結集とも言えるアルセリアと対をなす存在であるからにはそれが当然だった。なので彼女だけでエターナルをどうにかすることは不可能、なのだが。しかしだからといってルナマリアが弱いユニットだとはならない。エミルの言う通りエターナルの究極耐性には一歩劣るが、ルナマリアが備える除去耐性だって強固さで言えばかなりのもの。あれだけ効果を持っている、盛っているエターナルにだって排除が叶わなかったのだからそこはお墨付きである。
それに加えてルナマリアが場にいる限り機能するライフコアがゼロにならないという常在型効果は、エミルすらも表情を驚愕に染めていたように珍しいの一言では済まされないほどの超特殊な能力だ。そんなものを有しているというだけでも方向性こそ異なれどルナマリアだってアルセリアになんら劣らぬ驚異のユニットだろう……と、そう判じるアキラだったが。
「──悩んでどうするというのだ、アキラ君」
「なに?」
戦況分析。を、アキラが行っていることがエミルにはすぐわかった。そう長く黙り込んでいたわけでもないが行き交う目線や顔付きからアキラが何を考えているかくらい、彼には手に取るように把握できる。《ビースト・ベイビィ》による相手ターンドミネイト召喚。それで呼び出されたルナマリアの保護能力。それらを読み違えて刺せるはずだったトドメを刺せなかったことには、多少なりともグラつかせられたがものの。しかして己が『目』への信頼は健在。その看破力は依然問題なし。
──やはり私に見えぬものなどない。先のは何かの間違いだろう、と。アキラの思考をトレースすることでエミルは自信を取り戻しつつあった。
「私は聞き逃していないよ。ルナマリアの能力は場にいる限りライフコアをゼロにさせないというもの──その文言からしてそれはプレイヤーを問わず作用される見境なしの効果。つまり彼女がいる限り、君だけでなく私のライフコアもまた『保護』されるのだ。そうだろう?」
「気付いていたか。ああそうだ、ルナマリアはファイトを終わらせないユニット。誰の孤独にも寄り添ってくれる月明かりのように、その愛情はドミネイター全てに降り注ぐ。敵も味方も関係なくな」
「お優しいことじゃないか。ルナマリアがドミネユニットである以上、それもまた君が持つ本質の一部。あれだけ純粋な力に彩られたアルセリアを操る身でありながらこんなユニットまで持つとは。君はやはり不思議な子だ。私と同じ力を扱いながらどうしてこうまで違うのかとても理解に苦しむ……が、それはともかくだ」
エミルはエターナルを、そしてルナマリアを見上げながら目を細めて続けた。
「二重の障害だよアキラ君。ただでさえエターナルがいる限り君は私に指先すら掠らせることもできないというのに。仮にエターナルをスルーできたとして、しかし君の場には私のライフコアを守ってくれるルナマリアがいるのだ。彼女の方もどうにかしないことには、やはり私には勝てない。なかなか困った事態じゃないか?」
エミルの指摘はもっともなものだった。彼のターンでこそルナマリアはその特殊な能力でアキラを敗北から固く守り通したが、手番が移ったことで彼女の慈悲はエミルにこそより恩恵を与えるものとなった。それでいて攻めに向いた能力の一切がないことから、先ほどはこの上なく有用な壁となってくれつつも今となってはアキラにとっての壁となっている。そうエミルは見抜いたし、そのルナマリアへの認識は決して間違いではなかった。
だからエミルは、再び戸惑った。
「……はは」
アキラの力の抜けた笑いに、眉根を寄せる──いったい何が可笑しい? この『目』が見抜いた事実は確かに正鵠を射ているはずだというのに、何を笑うことがあるのか。
「正しいよ、エミル。お前はいつだって正しく見抜く。その目がそう導く……だけど見えたものに結論を出すのはお前自身だもんな。だから、見えている部分だけに強く囚われてしまう」
「見えている部分だけに……私が囚われているだと?」
「言っておくが。ルナマリアの本領はここからだぜ!」
「!?」
ルナマリアではどうにもならない。エターナルにも、エミルにも手出しはできない。それは事実だ。ただし前提としてアキラは、最初からルナマリアを戦わせるつもりなどなくて。
「馬鹿な、まだ他にも未知の能力を隠し持っているというのか?!」
「焦らなくたってすぐにそいつも目に見えるさ! 行くぞ、アクティブフェイズ! 俺はコストコアを三つレストさせ! 《ビースト・オブ・イノセント》を召喚する!」
《ビースト・オブ・イノセント》
3コスト パワー2000
アキラのフィールドに現れたのはベイビィよりも年上のもう一人の獣人少年。彼もまたアルセリア同様に攻めの力は持たないものの、それ故に真価は攻め以外の部分で発揮される。
「イノセントの登場時効果を発動、墓地から『ビースト』と名の付くカードを一枚回収する! 俺が回収対象に選ぶのは──このカードだ!」
墓地へ伸ばされたイノセントの手に一枚のカードが独りでに吸い寄せられ、彼から手渡されたそれをアキラはすぐさまエミルへと開示する。
「《ビースト・ガール》……!」
──選ばれたそのユニットに、エミルの思考が急激に加速した。




