231.無駄か否か。手に入れた1ターン!
それに気が付いたのは全員が全員、ほぼ同時であったが。けれど僅かなりとも早くにその異変を知り、困惑したのはやはり一方の当事者であるエミルであり。観戦者たちの戸惑いがざわめきとなって形になる中で、彼は一足先にその解明に挑まんとしていた──異変、即ち、確実にファイナルアタックを食らったはずのアキラがまだフィールドに立っていること。ゼロになるはずだった彼のライフが、まだ残っていること。
燦々と、スポットライトの光を反射させてまるで陽光の如き煌めきを放つ、ふたつのライフコア。未だ砕けずアキラの周囲に浮かぶそれを指して、エミルは問う。その声音は雨ざらしの岩のように硬質で、冷えたものだった。
「どういう、ことだ? アキラ君。エターナル二度目のダイレクトアタック。【重撃】であるそれによって君のライフコアは確実に全滅するはずだった……それが何故、こうなっている? ……どうやって運命を捻じ曲げたのかと訊いているんだ、アキラ君!」
「答えは簡単。『これ』がルナマリアの能力だからだ」
「ルナマリアの、能力だと──?」
そう言われてもエミルの疑問は晴れない。新たなドミネユニット・ルナマリアの能力は確かに未知数ではあるが、彼女はただ呼び出されただけで行動していない。登場時効果を発動する形跡なんてなかったではないか……と、そこまで考えてエミルの脳裏に浮かぶひとつの可能性。
「まさか。ルナマリアの能力とは、君のライフコアの……『保護』?」
「──正解だ。さすがエミル、こんな状況でも推察に陰りはなしだな」
そう褒められても喜んではいられない。それどころではないからだ。正解を導き出したはいいが、口をついて出たその可能性に未だエミルも混乱しているところなのだ。ライフコアの、保護。それ以外に理屈は見つからないが、けれどそんなものが理屈であると認めたくもない──が、認める他ないだろう。何せアキラが敗北を逃れたことは動かせない事実であるからして。
「ルナマリアの効果は常在型に分類される。場にいるだけで適用する、発動のタイミングを限定されない効果だ」
「常在型効果……道理で動く気配がなかったわけだ。だが、ライフコアの損失を防ぐとはいったいどんな能力を持っているというんだ?」
「そのものずばりだよ。ルナマリアが場にいられる二ターンの間『ライフコアはゼロにならない』。だからエターナルの【重撃】によるダイレクトアタックは、通りはしても俺のライフコアを削りはしなかった。何せそれが成立すれば、俺のライフはゼロになってしまうからな」
「……!」
敗北を拒絶する力。なるほど荒唐無稽な能力であり、如何にもドミネユニットが持つに適切なものだ。エターナルという絶対の力を操るが故にエミルはルナマリアに忸怩と納得の両方を抱く。仮にエターナルが【重撃】を得ていなければ、少なくとももうひとつ。アキラのライフコアを奪えてはいたのだろうが、だがそこに大差なんてないだろう。残りふたつもひとつも同じだ。重要なのはエターナルの攻撃が、防げるはずのないそれが防がれてしまったことにある。
「ガードもされなければ除去も受け付けない、エターナルの不可避の攻撃。を、まさかこんな変則的なやり方で凌ぐか。非常に驚かされたよ──だがアキラ君。エターナルにはまだ一回、攻撃権が残っている。そして今は使わなかった赤の力による破壊効果を起動すれば、ダイレクトアタック完遂の前にルナマリアを除去することが可能!」
「無駄だエミル! ルナマリアにはもうひとつ効果がある──それが除去への『完全耐性』! プレイヤー自身が除去対象に選ぶ効果を防げないアルセリアとは違って、ルナマリアはそれすら受け付けない! 戦闘を含め相手からの干渉を受けない、エターナルと同じく絶対に場を離れない力だ!」
「なんだと!?」
これでは赤の力を発動したとて意味がない。ブレイクの前にユニットを除去できるこの能力で先んじてルナマリアを退かせば彼女の常在型効果も霧散し、アキラの守りはなくなる。その後にブレイクが通るのだから今度こそライフアウトに持ち込める──という目論見は、企む前から成立していなかったことになる。ちっ、とエミルは彼らしくもなく感情も剥き出しに舌を打った。
「ライフコアの保護に、場にしがみつく力。本当にただ『プレイヤーを敗北させないためだけ』のドミネユニットといったところか。これでは攻撃を続けても無駄。このターンでの決着は、諦めるしかない。前言を撤回するしかないわけだ……」
けれども。と、エミルは苛烈に口角を吊り上げてアキラをねめつける。
「エターナルと同じと言ったが、それは違うなアキラ君。欺瞞が過ぎるだろう──ルナマリアの能力はあくまで除去への耐性に限られる。本当の意味で『場を離れない』エターナルとは違い、彼女にはドミネユニット共通の制約である二ターンという時間制限からは脱せていない! つまり次に私のターンが来れば彼女は自然消滅し、もう君を守ってはくれないということ。どうにかライフアウトを防いだとはいえ、それはたった一ターン寿命が延びたに過ぎないということだ!」
結末は変わらないのだ。そう告げるエミルの声音は、やはり冷たく。聞いているだけで寒々しさすら覚えさせられるほどに凍えていた──それだけの鬼気迫る迫力を備えていた。彼の裂帛に、このファイトにおいて初めて見せる怒涛の感情の発露に、講堂中がはっと息を飲み。
しかしてアキラは、それに笑みを返す。エミルの凄絶な笑い方とは違う、どこまでも自然体な笑顔で彼は言った。
「手に入れた一ターンの時間は、それだけでも値千金だと思うけれど。確かにただ時間を稼いだだけじゃお前には勝てない。それはそうだろう……でもな、エミル。本当にルナマリアがくれたのがただそれだけだと思っているなら、そんなに荒れる必要はないんじゃないか?」
「……っ、」
「言葉にもオーラにも動揺が見える。ハッキリとな。これも俺の誤解だって、お前は言うのか?」
「無論だ。この程度のことで私のファイトは乱れない。タクティクスに、プレイングに影響など出るはずもない。何度でも言おう、君の敗北は絶対なのだよ!」
「不思議な気分だ──お前にそう言われれば言われるほど、むしろ負ける気がしない。勝利に近づいている気になるぜ、エミル!」
「具にも付かない世迷言だ! 私はこれでターンエンド、それと同時にエターナルは白の力によって自身をスタンドさせる!」
エターナルはエミルのターンでは最強の矛となり、アキラのターンでは最強の盾となる。自らの能力でフィールドから決して離れないユニットなのだからそこにはまさしく矛盾なしの強さ、掛け値なしの『最強』しかない。
更に、とエミルは最強でもまだ足りぬとばかりに付け加える。
「白の力のスタンド能力はエンド時だけでなく、ガード後においても発動される。即ちエターナルは何度だって君のアタックを防ぐ無限防壁と化している! この意味がわかるな、アキラ君?」
「エターナルを倒さない限りお前には勝てない。だけどエターナルは絶対に倒せないユニット。つまり一ターン生き延びようがどうしようが、完全体のエターナルが場に出た時点で俺が勝利する可能性は皆無だ……って、言いたいんだろう?」
「流石によくわかってくれている。ならばこの足掻きがただ見苦しいだけのものに終わることだって充分に理解できているだろうに──」
「それが甘いと言ったんだ」
そうエミルのセリフを遮った、というよりも叩き切ったアキラは、そのままデッキへと手を伸ばして。
「始めるぞエミル。元から俺は──エターナルをぶっ倒す! そのつもりでここにいるんだ!!」




